忍者ブログ

「魔法少女リリカルなのは」などの二次作品やオリジナル作品を公開しているテキストサイトです。二次創作などにご興味のない方はご遠慮下さい。

[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

サイレント・インパクト(7)
Case 7 予兆(フラグ)

フラグ!?

拍手

お昼休みにも関わらず歩道を歩く人の姿はほとんどなかった。

「さむっ!」

合同庁舎を一歩出ると私はすかさずティアの後ろに回り込んだ。

「ちょ、フェイトさん!なに人を風除けにしてんスか!」

「だって寒いじゃん……それにフェイトさん、めがっさ冷え性だし……」

「ファック……(※ とても小さい声で)」

「おまえいま何つった?」

官公庁が集まるオフィス街も年の瀬ともなれば閑散とした雰囲気になる。それが余計に北風の冷たさを増長させていた。気のせいだろうけど歩道の石畳を踏むヒールの音が何となく反響しているように感じられる。

「しかし…… まさか“あの”フェイトさんが正直、婚活を考えてるなんて思いもしませんでしたよ。彼氏の一人や二人はてっきりいるもんだと思って……」

「は? 婚活? 彼氏? 誰が?」

「は、はい!?」

いきなり何の前触れもなくティアが私を振り返る。この寒空の下でティアのロングヘアが私の顔面に炸裂した。

「ちょ、痛ったーい!!急に振り向かないでよ!!髪が目に入ったじゃん!!」

涙を手で拭うと困惑の表情を浮かべるティアの顔がそこにあった。

「いやいやいや!誰が~とかじゃなくってですね!フェイトさんことに決まってるじゃないですか!」

「は?だから……なんでいきなり結婚とか彼氏とかって話になるのよ……」

「「え?」」

微妙にすれ違う会話と通りを吹き荒ぶ木枯らしのせいで私たちはその場に思わず固まってしまう。

「はあああ!? だって……合コンのセッティングしろって言い出したのはフェイトさんの方ですよ!?」

「そうよ。 言ったわよ? それがなんだっていうのよ?」

「じゃ、じゃあ!合コンセットする意味ないじゃないですか!」

「ちょっと、なんでそうなんのよ! 自分のこと“合コンの鬼”とか何とかって言ってたじゃん! 大船に乗った気でいろっつったのはティアの方だよ!? あれは嘘だったのかよ!! 謝罪と賠償を請求汁!!」

「い、いや…… そこじゃなくってですね…… はあ…… いやもういいです…… 立ち話もアレなんでとりあえず急ぎましょう……」

大きなため息を残すとティアは踵を返した。すかさず私はその背中に自分の身体を密着させる。

「ティアはあったかいなあ…… へへへ……」

「ちょ、ちょっと…… そんなにくっ付かれたら歩き辛いですって…… 離れて下さいよお……」

「やーだよー っていったあ! 足踏まないでよ!ティア! これ超お気になのに!」

「それってあたしですか!? あたしのせいですか!?」

私たちの二人羽織りは車の往来がほとんどない車道に時々はみ出しながら近くのファミレスに向った。





ランチタイムのど真ん中にも拘らずまったく待たされることもなくすんなりと私たちは席に着いていた。当然、窓際の六人掛け禁煙席も余裕だった。

「でも、今回の“ミッション“ばかりはお話をして万事解決がモットーのフェイトさんたちでもちょっと無理ゲーじゃないっすかね?」

暫くしてティアが頬杖をついたまま呟く。

「なんで無理ゲーなのよ? システム上可能なら何か策はある筈よ。それにリロード乱発だろうが割れだろうがエディターでステータスMAXだろうが、今の私は手段を選ばないわよ?」

「いや、ちょっとさすがに“割れ”は公人としてどうかと思いますけどね……」

「分かってるわよ。それくらいの勢いってことが言いたかっただけじゃん」

ティアの目はガランとした店内で暇そうにダラダラと行き来するバイトの子たちを追い、私は私でドリンクバーの無駄に分厚い陶器のカップを手で弄んでいた。ドリ場近くでペチャクチャと無駄話に花を咲かせているミッド大(※ 最高学府)の学生と思しきバイトの子たちに負けず劣らずこのテーブルにも怠惰な雰囲気が横たわる。

