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第十八話 Fateful Showdown (宿命の決戦)


推奨BGM: なまえをよんで
 
 

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末娘は、情深く、禁断の園に入りて火をヒマノスに伝える
天上を追われてその名を失い、大地は七日の内に火に包まれる

 
届かなかった第七の手紙に綴られたこの一文は、時空管理局による事件後の家宅捜索によってアルトセイムにあるプレシア・テスタロッサ名義の邸宅内の書斎で発見された。そしてそこで考古学上、大変貴重な資料も幾つか同時に押収された。

”禁断の園”…それはミッド伝承では通常の人が立ち入る機会が無い場所、すなわち”刑場”の隠語とされており、また、”火を伝える”とは遠回しに”火あぶりに処せられる”ことを何らかの形で伝えた、という意味に解釈出来る。

天上のプレアデス七姉妹の末娘…フェリノ・カスティルローゼ・オブ・アルトセイムは領内の人間を”奴隷”から解放することを宣言した。人を人として扱ったフェリノはアルトセイム地方の人々の目にはまさに”深愛の女神”に映っただろう。

しかし、魔法を使役出来ない人間、ヒマノスは神々が作り出した”人の形をした使い魔”、すなわち”奴隷”と見なされていた時代にそれは異例を通り越して”異端”と見なされた。父フォノンの必死の説得にも応じなかったフェリノは審問にかけられることになり、そこで極刑を言い渡され、魔導師としての名と貴族の称号を奪われて牢に繋がれた。


そして、処刑の日である3月3日…

クラナガン正史の史料上で”ヒマノス”という蔑称に近い一般名詞でしか伝えられなかったフェリノの従者の一人が”末娘”…最愛の人の奪還のために単身、短剣を得物に刑場に乗り込んだ。その男の名はヴィンセントというそうだ。しかし、奮闘虚しくその”ヒマノス”は全身を槍で貫かれて虫の息となり、彼もまた”末娘”の足元に渦高く詰まれた薪の山に括り付けられ、二人は共に生きながらにしてその身を焼かれた。

最愛の娘を無実の罪で失ったカスティルローゼ・オブ・アルトセイムは深くその死を悲しみ、プレアデス大神殿に弔問と称して礼拝に向い、そこで密かに娘の魂を呼び戻した。そして、その魂はアルトセイムの墓所深くに”ヒマノスの創造”の秘術と共に封印された。時節到来の折に蘇らせるために…しかし、密告により事は露見し、謀反人救済の咎によりアルトセイム侯もまたそこで非業の最期を遂げた。

”末娘”と”ヒマノス”の死、そして領主の非業の死の報復のために敢然と立ち向かったアルトセイムの男たちは首都クラナガンを貫流するイシス川で常勝将軍アルティナス・オブ・クラナガン率いる北方諸侯連合と激突した。戦神と讃えられたアルティナスを苦しめる善戦を見せたものの衆寡敵せず次々と味方は倒れ、そしてついにアルティナス自らが率いる決死隊に隊伍を崩されてアルトセイム軍は敗北した。

その後、民族融和の象徴だったプレアデス大神殿はアルティナスの諌言も届かぬほど怒り狂った大公オブライエン2世によって火がかけられてそのまま焼失したのである。古代ミッド史上、最悪といわれる凄惨なアルトセイム大虐殺が起こるのはこの後の事だ…

名も無き乙女の伝承…

それはあらゆる障害を乗り越えてお互いがお互いを同じ人と認めて、一途に愛し、そして愛に殉じた一対の男女の悲恋の物語だった。そして、人間として気高く生きた二人を偲んで”末娘降臨”の逸話が民草の間で”戯曲”として転生し、今日の”女子の節句”として脈々と伝わっていたのである。

僕たちは新暦77年3月3日のあの日…確かに”運命”の目撃者となったのだ。Fateful showdown…今、そのすべてが明らかとなる。

 
Final piece / FATE-ful Showdown




新暦77年3月3日
首都クラナガン 公立考古学博物館(プレアデス大神殿跡地)
 
甲冑から漏れる金属の擦れ合う音を遠くに聞いていた。

古の咎人たちは刑場に向う道中、全身から血を流す哀れな姿を衆目に晒ねばならなかった。
“Thorny bind(いばらの拘束)”

