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【外伝】 Fragment補完計画(2)
償(つぐ)ない




本編で没になったエリオくんが特別施設から出る決意をした
ある出来事についてのお話です

フェイトさんの額に傷があることになっていましたが
それに関係があります

伏線を生かしきれなかっただけですね
サーセン

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「き、危険ですよ?この子は……本当に何をしでかすか分かりませんから……ハラオウン執務官」

「大丈夫です……話が終わったらお呼びします……ご苦労様でした……」

「は、はあ……それでは私は外で待機していますから何かありましたら……」

逃げるように私達から離れていく女性保護官の姿はどこか酷くおどおどしているように見えた。
やがて何もない殺風景な部屋にはエリオと私の二人だけになった。

「こんにちは、エリオ君……」

「気安く呼ぶな!」

幼い体が部屋の隅で小刻みに震えていた。

局の特別施設に保護……いや、ほとんど監禁状態に置かれて極度の人間不信に陥っていたエリオの心は荒みきっていた。当時まだ8歳……本当なら母親に甘えていたい年頃の筈なのに。

「私の名前はフェイトって言うんだよ?フェイト・ハラオウン。よろしくね」

期待していたわけじゃないけれど返事替わりの無言が私に叩きつけられる。ここの職員から日常的な虐待、暴力行為を受けていたわけじゃない、と信じたい。公的な監察記録がそうなっている以上、これ以上の追及は難しい。

私は注意深くエリオがいる部屋の一角に向かって一歩を踏み出す。

「僕に近寄るな!ババア!」

たちまち小さな体の周りに金色の電撃系の淡い帯が現れる。さすがに専門の訓練を受けていないから魔力の形状化までは出来ないようだった。

フィールド状なら例え至近から攻撃されても……まあ、問題はないわね……でも……

周囲に視線を走らせると固いクッションで覆われている壁のあちこちに大小さまざまなサイズの穴が開いていた。職員たちがこの子に相当、手を焼いていることがそこからも容易に伺い知れた。

エリオを刺激をしないように注意深くゆっくりと近づいていく。

「近付くな!僕に近付くなって言ってるだろ!こ、殺すぞ!ほ、本気だぞ!僕は!」

「エリオ君、私のお話を聞いて欲しいんだけどダメかな?」

「いやだ!誰がお前の話なんか!帰れよ!早く!」

「お話が終わったらすぐ帰るから。ね?」

「いやだ!!」

激しい憎悪と敵意が私に向けられている。無理もない。窓一つない全く隔絶されたこの部屋が今のこの子の世界の全てなのだから。そして、自分以外の存在は全て敵だ。

でも……

この子は何の罪も犯していない。ここに閉じ込められる理由なんて何もない。

「エリオ君……私と一緒に外に出ない?」

「えっ……そ、外……」

思いがけない一言に一瞬、エリオは戸惑ったような表情を見せた。幼い体では手がまったく届かない高さにある小さな天窓以外にこの部屋で“外”の世界の存在を感じる術はなかった。私は精一杯微笑んだ。

「そう……外の世界はとても広いんだよ……?君さえよければ一緒に暮らそう……私と一緒に……」

「ぼ、僕と……お、おまえが……そ、そんなこと言っても騙されないぞ!そういってまた僕を別の場所に連れて行くつもりなんだろ!そうはいかないぞ!僕が……僕が何をしたっていうんだよ!」

やっぱり……

まるで追跡されることを恐れるようにエリオの所在地は定期的に変わっていた。広域次元犯罪者でもここまで頻繁に移送された例はない。おまけにその移動記録はまるででたらめだった。内部告発がなければ今日、ここでエリオに会うことすら叶わなかった。最初で最後のチャンスだった。

「そうだね……君は何も悪くない……そして何も間違ったことはしていない……だから……君には権利があるんだ……人として……人間として生きる権利が……太陽の光を浴びて……夜になれば星を眺める……そんな外の世界を知る権利が君にはある……」