「あーあ、しっかし、ホントだりーっすよね……世間様は前夜祭シーズン真っ盛りだっていうのに……」

どうやら今年の新年祭前の前夜祭シーズンがパーになってしまったことをまだ根に持っているらしい。確かに世の中が休暇シーズンを満喫している最中に自分たちだけが働かなければならない時のモチベーションの低さは異常だ。

対面から再びため息が聞こえてくる。ため息をつきたいのはこっちも同じだが、ここで“合コンの鬼”の異名を取るティアに臍を曲げられてしまっては元も子もない。私は努めてティアのご機嫌取りに回る。

「な、なんかごめんね…… でもティアのお蔭で助かったし…… か、感謝はしてるよ……」

「はあ…… もう12の月も終わりっすよねえ……」

「そうだよねー 時が経つのって本当に早いよねー」

ゴツっという音と共にティアが自分の顔を安っぽいファミレスのテーブルの上に乗せていた。恨めしいような呻くような声がテーブルから響いてくる。

「それはそうと検事長に異動を承諾するか否かの最終的な返事をするのって来月末ですよね?確か?」

「う、うん……そうだね……」

「そうだね、じゃないっすよ……ただでさえ詰んだ状態だって言うのに……フェイトさんも猶予期間の半分を無為に過ごすなんて何考えてんすか……」

「ははは…… つい忙しくって……(ヒクヒク)」

検事長から第17管区統括の内示を受けたのは忘年会の翌日だった。内示に対抗するために私が自分でやったことといえば局長である母親に電話をして盛大に自爆したことくらいだ。

さすがの私も進退窮まった状態でボッチ秘奥義“夢想転生(夢の中に逃げ込んで現実逃避する必殺拳 / CV:千葉繁)”を繰り出すほどバカではない。早くリカバーしなければと思いつつもズルズルと今日に至ってしまったのは、目下、政権与党を揺るがしつつあるザ・リクザーングループのリゾート開発汚職の再審請求を担当している検事長の手伝いをさせられていたからだ。

ええそりゃもう本当に、あっ!!という間に年末を迎えてしまいましたわ。

私の部下であるティアも組織の論理でそのとばっちりを受けていた。ティアが不機嫌なのは今年の夏辺りから付き合い始めた今の彼氏とのデートを諦めさせたのも二度や三度ではないからだ。断っておくが決してボッチの私が意地悪をしたわけではない。

なぜならボッチは孤独ではない、孤高の存在なのだ。

神経質な彼だと聞いていただけに物陰に隠れて泣きそうな顔しながら電話するティアの背中に向ってむしろ私はデスクから何度も頭を下げたくらいだ。こればっかりは執務官たるものの悲しい宿命であって私のせいではない。私を恨まれても困る。恨むなら不起訴確実な当該事案の再審を容認した検事長を恨むべきだ。

「時にフェイトさん、改めて聞きますけどハラオウン局長ってフェイトさんのお義母様ですよねえ……」

「ぶほっ!! ゲホッ!! ゲホッ!!」

思わず口に含んだグリーンティーを噴出してしまった。

チラッと横目で私の方を見るティアの視線が痛い。いや、痛すぎた。皆まで言われなくても相手が言いたいことはよく分かる。

コネに頼る奴なんかクズだ……そんな風に考えていた時期が私にもありました……

治安維持(警察)から検察、果ては諜報活動から国家安全保障(軍隊)に至るまでの一切の権限を掌握する泣く子も黙る超絶独裁鬼畜組織である時空管理局、そのトップが(義理とはいえ)他ならぬ自分の母親なのだ。考えるまでもなく、誰もが垂涎する最高のコネを私は持っている、いや、持っていました。

「なんでその最強カードをいきなり自分の敵に回しますかねえ…… コミュ障ってレベルじゃないですよ…… ホントに……」

「あ゙?」

「なにキレてんすか? 全部フェイトさんが悪いんでしょ?」

勝ち誇るティア。頭を下げる私。

「いや…… すみませんでした…… 本当にごめんなさい……」

2年ぶり3度目のスーパーティアタイムだった。今までさんざん飲み会の度に私と はやて に泣かされていた恨みをここぞとばかりに晴らしていることは明白だ。今もだるそうにテーブルにだらしなく突っ伏しているティアだがこいつの目は今の状況を明らかに楽しんでいる。

