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サイレント・インパクト(6)
Case 6 空転
 


合コンとは人が死なない戦争のことである


                      by ティアナ・ランスター

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「え? ええ!! ご、合コンのセッティン…… モガッ!!」

「バ、バカ! 声デカいから……!」

驚愕の表情を浮かべるティアの口を慌てて押えた私は思わず周囲の様子を伺った。幸いにして既に新年祭の長期休暇シーズンに入っていたため、ミッドチルダ高等検察庁の庁内は人影もまばらだった。でも、だからといって人の出入りが皆無というわけではない。オフィスには年始早々の公判を抱えている職員たちの姿がチラホラあった。

「ん゙ー!! ん゙ー!! ん゙ー!!」

ウシガエルみたいなとても大きな唸り声だ。正直、とてもうるさい。これからお義母様と検事長の人事異動に対抗するための極秘ミッションを画策しようとしているのにそれが第一歩目にして筒抜けになる事態だけは何としても避けなければならない。羽交い絞めしたティアはまるで背泳選手のように両脚をバタつかせている。

ここではやっぱ目立ってしまう…… 仕方がない…… 拉致るか……

私は椅子ごと無理やりティアをオフィスから“現代女性の社交場”に引き摺って行くことにした。

ズルズル…… ズルズル……

キャスター付きとはいえ無駄にカーペットが敷かれた廊下は結構な摩擦抵抗があった。

「ちょっと…… あれ…… フェイト主席とランスター検事じゃない……? ヒソヒソ……」

ギクッ……

「本当だ…… 二人して何やってるのかしら…… ヒソヒソ……」

ギクッ…… ギクッ……

廊下ですれ違った補佐官の女の子達たちの視線が私の背中に突き刺さりまくる。いやな汗がだらだらと出てくる。

ヤバい! 極秘裏行動なのに! ここで怪しまれたら元も子もないわ!

背に腹は換えられない。かくなる上はプランBを実行するしかない。

腹パン一閃!!

ボスッ!!

「ゔがっ!? ガクッ……」

鈍い音と共にうな垂れるティア。あ、あれ?手加減したつもりだったのに予想に反して白目を剥いている。ま、いっか。微妙に口から泡を吹いているようにも見えるけど今は気にしたら負けだ。

何気に彼女達の視線が椅子の上でダラーンと力なく伸びきっているティアに注がれているような気がする。

ま、まずい…… 早く偽装(フォロー)しなければ……

「あ、あら? あなたたちも出勤なの? 休暇シーズンなのに大変ね。 お疲れ様」

眩しいばかりの笑顔を贈る私だったが、あまり効き目がなさそうだった。人見知りの激しい私にしては近年まれに見るほどの会心トークだったにも関わらず、過去の判例ファイルを両手に抱えた補佐官の子達の表情は引きつったままだった。

「さ、最近…… 寒い…… よね…… ははは…… はは…… は……」

無理…… もうこれ以上は無理…… 何をお話したらいいのよ…… ていうか……

会話はキャッチボールだろ。魔法学院で習わなかったのかよ。今度はあんた達の番でしょ?何かしゃべりなさいよ。いや、むしろしゃべって下さい!お願いします!場が続かないから!!

この間、地獄のような15秒だったが私の頭に神が突然降りてきた。

そ、そうだ……! 逆に考えるんだ……! トークなんて続けなくたっていいさって考えるんだ……!

「さ、さてっと! じゃあティア? さっそくこれから例の件の論告求刑の準備をするわよ! ははは! じゃあね! あなた達もがんばってね~☆キラっ」

ティアを肩に担ぐと腕をまっすぐに伸ばして爽やかに(※ 脳内変換済)その場を去っていく私。これは決まった。完璧。全然怪しくないわ。誰が見ても会議室で打ち合わせをするようにしか見えない、はずだ。

「ランスター検事…… 大丈夫かしら……」

「これから主席のお仕置きタイムなんだよ・・・… きっと……」

360度、どっからどう見ても完全な人攫いです…… 本当にありがとうございました……
 
何とかティアを誘い出すことに成功した私はトイr……、じゃなくて、現代女性の社交場に着くと最も奥まった個室に篭る。

「かくかく…… しかじかで…… 検事長が…… お義母さんの…… なのはが可愛くって…… というわけなのよ……」

普段わりとテンション超低空飛行の私は、ここに来るまでに一日分の顔面の筋肉を既に使い果たしていた。ティアにしゃべっているこの瞬間も実は頬とか、かなりだるかったけど我慢した。今夜は入念にフェイスマッサージしないといけない。