「け、けんり……?」

「ごめんね。ちょっと難しかったかな?それともエリオくんはここにずっといたいの?」

「……」

慎重に一歩、また一歩と話しながら近付いていく。あと少しでこの子に手が届く。もうすぐそこだ。

「エリオくんだってお外で自由に、自分のやりたいことをすればいいんだよ?」

「……んで……」

「え?」

「な……ん……なんで?ここの人は誰も今までそんなことを言わなかったのに……どうして……どうしておまえが……」

確かに。これは当然の疑問だった。私も思わず言葉に詰まる。何故、私がそれまで縁も所縁も全くなかったエリオに会いに行ったのか。

それは……

私の目の前で怯えきっているエリオは、私と同じプロジェクトFの残滓、つまり大人たちにとってこの上ない最高の“研究素材”だからだ。

エリオの存在を知ったのはつい最近のことだった。ミッドチルダを始めとする各地で“あの男”が開発したガジェットドローンが現れるようになり、その背後関係を追っている過程で偶然に行き当たった。

私の母さんが深く関わっていたとされる“プロジェクトF”には当時、まだ未解明な部分が多く残っていた。そして何よりも優しかった母さんがどうして違法な魔道実験に手を染めなければならなかったのか、またその違法な技術の多くがどうしてアインヘリアルに流用されているのか、あまりに不自然で不可思議なことばかりだった。

“母さんのこと”をもっと知りたいという個人的な想いがなかったといえばそれは嘘になる。でも、特定の人物達の目には母親の無念を晴らす復讐心の塊、のように私の姿は写っていたのかもしれない。

「ハラオウン……君の無念は分かるがもう終わったことんだよ……これ以上、この件に首を突っ込むのは服務違反になるぞ?分かるね?」

「はい……」

激しい捜査妨害、そして時には目に見える形での脅迫、そのどれもが深い闇の部分に相当数の管理局員の関与を仄めかせていた。

それだけに……

エリオを見る目に思わず力が篭る。

私だけで十分なんだ!運命(プロジェクトF)に翻弄される人生なんて!せめて……この子だけでも……

あの時の私はどこかで余計に意地になっていたかもしれない。私のプロジェクトFはまだ終わっていない。
 
「それは……私が……私がエリオくんの……お姉さん……だから……」

「え?」

そう。私達は例え血は繋がっていなかったとしても、生命をも自在に作り出す呪われた秘術“プロジェクトF”という共通の“親”を持つ姉弟だった。そして、局や地区政府の間で働く目には見えない微妙で危うい権力均衡の上で辛うじて生きることを許されているか弱い存在で、本来、生まれるはずのなかった、いや、生まれるべきではなかった命、籠の中の小鳥、それが今の私達だ。

いずれは明らかにする時が来るだろう……でも……少なくともそれは今じゃない……

「あ……あのね……お姉さんっていっても本当のお姉さんじゃなくて……とても遠い親戚、かな?分かりやすく言うと」

「お……お姉……そ、そんなの……そんなこと信じられるわけないじゃないか……」

エリオの戸惑いは当然だった。ある日、突然、家族と引き離され、そして訳も分からず今日まで各地を転々とさせられていたのだから。

「君にはわからないかもしれないけれど……でも、私達はとてもそっくりだと思うよ?」

そう、エリオと私はとてもよく似ていた。

6歳で家族と離れ離れになって一人ぼっちになってしまったところも、そして、あまりに小さくて弱い自分には“魔法の力”が必要なんだと思い込み、無軌道に強さを求め(た)ているところも、とてもそっくりだった。

そして……

その結果、自分の大切な人を傷つけ、失うことになってしまうことになるのを思い知らされたことも。私はリニスを、そして母さんを失った。君にはそんな後悔を味わって欲しくはないんだ。

もうエリオと私の間の距離はほとんどなかった。手を伸ばせばおびえて震えているこの子の頭を撫でることも、そして優しく抱き締めることだって出来る。

あと少しで……

「今までずっと探していたんだよ……エリオくんのこと……ずっと会いたかったんだ……」

「う、うそだ!僕によるな!」

「大丈夫……だから……私と一緒に……」

「さ、触るな!!」

頭に強い衝撃を受けて一瞬、目の前が真っ暗になる。

えっ……なに……?何が起こったの……?