見るに耐えない残酷さ故に違法な術式として永らく封印されていた筈の神代ミッドの拘束術式(バインド)…いや、拷問と言った方がいいかもしれない。全身に無数の棘が情け容赦なく深く突き刺さり、それが一歩一歩と刑場が近付く度にその肉体を僅かずつ切り刻んでいく。流血と血止めが繰り返されて死ぬ事すらできず、咎人が延々と続くこの苦しみから逃れることは出来ない。全身から滴る赤い血がクラナガンへと続く旧アルトセイム街道の土に沁み込んでいく。

これがお似合いなのかもしれない…愚か者の私には…

「綺麗な顔がすっかり真っ青ではないか…フェイト・テスタロッサよ。そなたの鋼の意志は実に壮なりだが、その強情さが時に命取りとなろうぞ」

もはや目蓋を開けることも出来ず、唇を動かすことも、まして声を出すことも出来なかった。生と死の狭間をゆっくりと往来することで罪人は己の無力さを思い知らされ、そして絶望しながら死出へと旅立つ。吊るし上げられたまま死の行進は続く。
 
「今、素直に許しを請えばその死を一級減じてもよいのだぞ?その代わりに人柱となる新たな盟約者をわらわに献上せよ。さすればそなたはその苦しみから逃れて晴れて自由の身となろう。さあ…どうする?」

「何度…問われ…ても…同じ…断…る…」

搾り出すようにして発した声はしわがれて、とても自分のものとは思えなかった。

「そなたらしい答えよの…我らが最初に出会った時もそうであった…愚直とはまさにそなたのためにこそある言葉…いや…我が血族の悲しき性(さが)というべきか…かつて、わらわもこの道で何度も信念を捨てよと問われ、そしてその度に血ヘドを吐く羽目になった…今のそなたと同じ様に…だが、わらわも捨てはしなかった…」

諦めたように長いため息が一つ聞こえてきた。

「よかろう…これ以上、クドクドと強いるのはかつて君よ友よと呼び合った魔導師を遇する礼に非ず。そなたもまた…己の信念に殉じるがよい…」

「フェリノ…現代の…ミッドを滅ぼして…どうなるの…もう…止めよう…誰も喜びはしない…ヴィンセントさんだって…」

「そなたはわらわに平等について語ったことがあったな。かつて、わらわも“持たぬ者“と”持つ者”とが互いに手と手を取り合うことが出来る、そう信じた時があった。だが、それは誤りであった。人なる者は“我”を捨て去る事など出来はせぬのだ。同じには扱えぬ…これは真理だ。その真理に抗う不条理がこの世の悲劇を生む。己の信念を貫くのは美しくもあるが…それは同時に周囲を巻き込み、不幸の連鎖を生み出してしまうことになる…それがかつての私であり、二度までもヴィンセントを失った今の私であり…そして…魔導師フェイト・テスタロッサ…今のそなたではないのか?」

時として言葉は不便だった。もう、私にはこの子を説得することも、自分を罵ることも、あらゆる種類の言葉を持てなかった。過去を捨て切れず、失った自分の欠片を求め続けた私に一体、これ以上何が言えるというのだろう。

乾いた笑い声が遠のく意識の中で響いていた。

「何故であろうな…悲しい筈なのに…一人には飽いておった筈なのに涙が出ぬ…この器(肉体)を手にした時、憎んでも憎みきれぬ復讐の激情にこの身を焼いておった…この地上のありとあらゆるものを焼き尽くし、根絶やしにしてやる!いつもそのことばかり考えておった…だが…秘術によって蘇った我が友、我が僕たち、そしてヴィンセントもそうだ…何故か…生まれ変わって尚…我が心は満たされることがなかった…いや、何よりもわらわ自身が昔とは違った…己の失った欠片を求めたことが誤りであったかもしれぬな…我らは何のために生まれ…そして…何のために今を生きるのか…!」

「フェリノ…」

愚かな私達…生まれるべきでなかった私達…忌まわしき秘術で生まれてきた私達はやはりどこまでもそっくりだった。もう…とうの昔に私達は自分を見失い、時間(とき)の狭間で迷子になっていたのかもしれない。