確証はないが心証では明らかだ。

「まあ、ストーキング対象のなのは さんに相談出来ないのは分かりますけど、本局には八神参事官とかいらっしゃるし、お義兄様に至っては今“ウミ”のナンバー2ですよね? 確か?」

「ギギギ」

私がはやて に相談しないのは気まずいことがあるからではない。単純に強かな はやて に対して“貸し”を作りたくないだけだし、お義兄さんに至っては私の個人情報(※ ボッチという事実)を勝手に衆目にさらした恨みがあるからだ(※ 一方通行的に)。

ああ…… 早く敵のいない自分の部屋に帰りたい……

ティアは深いため息を一つ吐くとゆっくりと上体を起こす。予め水で薄められていたドリンクバーのレモンスカッシュ(氷なし)におもむろに手を伸ばした。

「ウミもダメ。リクもダメ。おまけに公式チートのリンディさんの線もダメってなるとぶっちゃけもう詰んでません? 」

「は、はあ……」

だからこうして恥を忍んで合コンのセットを後輩検事殿に頼んでいるのではないか。いったい、庁舎のトイレ、もとい、現代女性の社交場でお前は何を理解したというのだと思わず尋問したくなる。

「遅咲きとはいえ検事正への昇進……ミッドの女の子たちの憧れの場所ドルヴァー(※第17管区アルヴァルドの通称。ハワイ→ワイハーみたいなものでミッドのヤング語である。但し年齢制限有)への赴任……ストーキング行為と天秤にかかる話じゃねえだろ……ふつー……ホント……わけが分からないよ……」

それにしてもこの女、さっきから本音ダダ漏れである。

「あ、あのう……ちょっといろいろ訂正したいんですけどいいっすかね……(ヒクヒクヒク)」

ここまであからさまなのは婉曲表現多用でお互いを牽制し合うことが原則の女子トークとしてはかなり異例だった。

「フェイトさん、失礼ついでなんで率直にお伺いしますけど」

ティアが顔を上げて私の方を見る。どうやら言いたい放題ズバズバ言っているという自覚はちゃんと持っているらしい。

「一体、この話の何が不満なんですか?ホントになのは さんへの嫌がらせだけが目的なんですか?」

「ちょっと、嫌がらせじゃないわよ。“なのはに対する無償の愛“に表現を訂正するよう要求するわ。その辺に関しては庁舎でさんざん説明したでしょ?」

ちょっとイライラしながら答える。自分のことならまだしもなのは のことを持ち出されてはさすがにカチンとくる。

「そこなんすよねえ……はあ……」

ため息混じりにティアが呟く。

「ちょっとティア、さっきから何が言いたいのよ」

熱くて持て余し気味だったグリーンティーを私の目の前でウダウダやっている頭に一滴落としたくなる衝動を理性総動員で辛うじて抑える私だった。

「何って……もう自分で結論を仰ってるじゃないですか……」

「は、はあ!?一体何の話をしてんのよ??」

「異動したくないっていうフェイトさんの最大の動機であるなのは さんのことですよ。ズバリ言いますけどフェイトさんの なのは さんに対する感情っていうか態度って……もう何ていうか……友達とかいう次元を超越しちゃってますよねえ……」

ティアの放った一言が真ん中高めのストライクゾーンに入ってくるド直球に見えた私は思わず顔を真っ赤にした。

「え゙!?そ、そりゃあ……ま、まあ……なんていうか……その……ほ、ほら!なのはってしっかりしてるように見えるけどどこか放って置けないっていうか、危なっかしいというか!」