「なるほど…… だいたいの事情はよく分かりましたよ、フェイトさん……」

便器の蓋に腰掛けているティアは両腕を組んで神妙な面持ちで何度も目の前の私の言葉に頷いていた。さすがはティア。頭の回転はピカいちだった。

「つまり…… フェイトさん的にはどんな手を使ってでもなのは さんのストーキングを続けたい、というわけですね? そのためには是が非でも“結婚”ないしはそれに準ずる既成事実が欲しいと……」

「ちょ…… し、失礼ね! 人聞きの悪いことを言わないで! 純情無垢ななのは に悪い虫がつかないように毎日あとを付け回しているだけじゃない。 私がミッドチルダから離れちゃったら水も洩らさぬ なのは の監視体制に穴が開くでしょ?」

「そんなサイケデリックな話をさらっとカミングアウトされても困るんですけどね…… でも、この前、司書長がなのは さんの世界の実家に挨拶に行ったそうじゃないですか? ぶっちゃけ、来年のジューンブライドにはゴールインってのが規程の路線ってやつじゃn…… ぎ849*&%*%^!!」

淑女としての嗜みを忘れることなく“うるさい。だまれ”のサインをパンプスの爪先でティアに送る。

「ちょっとティア…… 諦めたらそこで試合終了なのよ? そもそも実家に挨拶に行ったからといってそれが何? 百歩譲って婚約したからといってそのまま結婚するとは限らないじゃない」

いや、十中八九決まりだろ…… ティアの顔がそう言っている。

ま、まあ…… 確かに…… 

ティアが言うことにも一理ある。私が構築したアリの子一匹逃さないなのは 監視システム も虚しく、卑怯なあの手この手を駆使した淫獣がついに なのは を(たぶら)かすことに成功し、次元世界を常時流浪していて住所不定状態になっていたスクライアの両親を見つけ出して今年の夏に高町家に挨拶に行ったのは揺るぎのない事実だった。まさか母さんの資産返還のための訴訟で下級審に出頭したその間隙を相手が突いてくるとは私も迂闊だった。

ユーノウ? ユイノー? なんかよく分かんないけど、そんな得体の知れない呪われた禁断の儀式を両家で執り行ったとなのは から聞かされた時、私は不覚にもショックのあまりその場で気を失ってしまい、1週間ほど病院のベッドで生死の境を彷徨(さまよ)ったのだった。

「だ、大丈夫!? フェイトママ!! 気を確かに!!」

「ヴィ…… ヴィヴィ…… オ…… き、来てくれたのね……」

今年、初等科の6年生になったヴィヴィオが、まだ夏休み前だったにも関わらずなのは から危急の知らせを受けて学院から慌てて病院に駆けつけたことは返す返すも不名誉の極みだ。どういう伝わり方をしたのか、よく分からないけれどヴィヴィオが円らな瞳に涙を一杯溜めていることから察するに多分“フェイトママキトクスグカヘレ”みたいな電報でも受け取ったのだろう。

「フェ、フェイトママ…… ヒック…… ヒック…… 死んじゃ…… 死んじゃいやだよぅ…… ううう……」

「バ、バカね…… ヴィヴィオ…… この子ったら…… 私が死ぬわけな……い……」

突然、病室のドアが開け放たれると慌しく駆け込んでくる懐かしい2つの人影があった。

「フェイトさん!! 大丈夫なの!!」

「傷は浅いぞー!! フェイトちゃーん!!」

「お、お義母さ……!? そ、それにお義姉さんまで!? い、一体…… これは……」

リンディー義母さんとエイミィ義姉さんにやや遅れて甥姪と一緒にクロノ義兄さん、そしてアルフがぞろぞろと姿を見せた時はさすがに焦った。何をオーバーな、と最初は思っていた私だったけど、知った顔が続々と枕元に詰め掛けて来ると、あれ?私って本当に死んじゃうのかな?的な気分にジワジワとさせられるから困る。

アリサやすずかは住む次元世界が違うから置いておくとして、既に病室にいる高町親子と淫獣、これに八神家の面々とエリオとキャロが加われば私の人脈はほぼコンプリートするじゃないの。

なにこれwww 超ウケるwww ギザ高密度の人付き合いwww ワロタwww ワロタ……

気が動転したなのは が手当たり次第に私の親近者に連絡をしたことを後で知った。私の交友関係が極端に狭かったことが連絡を容易にさせた一因であることにはその場にいた全員が薄々気がついているみたいだったけど誰もあえて触れないのはさすがに大人だった。