神様…何故…人の涙は尽きることなく次から次へと溢れてくるの…

自分の欠片を求めてしまった私達はかつて一度死んだ人間…いえ、アルハザードの秘術(※ プロジェクトF)によって生を受けた哀れな操り人形…“人形師“を失っても尚、まだこうして無様に道化を演じ続けている…現実はいつも残酷だ…決して運命は私達に微笑みかけてはくれない…

「ふふふ…」

涙でなにも見えないのに笑いが込み上げてくる。自分を嘲るしかない絶望の笑みが。

あの時(JS事件)…どうして私はあの男を殺さなかったのだろう…血が滾るほど恨んでいた筈なのに…!怖かった…恐ろしかった…人を殺めることも…私を造る前の優しい母さんを知る唯一の人間を失うことが…どこまで駄目なんだ私は…そんな事を知ったところでどうなるって言うんだ…母さんは二度と微笑んでくれない…振り向いてもくれないのに…

死者蘇生の秘術…プロジェクトF…何度…私も心を動かしたか知れない…でも、その度に必死になって忘れ去ろうとして…ハラオウンの娘を演じ続けてお義母さんを騙してきた自分が嫌いだ…取り繕い続けていた私を応援してくれたなのは を欺いた自分が嫌いだ…そして、こんな穢れた私を信じてきたあの子達を裏切った自分が堪らなく嫌いだ…

もう…疲れたんだ…生きることに…そんな私に今、出来る事…歪みに繋がる秘術とその残滓をアルハザードへ還すことだけだ…そうだ…消えるべきは…決して今、この母なる大地の上と父なる黄天の下で必死に生きている人々ではない…こんな私でも守りたいものはある…

「フェリノ…貴女を…一人にはしない…私も…一緒に…アルハザードにいきましょう…だから…」

「元よりそのつもりだ…だが…既に犀は投げられたのだ…わらわは積年の雪辱を晴らす…愚かなヒマノスの末裔共を全て滅ぼし…アルハザードの愚者共を八つ裂きにしてくれる…」

「フェリノ…お願いです…話を…」

砂煙の上がる遥か前方より突然、鬨の声が上がり始める。

地上を埋め尽くす無限の傀儡兵…いや…秘術“ヒマノスの創造”によって安まることを許されない荒ぶるアルトセイムの男たちの魂は雄叫びを上げながらイシス川を越えてゆく。武装局員と激しくぶつかり切り結ぶ。血飛沫が上がり悲鳴が辺りにこだました。

「先手がイシス川を越えたようだ…第七の結界を打つべき場所がよりにもよってプレアデス大神殿があった場所とはなんたる因縁か…我が将!我が友よ!猛れ!今こそ汝らの怒れる拳を振り下ろせ!全てを滅ぼし、無へと還すのだ!アルハザードへの道はかく拓かれる!!」
 
Glory to the Thunder!Long live the Thunder!
Glory to the Altheim!Mother earth, forever!
All hail!All hail !

鳴り止まない法撃と鍔迫り合い、そして雄叫びと悲鳴…こうして歴史は繰り返される…

ミッドチルダの吟遊詩人たちが好んで吟じた“名も無き乙女の死”…涙ながらにかき鳴らされるリュートの音に乗る“イシスの歌”の如く…悲劇と過ちを人は繰り返す…

薄明に川霧晴れて…鞭声粛々と進みたる兵(つわもの)あり…
千騎の大牙(だいき)…戦神の大翼(鶴翼の陣)をいざ目指さん…
千歳の遺恨如何に果たさんや…

「八神総司令代理(※ この首都防衛作戦のためだけに設けられた臨時役職)!ルート6(※ 旧アルトセイム街道)を北上中だった武装集団がクラナガン南部の警戒ラインを突破!猛烈な勢いで南区を通過中!所轄の部隊から増援要請!これはもはや暴動にあらず!これはもう…」

「分かってる…これは…戦争や!総員!迎撃せよ!首都圏で警戒中の全所轄部隊に伝達!無駄な交戦は不要!まっすぐこっちの迎撃ライン(イシス川対岸)に向って誘導!秩序を保って退却開始や!高所に配置している狙撃部隊は敵本隊からはぐれた個体のみ集中的に狙い撃てと指示!」

「了解しました!」
 
一番槍はアルトセイムの騎士!ザルツェンが頂いた!