「それ!それなんですよ!フェイトさんのそれってこの際だから言わせて貰いますけどあたしから見たらフェイトさんってなのは さんの おか……モガッ」

私は反射的にティアの口を塞ぐ。

「んー!んー!んー!」

「きゃー!きゃー!ちょっと待って!何て事を言い出すのよ!ま、まだ日は高いし!それにココって人が一杯いるところだし!」

私たち二人の声は閑古鳥が鳴いているファミレスのホールで十重二十重に反響していたが、そんなことは割とどうでもよかった。

「もうやだ!ティアったら!わ、私たちそんな関係じゃないんだからね!お恋人とか!ん?おかいびと……ん?おか……おか……」

あるえ???ティアが言いかけた“おか”とは一体なんなのだろうか?非常に言葉の据わり(※おちつき)が悪い。


「ギブ……ギブ……ぐ、ぐるじ……ヘ、フエ……イト……さ……ひ……ひにます……」

ふと我に帰るといつのまにかティアにヘッドロックを決めていた。完璧にチョークに入っている右腕をティアがバシバシと叩く。

「あ、ごめん」

「ゴホ!ゴホ!ゴホ!はあ……はあ……一瞬、亡兄の姿が目の前をチラつきましたよ……はあ……はあ……ふう……」

開放されるや否やティアはお冷を一気に飲み干し、ダンッと音を立ててグラスを置くと私の方をジロッと見る。

「ちょっと!フェイトさん!人の話は最後までちゃんと聞いてくださいよ!ほんっとに!もう!」

「はい……すみませんでした……」

シュンとなる私だった。

「いいですか?私がいいたかったのはですね……フェイトさんのそれはまるでなのは さんの“おかん”みたいだってことですよ……」

「お、おか!?おかんって……おかんってこと??」

私の全身は電流ショックのような強烈な衝撃に打たれていた。

予想だにしなかった言葉、と言えば嘘になるが、少なくとも一番聞きたくない類の言葉には違いない。自分でも薄々気が付いていたことだし、前の飲み会の時にはやてからも暗に指摘されていたことだったから尚更だった。

「そうですよ。おかんですよ。悪寒(※病気)でもお燗(※お酒)でもないですよ?いいですか?おかん!保護者の方です!」

「ほ……ほご……ほごしゃ……」

ズバッと真実を克明に突きつけられると中途半端に自覚がある分だけ始末が悪い。思わず涙がこぼれる。

「グス……」

「泣いてもダメです!自覚して下さいよ!なのはさんを理由にしてますけど結局現実から逃げてるだけですよね!?」

追い討ちをかけるティア。おまえは鬼か。ああ、そういやこいつは鬼だった(合コン的な意味で)。

「まあミッドは同性婚を認めてますし、魔導師家系って圧倒的に女の子が多いんで人口的に余り気味だし、仮にフェイトさんが何らかの恋愛感情に近いものをなのは さんに持っていたとしてもあたしのフェイトさんに対する見方や認識(※ 変態)は今までと何にも変わりませんよ」

店内に入ってすぐに化粧室に入ったのはまさに天佑という他なかった。もし、あの時、まいっか、と躊躇っていたら間違いなくここで失禁していたに違いない。だが、残念ながらヨダレと鼻水の方は止める術がなかった。

「でも、フェイトさんのは明らかに“恋愛”的な感じじゃないですよ。だからあたしはあえて言いますけど、そんなあやふやな状態でご自身のキャリアパスというか、人生の進路を決めちゃってもいいんですか?」

え?なに?これって説教?私いま説教されてるの?

「どうなんですか!!」

「よくないです……」

「声が小さい!!もう一度!!」

「よくないです!」

もはや修造的な何かにクラスチェンジしていた。

はあ、という大きなため息を吐きながらティアは腕組みをする。クッションの悪いファミレスのソファの上で若干ふんぞり返っているように見える。実に偉そうな態度だ。しかし、私より年下のティアだが恋愛経験では私の遥か高みをいく存在だった。男性の愛好者が圧倒的に多い二輪デバイスの免許を持っていることも影響しているのか、奥手に見えて意外に男性との交友関係が広い。

これまでに開いた合コンのカップル成約率は脅威の95%。故に付いた二つ名が“合コンの鬼”なのだが話はそれだけに留まらない。波乱万丈、数奇な運命の持ち主、という点では私もなのは もある意味でティアと同じなのだが、「凡人ですから」と言う自虐ネタをよく使うティアに備わっていて、かつ私には持ち合わせがない圧倒的な強みがあった。

それは「常識」だ。

その常識を武器にしたティアナドクトリン(※ 恋愛相談)は局内では絶対的な権威になっていた。カップル成立からそのアフターケアに至るまでのトータルサポートは別名「恋愛の揺り篭から墓場(結婚)まで」と呼ばれていた。その手腕は男女比率が著しく偏っているミッドにおいて一大ビジネスになっている結婚相手斡旋サービスの大手をも凌いでいるというもっぱらの噂だ。局を辞めても女実業家として間違いなく成功するに違いない。執務官を辞めたらただのFlying NEETになる私と比べれば雲泥の差だ。但し、そんなティアでもプライベートでは吐き出したいこともけっこう多いらしく、それを単に私やはやて が先輩面していじっているに過ぎなかった。

「酋長(検事長)の肩を持つわけじゃないですけども、今回ばかりはどう考えても向こうの方が言ってることは正しいと思いますよ?フェイトさんはどう思ってるんです?何か言いたいことでも?」

「は、はあ……まあ確かに……でも一応、私としては……」

「口ごたえしない!!」

「ちょ……」

何故なんだ?→答えようとする→口答えするな!のテラ理不尽コンボキター!!