「ま、まあ…… 全員揃ったところでちょっと聞きたいんだが…… フェイトが急に倒れたってなのは から連絡を受けた時は正直焦ったぞ。 それで原因は? 主治医は何て言っているんだ? ユーノ、何か聞いてるか?」

前の方はちょっと余計だったけどお義兄さんの落ち着いた声が辺りに響く。こういう時に男の人って粛々と事実関係を確認して事務的な作業を進めてくれるから、空気が読めない人でも心強く感じてしまってちょっとキュンとしてしまう。

「うーん…… それがお医者さんもよく分からないって言うんだ……」

「分からない? 原因が? なんて無責任な言い草だ。 あんまり長引くようならシャマルさんのところに転院も考えた方がいいかも知れないな」

いえ、おまわりさんコイツ(淫獣)です…… は、はやくタイーホを……

私はユーノを指差そうと必死に手を伸ばす。

「ど、どうしたの? フェイトちゃん!」

「フェイトママ!」

「ちょ……」

プルプルと震える私の指先は高町親子にがっしり握り締められていた。

あ…… あのぅ…… そ、それ…… 決死のダイイング・メッセージなんですけど……

でも、なのはとヴィヴィオの手に包まれてちょっと嬉しくなる私だった。

「グヘヘ……」

「フェ、フェイトちゃん!? 何か言い残したいことがあるの!?」

いや…… なのは…… まだ死んでないから……

「フェイトママ!! またもったいないとか言って賞味期限切れのお惣菜を食べたの!?」

え……? ヴィヴィオ!? そ、それは!! 言っちゃらめええええええ!!

いきなり誰にも知られたくなかった普段の食生活が期せずして白日の下に晒されてしまう。

「なんだ…… もしかして原因は食中毒か? 腐ったものを食うとか…… いい歳しておまえ悪食もいい加減にしろよ……」

「ちょ…… お、おにい……!! ひ、ひど……い…… ぐ、ぐはぁ!?」

ピ―-―――――――ッ!!

病室に響く無機質な音…… なにこれ? ドラマで死ぬ時になるアレ?

「フェ、フェイトママ!! しっかりして!! 死なないで!! なのはママー!! フェイトママの様子が!!」

「う、うそ!? フェイトちゃん!! だ、誰か!! お医者様を!! 早く!!」

ほぼコンプ状態だった親近者の前で公開処刑されてしまった私の入院期間はこの後、更に1週間延びることになる……

「フェ、フェイト……さん? だ、大丈夫ですか? 何か顔色が悪いみたいっスっけど?」

ティアが心配そうに私の顔を覗き込んでいる。

正直な話、全然大丈夫じゃなかった。恐るべき偶然が重なったとはいえ、精神的なダメージを負った私にとって例の“呪いの儀式”のことは強烈なトラウマになっていた。なのはにかけられたユーノによるユーノウの呪いのことを思い出す度に私は激しい動悸に襲われるようになってしまった。

か、帰りたい…… も、もう…… 全部どーでもいいや……

嫌なことを克明に思い出してしまった私のライフは限りなくゼロに近かった。このまま適当な理由を検事長に言って早退したいくらい、私はもう自暴自棄の状態に陥りつつあった。

「ちょ…… フェイトさん…… マジで顔、真っ青っスよ?」

「フグググ……」

激しい動悸で立っていることも難しい。ティアの膝の上に腰掛けたい衝動に何度も駆られたけど、さすがに個室に二人っきりのシチュで、しかも真昼間からそれは不味い。

理性を総動員して奇声を発しそうになるのを辛うじて押える。

「はあはあ…… んん…… うん……」

くぐもった嗚咽にも似た声が外に洩れる。

とある現象を連想させかねない声にたまたま外にいた他の女子局員たちが敏感に反応していることなど私の想像の遥か外だった。

はやてがこの前の合同忘年会(※ ミッドチルダでは忘年会をだいたい11月中旬から12月上旬に駆けて行い、年末から新年にかけては家族でゆっくり過ごすのが習慣)でネタにしようとした“あの事”とはまさにこれだった。

あれもこれもそれも全部あの忌々しい淫獣のせいだ。私が淫獣の車のタイヤの空気をせっせと抜いているのは100%私怨というわけじゃない。だって、私怨ならもっと過激なことをしているもん。たまたま手相を見てもらったミッドの母という有名な占い師に、ユーノがなのは に施したという“ユーノウ(禁断の呪われた儀式)”の破邪のおまじないの一環として勧められたからだ。

ああ…… なんという人生…… 煽り耐性が若干付いたくらいで……

なのはの世界にいた時に通っていた聖祥学園時代と何が意識レベルで変わったというのだろう。いや何も変わってはいない(反語)。

結論…… 私だけが絶望的なまでに子供のままだった……

ぐしゃあっ!!