「騎士ザルツェンに続くがよい!我が剣!我が盾共よ!一千年の時を経て尚、我らはイシス川を目指し、そして、カスティルローゼの血をクラナガンの大地は欲しておる!我は悟った!この世界の融和とは決して一方の譲歩のみでなしえられるものではないと!正しき行いも双方が手に手を取り合わねば無意味だ!融和とはすなわち!力と力の鬩ぎあいの中で勝ち取るものなり!法具の切っ先を下ろした“持てる者(魔導師)”には死あるのみだ!我は媚びぬ!我は退かぬ!」

リュートは咽びなく…

澄水朱に染まる…糊したたる戦斧を洗う暇なく
天万矢に覆われ掻き曇り備えは九度崩れる…
累々たる屍は久遠の流れ(イシス川)を堰き止めたり…

「陸士108部隊所属ギンガ隊が出撃許可を求めてきています!」

「まだ早い!そのまま待機を指示!敵本隊が執政特区に入るタイミングで右翼方面から背後を突くように!」

「了解!」

“アホ”を繰り返す私らにも誇りがある…大切なものを守る…それだけは譲れん!

 “プレアデス大神殿跡地”の前に敷かれた15段を数える防衛ラインがイシス川の向こう岸に見える。彼我兵力差が歴然とした状態でこの布陣は絶望的といわざるを得ない。攻撃の足が止まれば両翼から押し包まれるようにして包囲殲滅される。

だからこそ彼らは賭けた…その一瞬に…

「我が黄天の勇者よ!!今こそ放て!!汝らが轟雷を!!我らが眼前に立ちはだかりし蚊トンボ共を叩き落してきゃつらに土塊を味合わせてやれ!!」

中央突破…神速の魔導師たちは一筋の雷光となって突き進む。

突然、激しい振動が接収した考古学博物館を襲う。

「な、なんや!どないしたんや!」

「敵襲!!博物館に展開した結界に着弾多数!上空より敵有翼兵団が急降下中!各航空部隊混乱!」

「ちっ!ということは…地上部隊は囮か!でも、慌てる事はあらへん!数はこっちの方が勝ってる!航空部隊各員に伝達!その場に留まって迎撃せよ!」

「だ、ダメです!空士たちが次々に上昇して行きます!」

「アホな…空と陸の間に隙間を作ったら敵の新手が現れた時に即応できへんやないか!敵の思う壺や!」

「空士たちは頭を抑えられるのを一番嫌います…止めるのは恐らく難しいわ。これはどうやら私達の方が先に一本取られましたね…」

「リンディーさん…」

隣に座っているリンディさんはまだ十分現場で活躍できる筈なのに、私達の世代に道を譲ってかなりになる。落ち着き払った物腰は“ウミ”で場数を踏んでいるだけあってさすがの一言だった。この人が隣にいるだけで安心感がまるで違った。

手持ち無沙汰なのだろうか…さっきからかなり年季の入った“トーチ”をずっとリンディーさんは手で弄んでいた。トーチの持ち主は聞くだけ野暮というものだ。

「大丈夫よ。はやてさん。自分を信じて」

「はい…ありがとうございます…中軍を抜かれたらお仕舞いやで!釣り上げられた空士の退路を維持しつつ陣を再編する!」

「第7防衛隊通信途絶!続いて第七…い、いや第八、第九までの防衛ラインを突破されました!」

「…なんちゅう勢いや…しかたない…予備兵力を投入!陸士首都防衛隊に前進を指示!敵の狙いは司令部を置くこの場所の一点や…ここにプレアデスが現れる時が私たちの最期や…」

「緒戦はまず順当と言ったところか…このまま一気に押せ!我が剣!我が盾の精強なる者共よ!大神殿に我が戦旗を押し立てよ!」
 

朝靄が晴れて太陽が南に向って移動を始めても尚、空も陸も戦いが続いていた。現代ミッドチルダの首都クラナガンの大地がまさかこれほどの死体と血で埋め尽くされると一体誰が想像出来ただろうか。数では圧倒的に勝っている筈の管理局は押されに押されて既に15段を備えていた防衛ラインは13段まで突き崩されていた。