実践で鍛えられたプロと同じ土俵に上がってしまえば私なんて赤子の手を捻るも同然だ。

「あと庁舎を出る時にちょっと気になったんですけどね、フェイトさんは合コンってやつを軽く見てませんか?」

「え゙?軽くっていうか、ただ単に縁も所縁もない男女が適当に集まって飲み会で親睦を深めるだけじゃないの?」

「はあ……やっぱりそんなことだろうと思ってましたよ……その認識は甘い……甘すぎますよ……まるで砂糖水の中にガムシロップと蜂蜜をたっぷりと入れてさらにバニラアイスをトッピングしたものを片手に餡子でチョコフォンデュを楽しむようなもんですよ」

「あら、でもそれって意外といけなくはないんじゃない?」

「どういう味覚してんですか……まあ例えがクドすぎたのは謝りますけど、せめて味覚だけは凡人側に合わせていただかないと、それこそうまく行くものもうまく行かなくなりますよ?」

「は、はい……何とか善処します……」

「まず理解していただかないと困るのはご自身が合コンとどう向き合うかなんです」

「は?いや、だから私は適当に男性の知り合いが欲しいだけ……」

「シャーーーーーラーーーーーーップ!!」

「ひえっ!」

ティアの独演会は続く。

「はあ…… やれやれ…… そこなんですよ、フェイトさん……合コンの鬼と言われたこの私だから言いますけどね…… 合コンってのはいわば人が死なない戦争なんですよ?」

「え?せ、戦争!?」

何をオーバーなと思っていた私だったがティアの真剣な面持ちを見ていると自分に自信がどんどんなくなっていく。

「そうです。戦争です。一心不乱の大戦争です。他人を蹴落としてでも卑怯と後ろ指を差されたとしても意中の相手は逃さない。それくらいの覚悟と気合がないとダメなんですよ。合コンというバトルフィールドに集った戦士達の胸に去来する目的や思いはそれぞれですが、基本的には“リア充”という称号の獲得を駆けて血で血を洗う激戦を制する。それが合コンなんですよ。今のフェイトさんにはその前提となるものがない。合コンする以前に既に負け犬じゃないですか」

「ま、負け犬!?」

「これを負け犬と言わずしてなんといいますか。いいですかフェイトさん!」

ダン!レモンスカッシュが入ったグラスが揺れる。

「は、はい!」

「フェイトさんはミッドから離れたくないんですよね?なのはさんに対する感情が恋愛じゃなくて“オカン”的なおせっかいだとしても……」

「え、えっと……オカン的なおせっかいかどうかは見解の相違が……あ、いやなんでもないです……」

ティアの顔が無言の内に「お前は何を言っているんだ」と言っている。

「で、検事長に異動の是非を伝えるまでにあと一ヵ月しかない。にも関わらずミッドに残ろうとしたら物理的に選択肢は物凄く限られますよね?“十月十日(とつきとうか)”かかる出産関係規定は考えるまでもなく使えませんから、残る手としてはフェイトさんが1月末までに結婚乃至は入籍するしかないわけですけど……」

「は、はあ!? ちょっとどうして私がいきなり結婚なんかしないといけないのよ!!」

想定外というほどではないにしろ、さすがに結婚とか入籍と言った重たい言葉をいきなり眼前に突きつけられて私は平静でいられなくなる。

「じゃあ、局を辞めるつもりですか?辞めてミッドチルダ野鳥の会みたいに遠くからなのは さんと司書長の生活を双眼鏡片手に生温かく見守るつもりだとでも?」

「なのははともかくとして、な、なんで私があの淫獣まで視界に入れないといけないのよ!」

「冷静になって考えて下さい。コネの息の根を完全に止めたのはフェイトさん自身なんですよ?残された手段は正攻法、つまり局の異動規定を読み解くしか方法がないじゃないですか」