一体何が自分の身に起こったのかまったく分からなかった。

「ハ、ハラオウン執務官!!だ、大丈夫ですか!!このガキ!!てめえみたいな厄介者を引き取りに来た人になんてことしやがるんだ!!」

突然、私の背後のドアが荒々しく開かれ、手に警防を握り締めた刑務官達が飛び込んできた。どうやらこの部屋の様子は監視されていたらしい。

な、何が……何が起こってるの……

いつの間にか私は両手を床についてエリオの前に跪いていることに気が付いた。目の焦点があって始めて目にしたものは、床に滴る真っ赤な血と刑務官達の引きつった顔……そして……私の返り血を浴びた幼い顔だった。

そこで私は全てを悟った。

「このガキ!!今度という今度は容赦しねえぞ!!」

「ま、待って!!待って下さい!!お願いです……私なら……大丈夫です……から……」

迂闊だった……電撃系の属性を持つとは聞いていたけどまさか訓練もなしで魔力を形状化出来るなんて……恐らく極度の恐怖が一気にこの子の才能を開かせたんだ……

小さな身体が恐怖に慄き、小さな円らな瞳がまるで捨てられた子犬のように怯えていた。

「し、しかし……傷が……その……なんというか……」

屈強な刑務官達の視線が私の顔に集まっているのが分かる。ざっくりと額を切っていた。2センチなのかあるいはもっとなのか。傷口を押さえている白いハンカチがみるみる内に朱に染まっていく。

「これは私の判断ミスです……この子には問題はありません……お願いですからもう少し二人で話をさせて下さい……」

「いや!とりあえず治療される方が先決ですよ!執務官!」

普通なら刑務官達が勧めるように確かに治療すべきだった。この子が置かれている状況が普通なら。私の訪問は既に報告されているに違いない。

今この場を離れてしまえば……このチャンスを逃せば……

次はない。この子をここから救い出す機会は永遠に失われてしまうだろう。

「お願いします……私なら大丈夫ですから……」

「大丈夫と言われても……」

「お願いです……出来れば執務官の捜査特権を使わずに穏便に済ませたいんです……」

私は必死だった。威圧するように佇む大男達を睨みつけていた。

「わ、分かりました……しかしくれぐれも無茶をなさらないようにお願いします……」

気圧されたように人の気配が次々に消え、部屋に再び静寂が戻ってきた。治療を口実に強制排除されかねない危うい状況だっただけに傷の具合よりもむしろホッとしていた。さすがに末端の職員までは手が回っていないようだった。

私は右手で額を押さえながら残された方の手で傍らに置いていた自分のバッグをまさぐる。そしてウェットティッシュを取り出すとエリオの顔に付いた私の穢れを拭きとっていった。

「ごめんね……もう大丈夫だよ……怖がらなくていいんだよ……?」

「ぼ、僕……僕……」

小さな雫が頬を伝い、それは止め処ない涙となって溢れ始める。ようやく私はエリオを抱きしめることが出来た。

エリオくんはおびえている……自分自身に……

「怖かったんだよね……本当は優しい子のはずなのに……私が悪かったんだ……びっくりさせちゃったから……君を……」

「ご、ごめん……なさい……ごめんなさい……」

自分でも抑えがたい突発的な精神衝動が場合によっては取り返しの付かないことを起こしてしまう事がある。それは精神が未熟な小さい子供の時に起こりやすい。

幼少期のトラウマ……それが時に埋めがたい心の傷に……失ったパズルのピースになってゆくことだってある……

その配慮を欠いた私のミスがこの子の心を深く傷つけてしまった。

「どうして君が謝るの?謝らなくちゃいけないのはわたしだよ?それに今まで君に酷い仕打ちをしてきた私達大人の方が謝るべきなんだよ?」

「だ、だって……おねえさん……怪我してるよ……僕のせいで……痛いでしょ?」

「君は……今まで散々酷い目にあってきた筈なのに……それでも私の心配をするんだね……本当に君は優しい子……私なら大丈夫だよ……」

「ほ、ほんとうに……ごめんなさい……」

「もう謝らなくていい……君は……もう十分傷ついて……報いを受けているんだから……」

「で、でも……僕……おねえさんを……傷つけてしまった……」

「エリオくん……人はね……必ず間違いを犯してしまうんだ。神様は始めヒマノスをお創(つく)りになった時、全く自分と同じものをお与えになっていたんだ。でも、それでは自分達アルハザードの神々と同じになってしまうでしょ?だからね……私達に心を……感情をお与えになった……」

「心……?」

「そう……君がさっき怖いと思った気持ちも……今まで辛くて寂しいと感じていた気持ちも……全て心から染み出してくる君の感情なんだ……人はね……心があるから……嬉しかったり、悲しかったり、悔しかったりする気持ちがあるから……時々、失敗して、間違いを犯してしまうんだ……それは……人という存在、君が生きているということが悪いからじゃないんだ……衝動に駆られる自分の弱さのせいなんだよ……だから……自分が間違ったことをしたと思うなら心から反省して……もし、それが償えることなら償えばいい……もし償えないほどの過ちなら、償えるだけ償えばいい……そして、それを赦されたなら君はもう一度やり直せばいいんだ」