兵力差がそのまま戦力差に繋がらないのは執念というより単純に人間の生死に対する考え方の差、あるいは“人を殺す”ことに対する現代人の抵抗感だろう。実際、魔導機械だと思っていた傀儡兵達が自分たちと同じ様に血を流す“人工生命体”だと分かれば、一瞬であっても局員達に躊躇いが生じることは容易に想像が付く。

史上屈指の次元犯罪者、悪逆非道と言われているスカリエッティ…憎んでも憎みたりないほどのあの男ですら私は手にかける事が出来なかったのだから…

人生は長いと考える者と老い先短いと考える者の差は埋めがたい。人は簡単に死ぬものだと信じている人間を可能な限り人は死ぬべきではないと見なしている人間が押し留めることは容易ではない。

人を殺さない軍隊という矛盾…質量兵器を捨てて魔導研究に活路を見出したミッドの歴史がまるで逆行したかのようだった。でも、死力を尽くして殺到してくる相手に容赦は出来ないといずれ彼らは悟ることになる。

やらなければ…こっちがやられる…とてもシンプルな理由…

戦闘が長引けば長引くほど“消耗戦”の妙はじわりじわりと現れてくる。それは物量的な意味だけでは無い。敵と相対している局員、いや現代人の意識改革にも一躍買うに違いない。
戦いの中盤、首都全体を“無風”が襲う。

「ええい!敵の中衛はまだ抜けぬのか!味方は一体何をしておる!神速こそ我らが信条ぞ!」

最終ライン間際になって地上の傀儡兵たちの進撃は完全に止まっていた。

黄金のバリアジャケットに身を包むフェリノに焦りの色が見え始めていた。戦局の膠着状態はむしろ押している方が精神的に追い詰められるものだ。それに加えて…“宿命”を覆そうとしている人間にとって過去の結末の記憶は余計なものでしかない。

「時間をかければそれだけ数に勝る向こうに乗ずべき隙を与えることになる…どうする…かくなる上は…」

戦場の霧…

不確定な要素が交錯する決戦の場では熟慮に熟慮を重ねた判断が正しいとは限らない。チェスとは違ってお互いの顔がはっきり見えない状態での対局では何が幸いするか、分からないのだから。

焦れているのは決してフェリノだけではない筈…局が誇る策士のはやてだって…戦力が涌いて出てくる“科学(魔法)”の箱を持っているわけじゃない…

「空士は制空権を確保できへんばかりか…なし崩し的にドッグファイト(個人戦)に突入とは何たる失策や!こんな時にシグナムとヴィータがおってくれたら!」

どうするんや…いつまで経っても陸と空の隙間が埋まらへん…ここに楔を打ち込まれたら…

「アンチエアー(対空)装備を保有する陸士部隊を可能な限り司令部前に集結させる!急ぎや!」

「了解!!」

「者共!!ここが潮目ぞ!!生ける雷神の槍となりて今こそ突き崩せ!!雷神を守護したる我が近衛の勇者よ!!雷鳴の如くその武名を轟かせよ!!」
 
Yes! Your highness!

僅かに開いた天と地の狭間を一筋の雷光がほとばしる。積年の因縁に終止符が打たれようとしていた。
 
鉄風雷火の如く…騎上の人となりし戦神あり…
天駆ける二頭の火竜の鉄車より放ちたる…我束ねし星光に貫けぬものはなし…
勇者は無敗なる矛先に踊り…父なる雷神の主殿(神殿)に焔立つ…
後に残りし者はなく…後に屍拾うものなし…
君よ…我力尽きて砂上に臥すとも笑うことなかれ…

 
古のイシス川の戦いにおいて、まさにこの戦局、戦場の無風を逃さなかったのがクラナガンが誇る戦神アルティナス・オブ・クラナガンだった。この戦いで危機に瀕していた大公軍を援護なしの単独突撃で敵の隊伍を崩して味方を勝利に導いたのだ。戦史に名高い“魔導竜騎兵の単独突撃”である。