それを言われると辛い。

「合コンで速攻結婚相手を見つける以外に局を辞めずに穏便にミッドに残る方法なんてないんですよ?だからフェイトさんも合コンのセッティングをあたしに頼んだんですよね?それとも他に何か妙案でも?」

「い、いえ……ない……です……」

「じゃあもう覚悟を決めて下さいよ。適当に合コンして男友達を作ってお茶を濁すってレベルの話じゃないですよね?言っておきますけど“お付き合いしている人がいるんですぅ”程度じゃ辞令の拒否は出来ませんよ?実はもう入籍しちゃいましたあ!!ハネムーンとか姑とかが色々アレなんで転勤できませんわ!!くらい高らかに検事長の前で宣言する勢いじゃないと相手が折れるわけないっすよ?」

「にゅ、入籍い!?ちょ、ちょっと待ってよ!私としては結婚とかちょっとよく分かんないし…… そ、それに…… き、急にお付き合いとか言われても困るし…… まだ一緒に帰ったり、手を繋いだりもしてないんだよ!?」

「つか、そんなんでドキドキするのって中学生までに済ます話ですよね? 一体、今までどんな人付き合いをしてきてんすか……」

「う、うるさいわね!!じょ、女子校だったのよ!!ちゅ、中高一貫の!!」

おいおい、いきなり経歴詐称始めちゃったよ……この人……みたいな顔で私を見るな。今気がついて自分でも死にたくなったがこの歳になるまで、私が手を握った異性の数はお義兄さんやエリオといった身内をカウントしなかったらゼロになってしまう。

「ま、女子高は置いといて……合コンのセッティングはあたしと彼ですぐ出来るんで大して問題じゃないんですけど……その前にまずフェイトさん自身がきっちり自分のスタンスを固めないとダメじゃないっスかね?そりゃ普通なら男友達もありですけど……ぶっちゃけそんな状況じゃないっすよね?」

「ちょっと待って……もう少しだけ……いま、私のデストルドーがマックスになりかけてるから……」

いくら記憶の襞を探っても全然思いつかない……握ったことも握られたことも……

あれ?もしかしてマジで死んじゃったほうがいいってこと?箱入り娘といえば聞こえがいいが、極力外に出なかったのは自分の意思なのだから自業自得もいいところだ。

テーブルに顔を押し付けたまま私は起き上がることすら出来ない。長い沈黙が続いた。途中、何度かティアが席を立ってドリンクバーに向った以外、ぱったりと私たちのテーブルでは生命活動が見られなくなっていた。

「あの……フェイトさん……提案なんですけどね……」

おずおずと話しかける声がする。

「なによ……」

今更何を聞いても驚かないわよ……

「もう酋長に詫びを入れません?」

ガタタッ!!すべった。今思いっきり私はテーブルから滑り落ちて肘とか膝とかを強打していた。

「は、はあ!?ちょ、そ、そんなこと出来るわけないじゃない!!な、なんでそこであいつが出てくるのよ!!」

目が血走っているのが自分でも分かる。ティアの胸倉をむんずっと掴むと私はティアの身体を前後左右に揺さぶった。

「だ、だって!!どう考えたって詰んでるのにハッピーエンド回避しといてしかもバッドもなしとか話が破綻してますって!クソゲーもいいとこっすよ!素直に辞令を呑んだ方が得……」

「あんたにとってはハッピーエンドかもしれないけど私に取っては全部超絶バッドエンドなのよ!!これはね!!得とか損とかクソゲーとかいう問題じゃないんだから!!ボッチが孤独死とか洒落にならないじゃないのよ!!」

「ボッチとか……だ、だったら外に出ればいいじゃないですか!」

「外に着ていく服がない!」

「い、意味わかんないっすよ!なんでそんな人が合コン……じゃ、じゃあ!こうしましょう!いっそのこと検事長にグルになってもらいましょうよ!ね!そうしましょう!」

「グル?グルってどういうことよ?」

ティアが放った咄嗟の一言でようやく私は素に戻る。

「た、例えば偽装結婚してもらったら……」

ちょっとでも期待した私が馬鹿だった。緩みかけていた胸倉を掴む手に再び力が篭る。

「どうやらあんた自殺願望でもあるみたいね?向こうは私を地方に飛ばしたがってるのよ?しかも相手はキャリアのど真ん中を歩いてるスーパーエリートじゃないの。私みたいなロートル魔導師の下らない希望(なのはを見詰めていたい)を叶えるために自分の身を危険にさらすリスクを負うわけないでしょ!」