「で、でも……ママは……僕のママだった人は……女の人の顔を傷つけてはいけないって……」

「君のママはきっと……優しくていい人だったんだね……君は……私を傷つけようと思っていたの?」

「違うよ!ぼ、僕は……僕は……怖かった……とても」

「だったら君は悪くない……君はまだ幼いから……だから君の周りにいる大人が正しい判断をするべきだったんだ……悪いのは私だよ……?君じゃない……」

「で、でも」

「エリオ君……君はもう十分反省しているよ……君の目を見れば分かる……本当に反省している人は決して誰からも責められてはいけないんだ……許しがたきを許される替わりに償いがある……その償いから逃れようとすることは人として恥かしいことだ……でも、もし君が償いを赦されたなら……君はその苦しみから解放されなければいけない……私のことで自分をもう責めてはいけないよ……?分かった……?」
 
古来、生き物の創造はアルハザードに住まうとされる主上なる神以外に許されない禁忌行為だった。この上なき神への冒涜(ぼうとく)。その罪深き罪によってこの世に生を受けた私と……そして君……
子供は親を選べない。でも、そのことを不幸と思う子供がほとんどいない様に、例え生まれるべきではなかった私達ではあっても生まれてきた以上……人並みとは言わない……せめて自分が自分らしく、そして自分のために生きることは許されてもいいはずだ。

ミッドでも痛ましい幼児虐待の事件は後を断たないけれど、子供達の多くは親から受ける虐待の事実を認めようとはしない。物心もついていない、悪知恵や打算とも無縁な小さな子供達は魂、遺伝子のレベルで親を庇っている。それは親の否定が自分の存在の否定に繋がるパラドックスであることを本能的に見抜いているからだ。

あらゆる意味でプロジェクトFは不幸だった。でも、それを私は恨んではいない。それがなかったら私は母さんに出会えなかったのだから。

例え私がアリシアの替りだったとしても……そして君が……病死したモンディアルの子の替りだったという事実があったとしても……恨んではいけない……少なくとも生まれてきたことだけは……

「君さえよければ……私と一緒にここを出よう……そして幸せになろう……ゆっくりでいいから……」

フェイト……人はね……生き急いではいけないの……ゆっくりと……

母さん……

「ぼ、僕は……本当にここから出られるの……?出てもいいの……?」

「うん……そうだよ……」

「僕と一緒に……おねえさんはいてくれるの……?」

「ずっと……一緒だよ……君が望むなら……」

もうこれ以上、私たちに言葉は必要なかった。私はその日のうちにエリオを連れて局の研究施設を後にした。もう二度とプロジェクトの負の連鎖が起きないように、そして、私達が“姉弟”が魔導師や権力から金輪際、縁が切れるように。

ひたすら祈りながら……
 

1年後…

 
キャロの魔導師登録を終えた日から1ヵ月後の吉日を選んで私はエリオにも後見人として二つ名を与えた。

心優しき金色の轟雷

それがエリオの魔導師としての名前(称号)になる。

エリオの盟約の儀に現れた司祭はキャロの時と同じだった。さすがに二回目ともなれば“神槍バルディエル”が姿を見せても前のように腰を抜かしたりはしなかった。でも、その替りにアルトセイム式の、いや、失われた筈の雷神フォノン直系の術式をなぜ私が知っているのか、かなりしつこく聞かれる羽目になった。必死に追いすがる司祭を適当にはぐらかした後、私たちはその足でクラナガン郊外にある管理局附属の訓練所に向った。

喜びで満ち溢れる筈の家族イベントの筈なのに、儀式を終えた車内の空気はやっぱり重たかった。人見知りの激しい私は元々が饒舌な方ではないけれど、さっきからハンドルを握ったままため息ばかり付いている。そんな保護者の姿を見ればどんな子供だって気を遣ってしまうに違いない。視線だけを助手席のエリオに送る。エリオは窓を流れる首都の喧騒をおとなしく眺めていた。