次元世界の一小国に過ぎなかったミッドチルダが広大な魔導文明圏を獲得するに至った背景には、魔導師を組織化して戦う、いわゆるファランクス(属性混成の集団戦)の概念を創出したから、とも言われている。旧来の個人技主体の法撃と集団戦を巧みに取り入れて強敵を次々と粉砕した若き常勝将軍アルティナスの存在は中でも一際異彩を放ったという。このアルティナスが鍛え上げた108騎の空戦魔導師達は相対したものを必ず屠ったと言われ、無敗を誇った彼らを後世の人々は“魔導竜騎兵(Sorcery Dragoon)”と呼んで畏怖した。

竜騎兵がそのまま“竜”に跨る騎士という意味でも使われるようになったのは、クロスレンジの個人技を至高と捉えた古代ベルカ術式が誕生して以降のことだ。それまでは竜騎兵と言えば法撃主体の空戦魔導師のことを指し(実際に竜に騎乗するわけではない)、竜騎兵の“竜”は本来、デバイス(法具)一本で空戦を挑む彼らの姿を火を吐く“竜”になぞらえたに過ぎない。

だが…

その後継者を自認する筈の現代ミッドの首都航空機動隊は、彼らの隊旗(エンブレム)に女神アルティナスを戴いているにも関わらずイシス川の上空で果てないドッグファイトを繰り広げていた。




左右に大きく翼を広げた専守防衛の陣に、まるで貪欲に命を飲み干そうとしている魔物が不気味に口を開いているかのような隙間がぽっかりと空いている。

この空と陸の間に開いた隙間を埋める余力は恐らくどの部隊にもない。決して数は多くは無いものの敵の有翼兵団と空戦魔導師を捕捉されることなく首都の執政特区深部に出現させた相手のことを考えれば他にどんな隠し玉があるか分からない。しかも中衛の助勢の為に八神司令代行は既に後衛の予備兵力まで投入してしまっている。まさに引くも攻めるも困難な状態だった。

何かがあればその時は…

不気味な無風が現代のイシス川の決戦場に横たわっている。

最終防衛ライン…公立考古学博物館の敷地に入るゲートに陣取る第15防衛隊の指揮を任されている なのはさん以下、私達元フォワードチーム4人と800名の陸士達…ここを突破されれば結界は陥落、いや、フォトンバンドのエネルギー召喚でミッドチルダは跡形もなく消滅してしまう。

私達の頭上では敵の繰り出した有翼兵団と瞬間的な命のやり取りをする空士たちが…そして正面では血で血を洗う死闘を繰り広げている陸士達の姿があった…

ここには“鉄風雷火”のドラグーンなんていない。私達が負ければ…それを考えると恐怖と不安で呼吸することすら難しくなる。この極限状態に、私達の…いや、現代ミッドの最後の希望…“今生のアルティナス”と呼ばれるこの人は今、何を想い、そして何を考えるだろうか。なのはさんはデバイスを握ったまま身動ぎ一つしない。ただ一点だけをじっと見据えていた。その視線の向こうには“魔物の口”があった。

空を睨んでいた なのは さんが突然カートリッジをロードする。

「やっぱり来た…タイミングばっちり…さすが分かってる…仕掛けるなら今しかないもの…」

「えっ?な、なにがですか?」

「あの間隙を突く敵の高速魔導師を捕捉…一気にここを駆け抜けて結界に張り付くつもりだ…ティア!スバル!」

「は、はいっ!」

「二人はここに残って最終ラインを確保。いずれ司令部の指示でギンガ隊が背後に回り込む筈だからそのタイミングで攻撃開始。それまで絶対に相手の挑発に乗って突出しないこと。ここを抜かれたら…終わりだよ?」

「了解です!!」

「キャロとエリオは…ティアとスバルを空から援護しようか」

「わ、分かりました!あ、あれ…?じゃ、じゃあ…なのはさんは…」

エリオの一言に弾かれたようにその場にいた全員の視線がなのはさんに集まった。

「私は…これから空に上がって奴らの足を止める。この防衛隊の指揮権は全てティアに委譲するから」

「そ、そんな!いくらなんでも一人でだなんて…」

スバルが悲痛な声を上げる。

「なのはさん!意見具申お許し下さい!それはあまりにも無茶です!せめてエリオとキャロを連れていってください!ここは私とスバルで十分防げます!!」

小さくため息をつくとなのはさんは一転して鋭い眼光をたたえた視線を私に向ける。今までに見たことが無いほど厳しい視線に一瞬にしてその場にいた誰もが言葉を失った。

「それ本気で言ってる?ティア…航空支援が無い状態で頭から攻撃されたら陸士にはなす術が無いことは六課でさんざん教えた筈だよ?ここを守れるのはエリオとキャロだけ。単独作戦行動が唯一可能なフォワードチームを分断するのは正直、最悪の一手になっちゃう」