「ちょ、ストップ!ストーップ!フェイトさん、本気でそう思ってるんすか!?フェイトさんはともかく……検事長の方は満更じゃないと思いますけど?」

「ふぇ!?な、何が満更じゃないっていうのよ?」

「頼られるのがですよ……この前の時だってフェイトさんに相当気を遣ってましたよね?あれって実は頼って欲しかったんじゃないですか?そ、それにおかしいと思いませんでしたか?」

「な、何が?」

「お母様の遺品返還の訴訟で弁護士と司法書士を紹介してくれたりしたじゃないですか……普通しませんよ?自分の離婚調停をした同じ弁護士を部下に、まして女に紹介するなんてこと……」

「た、確かに……」

超絶人見知りな私だったからよかったもの、普通この手の話題は女の子たちの間では格好のネタになる。三日とかからず局の女子局員はおろか、掃除のおばちゃんに至るまで情報が拡散していたに違いない。もしかしたら私の性格を見越してのことだったのかもしれないけれど、そうだとしたらとてもムカつく話ではあるが風聞をもっとも恐れるエリートがやることにしては解せない部分が多い。私自身がなんでだろう?と思っていたくらいだ。

「ぶっちゃけ……検事長はフェイトさんに気があると思いますよ?」

「は!?はい!?」

ドシャっという音と共にティアの身体がソファの上に落ちる。もしティアが言うことが本当なら確かに一理ある。

男と女ではその業を発揮させるポイントと状況がまるで違うから不思議だ。逆を言えばその違いを巧みに利用することが出来れば相手をコントロールすることも理屈の上では可能になる。

例えば、昼ドラマにありがちな“相談を持ちかけられた妻子持ち男”とそれを“持ちかけた不幸な独身女”がくっ付いてしまう安っぽい展開は「ないわー!それないわー!」と言われつつも廃れない鉄板設定になっている。なぜか?それはこの展開が男女の真理を的確に突いているからだ。リアルでも男は本能的に女に頼られることが嫌いではなく、また女も男を頼る(利用する)ことを否定しない。

だから不倫は決してなくならないのだ。

一方、男の人間関係とは異なって女のそれは一部の恋愛ホリックを除いて基本的に“貸し”か“借り”か、損得勘定で簡単に割り切ることが出来てしまう。女の伝家の宝刀「生理的に受け付けない」も究極にはこの損得勘定の延長上にある。男の言葉に翻訳すると「妥協の余地がないほどの嫌悪感」ということになる。言い換えれば女という生き物は本能的に物事や人間関係に対して“優先順位”というか“序列”を付けているのだ。女はよく“人の不幸を栄養にして生きている”と言われる。少々言い過ぎだけど似たような側面があるのは全てこの格付け本能があるせいだ。

逆を言うと利害が一致しさえすれば女は妥協できる。享受できるメリットの方が大きいと判断すれば敵も味方にあっさり掌返しが出来る。男のようにプライドと面子には拘りがないから。

しかし……

この提案には重大な欠陥があった。それは効果を発動させる前提条件が“男女関係(含、思わせ振り(キャバクラ嬢)()態度(営業))”であることをティアが忘れていることだ。ま、まあ、男女の仲にならなくても最低でもキャバ嬢的に愛想を振り撒いてそれなりに好意を見せる必要がある。

頭の中で何度もシミュレートするが結果は同じ。どう考えてもあの検事長に媚びる自分の姿が全くイメージできなかった。いや、もしかしたら罵られるのが好きなどMという可能性も…いやいや、いずれにしてもキモイ。

「絶対っっっっっ!!イヤっっっっっ!!」

「ちょー!!顔近いっス!!」

なんで……なんで……私がよりによって……

あんなやつと……




つづく
PR
プロフィール
HN:
Togo
性別:
非公開
文句とかはここに
※事前承諾なしに頂いたコメント内容を公開することは一切ありません。
Copyright ©  -- Initial Fの肖像 --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]