私は思わずその場に崩れ落ちていた(※ 現代女性の社交場で)。

「ふぇ、フェイトさん!! ちょっと何やって!! い、いけません!! こんな…… こんなところで!! そんな…… ちょっと……」

ティアの半ば絶叫に近い声が辺りに響き渡る。

「ちょ、ちょっと…… なんか…… 今…… 奥のトイレ…… やばくない? ヒソヒソ……」

「ま、まさか…… ちょ…… いきなり……? 女同士で? ありえなくね? ヒソヒソ……」

「ちょ、マジで……!? やばくね……? メルメル…… メルメル……」

仕切りの向こう側で繰り広げられている他の女子局員たちの盛大な勘違いの連鎖に私達二人は気が付かなかった。

「フェイトさん……! とにかく体勢を入れ替えましょう……! この状態(床に座ったまま、の意)は不味いですって……」

ど、どんな体勢なのかしら…… かなり二人激しくない……? ドキドキ…… 
という周囲の期待とは裏腹に個室の中では私がティアに替わって蓋の上に腰掛けていた。

「だって…… 私…… もうダメ…… 限界だよ…… (※ 今の状況が)」

もう限界を迎えるんですね(※ 性的な意味で)、という周囲の憶測とは全く異なる次元で私の心は折れてしまっていた。

突然、私の脳裏に顔を真っ赤にして怒っている検事長と満面の笑顔で優しく微笑んでいるリンディーお義母さんの姿が浮かび上がってくる。


テスタロッサ!! おまえはバカだ!!

そうね…… 私は別に立派な人間になりたいわけじゃない…… 働いているのだって究極には自活するためだし……


自分の将来をどう考えているのかね?

仕事や時間に背中を押されてただ生きているだけよ…… 気が付いたら自分がいい歳になっていた…… ただそれだけのこと……


自分を犠牲にしてまで人のため、局のために偉いわ。本当に鼻が高いわ。

あえて犠牲になったわけじゃないもの…… 一人になるのが嫌だっただけだし…… はやてや なのは に声をかけられるのをずっと待っていただけだし…… 


でも、ようやく気が付いた。いくら私達が仲良し3人組でもまさか一生ずっと一緒にいられる訳じゃない。

いつかはちょっぴり悲しいお別れをしないといけないんだよ…… 私と母さんみたいに……

それぞれが自分の人生を別々に生きなければならないんだから。

自分自身を見つけるために……

「行くしか…… ないのかな…… (※ 自分自身を見つけるために)」

「そうですね…… フェイトさん…… 行きましょう……(※ とりあえずおトイレから出て他の場所に)」

「そう…… ね……」

真昼間からイクんですね、分かります、という周囲の確信とは快感という意味で天と地の差がある私達の密談は終わりを告げる。

ティアが個室のロックを開けた瞬間、興味津々で集まっていた女子局員達は一斉に弾かれたようにそれぞれが空いた個室に飛び込んでいく。

私達が外に出るとそこにはもう誰もいなかった。

「とりあえず、フェイトさん、今日のお昼は近くのファミレスで食べませんか?」

現代女性の社交場から廊下に出た私達はオフィスに足を向けていた。

「え? ええ、別にいいけど……? どうするの……?」

目に溜まっていた涙をハンカチで拭っていた私はティアのほうを見る。

「どうするのって…… やれやれ…… 決まってるじゃないですか…… 合コンの打ち合わせですよ……」

「え、ほ、ホントに!?」

「乗りかかった船です。 かつて合コンの鬼と言われた、この私、ティアナ・ランスターがフェイトさんのために一肌脱ぎましょう。 まあ、大船に乗ったつもりでいて下さい」

「あ、ありがとう…… ありがとう…… ティア!」

私は思わずティアを抱き締めていた…… 熱く…… 情熱的に……

「ちょ、ちょっと!? フェ、フェイトさん!! いけませんって!! 人が見てますから!! もう…… しょうがない人ですねえ……」

感動に咽び泣く私の腰にティアのほっそりとした腕が回される。

ああ…… なんて美しい女の友情なのかしら……

感動を分かち合っている私達の背後をゾロゾロと女子局員の集団が通り過ぎていく。

でも…… それにしても不思議だわ……

どうしてすれ違う女の子達の顔が「さっきはお楽しみでしたね」みたいな顔をしているのかしら???

解せぬ……


つづく…… イ㌔
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