「し、しかし…」

「なのはさん!空なら私がウィングロードで…」

「乱戦状態でスバルがウィングロードを使えば的になるだけだし、有効高度は空士には遠く及ばない。予備兵力もない状態だし、ましてこっちは大所帯ではあるけど部隊連携も上手くいっていない。少数精鋭の向こうの方に一日の長がある。でも、八神司令代行の戦略は間違っていない。私達が丁寧に一つずつ相手の攻撃に対処していけば絶対に攻勢の限界点を迎える。その時まで凌がないといけない。大丈夫!絶対やれる!みんな自分を信じて!」

「で、ですが…ですが…」

頭では全員が分かっている。分かっていても理論と感情がリンクしない。とても割り切れるものじゃない。

この人を行かせちゃ駄目だ…何とかならないのか…何とか…

何の脈絡もなく私の脳裏に浮かぶ懐かしい笑顔。

フェイトさん…こんな時…私は…どうすれば…

指揮を任された人間が感情に支配されてはいけない。でも、人間を捨てることはできない。何もかもがめちゃくちゃになっている私の両の頬に温かい掌が当てられた。もう新人とは呼べない私は本当ならぶん殴られても仕方が無いのに…

その手はとても暖かかった。

「ティア…私がセンターバックからずっとフェイトちゃんことを見守っていたのはどうしてだと思う?」

「そ、それは…」

「大切な人ってだけじゃないんだよ?部隊執務官は最後まで生き残らないといけない。どんなに辛くても…どんなに哀しくても…何があっても必ず見届けないといけない…それをティアも忘れないで…そう考えれば今、何をしないといけないのか…ティアなら分かるよね?」

「な…なのは…さん…」

「じゃあ!みんな!行こうか!」

私達の返事も聞かずにアクセルフィンが作るつむじ風と共に白いバリアジャケットの背中はあっという間に小さくなって行った。

なのはさん…どうか…ご無事で…!
 

 
「高速で移動中の新たな敵影を確認!!交戦中の空士たちと地上部隊との間を猛烈な速さで進行中!!」

「やっぱり来たか…もっとも恐れていたことが現実になったわ…移動を指示して置いた陸士のアンチエアー部隊は?結界に張り付かせたらアカン!何が何でも手前で仕留めるんや!中央突破を企図する敵航空戦力に火力を集中させるんや!」

「そ、それが陸士のアンチエアーのほとんどといまだ連絡が取れません!恐らくこの乱戦で指揮系統が寸断されているか…あるいは…直接打撃に弱い兵科でもありますから…もはや組織の呈をなしていない可能性も…」

「何てことや…止む無しや!集まった部隊で可能な限り応射!」

いよいよ万事休すか…

「大丈夫よ。はやてさん。いざとなれば私も空に上がります。迷惑にはならないと思うわ。この状況なら」

「り、リンディーさん!?そ、それは…」

「それに…こんな時に不謹慎かもしれないけど…今までずっと渡せなかったこれをあの子に渡したいし…勿論、叱った後に、だけど」

「…分かりました…その時が訪れたらお願いするかもしれません」

「ええ…勿論、そうならない事を祈ってますけどね。あまり若い人の邪魔をしたくは無いし…」

この人なりにかなり気を使ってるんや…そうや…自由の利かへん身体やけど頭はまだ冴えてる!最後まで私が諦めたらアカン!!

「特別拘置所から帰還中のアコース査察官と管理局次元艦隊より入電!艦隊はあと2時間以内に衛星軌道上に到着の予定! 」

「2時間…微妙やね…勝負は恐らくここ1時間やで…」

「だ、ダメです!!敵航空戦力を防ぎきれません!!突破されます!!」

「くっ…」

この身体さえ…自由に動いてくれたら…わたしやって…!