子供を心配させるなんて……何やってるんだろう……

首都高速に上がるランプ手前で信号に掛かる。私はシフトをニュートラルに戻した。

「もう……また信号か……」

エンジン音だけがやけに目立つ。会話のきっかけを必死になって探る。

いずれはどこか静かで落ち着いた場所でキャロも呼び寄せて親子3人で暮らすことが私のささやかな願いだったけど、毎日の生活を出来るだけ切り詰めてはいるもののなかなか纏まったお金を貯めることは難しかった。PT事件が起こるよりもさらに前に私が慣れ親しんだアルトセイムにある母さん名義の地所が今どんな状態になっているのか、全然分からなかった。でも、もうあそこには戻るつもりはない。

色々なことが起こりすぎたから……

時の庭園の一角を時空間に転送させてそこに移り住んだ私達親子の記憶と一緒に、あの場所もまた月日と共に静かに私の中から消え去ろうとしている。思わず洩れるため息。これでもう何度目だろう。

「ふう……」

半月に一度くらいの割合で今までにも面会するようにしていた私だったが、思えばエリオと二人でこうして一緒に外出するのは本当に久しぶりのことだった。

ズキっと胸の奥が痛む。

何か話題は……

会えない時間の穴埋めのように話すことが多すぎて収拾がつかないのか、逆にこの子たちの成長速度に意識がついていかないせいで思いつかないのか、さっきから私の焦りとは裏腹に思考の中は堂々巡りばかりで何も浮かび上がってはこなかった。

男の子だしな……

ふと目を上げるとエリオがシフトレバーを弄んでいる私の手に視線を送る姿が見えた。私はぎこちなく微笑む。

「マニュアルってこういう時は面倒なのよね……」

エリオが私に視線を合わせてくる。車に乗った後、お互いに目を合わるのはこれが始めてだった。

「やっぱりそうなんですね。信号のたびに大変そうだなあって、ずっと思ってて……」

エリオの瞳に浮かない顔をした私が映っている。

私の目に映っている君の姿は今、どうなっているんだろう……

「エリオは……その……好き?」

「えっと……」

少し困惑したような表情が幼さを残した顔に浮かぶ。

「く、車のこと……なんだけど……」

「ああ!ええ、まあ……その、キライじゃないです……」

「そ、そうなんだ……」

は、反応薄いな……キライじゃないってことは好きでもないってことよね……男の子ってバイクとか車とか乗り物系に興味を持つものじゃないのかしら……

「フェイトさんは好きなんですか?」

あれこれと考えていた私はエリオの声でいきなり現実に引き戻されていた。

「は、はい!?えっ?な、何?何かいった?」

「い、いや……だから……車……」

「す、好きよ!ストレス溜まってる時なんかにぶっとばすと何かスカッとするし……」

「は、はあ……」

微妙に引かれたらしい。

「ははは……はは……は……」

再び沈黙が車内を支配する。

何だろう……このぎこちなさ……あっ……

ふと私の思考はキャロとはまったく別の意味で自分がエリオを意識していることに思い当たる。自ら魔導師になりたいと言い出したことは確かに二人に共通していたけど、世の中の男性の多くがそうであるように多分、私やキャロとは違ってエリオはこの先ずっと“男”として生きていくことを求められるようになる。厳密な意味で“子供と繋がる”なんて第二の立場を持つことはない。

そのうち声とかも……変わっちゃう……のよね……やっぱり……

横目でエリオの様子を盗み見る。髪をロングにしてスカートを穿かせたら女の子と言っても何人かは信じそうな顔立ちだった。

キャロのことは私が教えられるからいいんだけど……お、男の子って何か特別な配慮が必要なのかしら……

借りて読んだ育児書によっては女の子より繊細な精神をしていると書いてあったことを何の脈絡もなく思い出す。

ま、まさかとは思うけど……意識していたのかな……で、でもまだ子供だったし……

深く考えもせず嫌がるエリオを単なる我侭だと思って一緒に浴室に入れたりしたことを思い出すともう顔から火が出そうだった。

トラウマにでもなって女性恐怖症にでもなったたら……ど、ど、どうしよう……

エリオを見詰める目に力が思わず入る。なんで私は手に汗を握っているんだろう。不意にエリオが私の方を向く。慌てて視線を逸らす。

思えば盟約の儀までこんなことなんて考えもしなかった。エリオが男の子で、自分とは全く違うってことを。やっぱりあらゆる意味でキャロとエリオは一緒には出来なかった。虫の知らせというにもちょっと違うような気がするけど、魔導師登録が公的に済んでもまだ私は二人を面会させることにすら躊躇いを覚えていたし、実際にそれは二人を全く別々の訓練所に預けるという形で現れていた。いずれは二人にもう一人の“自分たちの家族”について話さないといけないのに、だ。

そのうち私だけだったら……どうにもならなくなる日が……父親の育児参加が重要だって書いてあったけど……で、でも……それだと順序から言ったら私がまず結婚とかしないと……ちょっと!今はエリオのことを考えないといけないのに!何で私のことが出てくるわけ!