その時だった…

眩いばかりの光が束となって首都に立ち込めていた暗雲を吹き飛ばした。

「な、なんや!この大魔力は!ま、まさか!」

プ、プレアデスか!

「Brekaer級(大魔力砲)です!第一級魔力反応確認!敵陣営に着弾!!やった…やったぞ!!味方だ!!」

赤く爛れたカートリッジが地上に落ちていく。

「こちらスターズ01…これより中高度領域のリスクゾーンは私が支える…司令部に要請…このまま各部隊の隊列を維持願いたし…」

「な、なのは…ちゃん…なのは隊長!見くびったらアカンで!こちらにはまだ秘策が…(大本営的な意味で)」

「なのは…さん…」

リンディーと八神はやては眼前の大爆発をバックに悠然と高速魔導師たちの目の前に立ちはだかる白い魔導師の姿を呆然と見つめるしかなかった。

「リスクゾーンを高速進撃中だった敵魔導師の足が完全に止まりました!距離を取って高町空尉を包囲中!」
 
「そこの白き魔導師!名のある魔導師と見た!我こそアルトセイム侯の騎士!ライベルト・フォックベック!二つ名は疾風の雷槍!よき敵見つけたり!名を名乗れ!」

「管理局所属一等空尉、高町なのは…二つ名は………ない…」

「な…なぬ…なね…なの…は…ええい!言いにくいわ!しかも上等な法具を手にしておきながら二つ名(※ 魔導師としての称号)もないだと!謀(たばか)りおって…その首もらいうけるぞ!」

身の丈2メートルはあろうかという長槍使いの魔導師が下段に構える。切り上げてくる心算なのか、それとも足払いか…たちまち周囲に緊張が走るが なのは はデバイスを構える素振りすら見せようとはしない。ただ、じっとじりじりと間合いを計る騎士に射抜くような視線を送るのみだった。

「テロ防止法違反並びに第一級国家騒乱罪…その他86の罪状によりお前を逮捕する…大人しく武装を解除すればそれでよし…」

「断る…そう言えばどうなる?」

「だったら…残念だけど…戒厳令発令中につき身の安全は保障できない…」

「その言葉…小気味よきかな…元より生きて帰るつもりはなし…我が命は深愛のフェリノと共にあり!いざ!我が槍を受けよ!Sub Lightning!」

轟く雷鳴と共に姿が消える。次の瞬間、背後に回り込んだ騎士は正確になのはの心臓目掛けて突きを入れたが、彼の穂先は背中を向けたままのなのはを貫くどころか手前でプロテクションサークルに阻まれていた。

「か、固い…」

「Divine shoot…」

慌てて距離を取ったその騎士は自分目掛けて殺到する光弾を水車の如く槍を振り回して弾き返すが、体勢を立て直した彼の背後には既に白い影があった。

「くっ!」

「レイジングハート…Bindを…」

「All right, my master

浮かび上がった光の輪がたちまち騎士の屈強な身体を縛り付ける。それを全く一顧だにせず身動きの取れなくなった騎士の腹に王杖の石突き(※穂先とは逆の部分)を なのは は容赦なく突き入れた。

絶叫と共に騎士の姿は眼下の戦いの砂塵の中に消えていく。

「あ、あの…ライベルトが…まるで子ども扱いだ…」

「大丈夫…空戦の心得があるものなら撃墜されても命を落とすことは無い。もっとも…半年はベッドから起き上がれないだろうけど…」

「精緻な法撃に加えて…その見事な法具さばき…貴様…魔導竜騎兵の生き残りか?」

なのは を包囲する魔道師達の輪からどよめきが立つ。王杖の先を並みいる騎士達に向けながら悠然と囲みを睥睨する。

「次は?私を倒さなければ結界には辿りつけないよ?永遠に…」

「お、おのれ…言わせておけば…黄天の魔導師を相手にたかが一騎で何が出来るか!」

取り取りの法具を振りかざして魔導師たちは一斉に襲い掛かっていく。

「残念だけど…ここは誰も通さない!」

 
第18話 完 / つづく
 

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