「あの……フェイトさん……」

私は身体をビクッとさせるとまるでやましいことを隠すみたいに顔を引きつらせながら慌てて笑顔を作った。

「な、な、何!? え、エリオ」

「信号が……」

「えっ! しん……ご……」

突然、後ろの大型トラックからけたたましいクラクションが鳴らされる。ハッと顔を上げると既に青色の光が煌々と灯っていた。不覚にもいつから青になっていたかも分からない。

「おい!なにやってんだ!ねーちゃん!」

すっかり日焼けした中年ドライバーが窓を開けて追い討ちをかけている姿がバックミラーからも見えた。

「す、すみません!」

シフトの頭を叩いて思いっきりアクセルを吹かすと私達の車は一気に首都高速へと駆け上がって行く。

「なによ……あんなに鳴らさなくたって……」

結構、恥かしかった。

あーあ……もう最悪……

「ぷ……ふふ……ふふふ……」

助手席のエリオは必死になって込み上げてくる笑いを抑えようとしていた。

エリオ……

「す、すみません……で、でも……フェイトさんの慌てたような顔が……その……お、おかしくって……」

「そ、そんなに慌ててたかな……私……ははは……」

「ええ!とっても!」

でも、どこか救われるような想いだった。いつの間にか私達は大きな声で笑っていた。

やがて車は郊外にある局附属の訓練所の前に着く。その同じ敷地内に訓練生と職員のための寄宿舎があった。寄宿舎にはミッドチルダだけではなく、あらゆる管理世界から集まった“魔導師の卵”たちが共同生活を送っている。ここで局員としての心得や集団の規律、そして訓練実技などの基礎課程を学ぶことになる。

覚悟をしていたはずなのに……

嘱託魔導師時代に短期の訓練をここで受けた私は改めて思い知らされる想いだった。

ついに……私は……二人を魔導師にしてしまった……

「もう手続きは済んでるから、その、心配しないでね」

「はい!」

よく通る大きな元気な声だった。

「私は他に用事があるから……ここで少し……お別れ……だね……」

「はい!」

本当はこの日のために1ヶ月前からスケジュールは空にしてある。でも、やっぱりキャロのときと同じ様にこれ以上一緒にいると自分の決意が鈍ってしまいそうだった。

「フェイトさん、本当にありがとうございました!」

エリオは深々と私に向って頭を下げていた。

「あの……エリオ……」

「はい!」

もし、辛くなったり、止めたくなったりしたらいつでも私のところに帰って来てもいいんだよ……

思わずでかかった自分の弱さを慌てて私は飲み込んだ。辺りを静寂が包む。いつまで経っても言葉を繋ごうとはしない私の顔を不思議そうに見詰めるエリオの姿が滲んでいく。

やがて……

「フェ、フェイトさん……」

替わりに私は小さな身体を力いっぱい抱き締めていた。

「しっかり……がんばって……」

「は、はい……じゃあ、行って来ます」

そう言い残すとエリオは振り返りもせずにまっすぐ訓練所の正門をくぐって行った。、自分よりも大きな荷物を担ぐ小さな体はとうとう見えなくなった。

「エリオ……」

感情が高ぶっていく。わずかに額に痛みが走る。自分がコントロールできなくなって泣いてしまえばきまって“あの時”の古傷が痛む。

私は額を押さえながらきびすを返していた。
 



後にFT事件の首謀者となるフェイトは武装蜂起の前日にこのエリオ少年の必死の説得に遭うことになる。しかし、エリオ少年の声は無情にも“狂女フェイト”の耳には届かず、昏睡魔法をかけられた上に二人の“盟約”は解かれてしまうのである。

書き換わった世界において、エリオとキャロはユーノ・スクライアの申し出を受けて“盟約の儀”を交わしている。スクライア家の二つ名は代々、“妙なる”が用いられるのが慣例だが、この二人に限ってはなぜか“心優しき”が用いられたという。その理由について問われると、ユーノ・スクライアは決まって曖昧に微笑むだけだった。



おわり
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