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サイレント・インパクト(5)
ったく! 検事長もお義母さんも 人の人生を何だと思ってるのかしら! 言ってやる! 今日という今日はガツンとフェイトさん言ってやる!
ピポパポポペパ…… プルルル…… ガチャッ!
「もしもし? フェイトさん?」
う、うおっ!!
予想に反してワンコールでいきなり相手が出る。奇襲っていうレベルではなかった。私は慌てふためく。
落ち着け…… 落ち着くのよ…… フェイトさん、やれば出来る子なんだから……
「お、おか、お義母さん…… お、お久しぶりです…… フェ、フェイトです……」
え? なんで自分の親なのにキョドってるのかですって? それは聞くだけ野暮ってものよ……
電話帳の登録件数が10件(※ プライベート)を割っている私に隙は無かった。
「あ、あのお義母さん…… ほ、本日は…… その…… お日柄もよろしくって……」
「ちょっと待って! 今、話せるところまで出るから!」
「は、はいっ!!」
自宅で景気づけの缶ビールを片手にボソボソと呟くように話していた私はお義母さんの一喝で思わず背筋を伸ばす。どうやらまだ本局の方にいるらしい。慌ててリビングの壁にかかっている時計に目を向けるとちょうど午後9時半を回ったところだった。嫌な汗がだらだらと出てくる。
ど、どうしよう…… ま、まだ仕事中っていうのは想定外…… あ、そういえば期末か……
主計局との来期予算折衝も大詰めだよねー、などとつらつらと考えていると再び向こう側からお義母さんの声が聞こえてきた。
「もしもし? フェイトさん? ほ、本当に本物のフェイトさんなの? オレオレ詐欺だったら潰すわよ?」
「は、はい?」
え、ええ!! いきなり第二形態なんですけど!! こええ!! 普通にコワいんだけど!!
タンクトップにショートパンツという半裸に近い格好なのに、今、広域魔法とかでここを潰されたら人生がガチで詰んでしまう。家族にダイヤルしたにもかかわらず本人確認が必要な女の人って…… いかに私の人付き合いが壊滅的なのか、これでよくお分かり頂けるだろう。隣になのは とヴィヴィオが住んでいなかったら隠棲している孔明と見分けが付かない。
は、早く本人確認をしなければ…… で、でも…… ど、どうやって……?
「え、えっと…… その…… わ、私は…… フェ、フェイトなんですが……」
あああ! 大丈夫なのかよ! こんなんで! なんでもっとシャキシャキ話せないのよ! せめて声紋チェックデバイスを出してよ!!
電話の向こう側が微妙に沈黙しているのがすっごい怖い。詠唱が始まってたらどうしよう。
つらい…… 自分という存在が……
「まあ! そのオドオドと口ごもったしゃべり方は本物のフェイトさんね! いやだわ、本当に久しぶりだわ!」
「ど、どうも…… ご、ご無沙汰して…… ます……」
どういう本人確認のされ方なんだよ……
携帯の向こうのお義母さんはすこぶる上機嫌だった。ほっと胸を撫で下ろす。罰ゲームさせられているようで、正直、あんまり嬉しくない。
それにしても…… さっきから本物、本物って連呼されてるんだけど……
ゾウリムシじゃあるまいし、勝手に増殖したりしませんよ。
「もう! 音信不通だと思ってたら連絡を寄越すのも突然なんだから! ちょっとどうしましょう! 話したいことがいっぱいあって何から話したらいいのか、迷っちゃうわ!」
「ははは…… お仕事の邪魔になっちゃうとアレなんで……」
どうしましょう…… はやてとは違う意味ですっげーノリノリだわ……
オールナイトで話かねない勢いだ。5分以上通話すると固い携帯のせいで耳たぶに激痛が走る私は手っ取り早く済ませたかった。早く何とかしないといけない。
「それにしてもどういう風の吹き回しかしらねえ。 あなたの方から電話をかけてくるなんて珍しいわ。 ふふふ。 明日は嵐かしらね?」
そこはせめて“雨”くらいに留めて欲しかった、とそんなことを言っている場合じゃない。さっきから相手のペースに乗せられっぱなしじゃないの。
「え、ええ…… まあ…… い、一応、生きてます…… なんとか……」
「そう。 それはよかったわ。 でも本当にうれしいわ。 あなたのお声が生で聞けて。 だってあなた、糸の切れた凧みたいに全っ然、実家に寄り付かないでしょ? それに電話かけてもつながらないし、あなた、クラナガンでもつながらないソフバンだったかしら?」
「い、いえ…… ケーなんとかですけど……」
「そうよねえ…… あなた、まだ我が家のファミリープランだものねえ…… まあ通話料金が家族の中で一番安いのは助かるけど……」
「ははは……」
長い間、音沙汰なしだった腹いせに軽くディスられてるような気も微妙にしないではない。無料通話枠を上限一杯でキャリーオーバーしまくっている実にエコ思考な私は、最近、携帯を持ち始めた双子の甥姪(カレルとリエラ)にすら通話料金で抜かれている[ ピー ]歳だった。ちなみに通話履歴に なのは と はやて の2人しか表示されない状態の連続耐久記録を絶賛更新中だったりする。
携帯を持つ意味が実はないことに薄々気が付き始めているが、それを認めてしまったら人として何かが終わってしまいそうな気がして努めてスルーするように心がけていた。
「あなたって思念通話もいつも圏外でしょ? 新年祭も近くなってきたから昨日だってエイミィさんとあなたがどうしてるだろうな~って噂していたところだったのよ? アルフに聞いてもあなたのことはよく分からないって言うし……」
「は…… はは…… そ…… それは…… どうも……」
突然、私の脳裏にアルフと交わした昨日の思念通話の会話内容が蘇ってきた。
たまにはさあ…… リンディーさんに声を聞かせてあげなよ…… フェイト…… こっちにいるあたしの立場も考えて欲しいんだけどさあ……
分かっている…… すべて計画通りだ……
いや、100%分かってないから…… あんたの場合……
平日は職場と自宅の往復で、休日は自宅に引き篭もっていることが多い私がどうやら実家の方で俎上に乗ったらしい。それで居た堪れなくなったアルフが私にコンタクトしてきたということか。理由がよく分かった。ゴメンね、アルフ。
だが、でって言う。
「そうそう! そういえばクロノから聞いたわよ。 この前、あなたたち“ウミ”で遭遇したそうね?」
「そ、遭遇……!? は、ははは…… ええ、お義兄さんもお元気そうで……」
まるでフィールドで私に会う確率がエンコードみたいじゃないの。まあ、だいたいあってるけど。
仕事の都合で“ウミ”の本部に行った時に私はばったりとお義兄さんに確かに出くわしていた。久しぶりに職員食堂でにこやか(※ 脳内変換済)に兄妹でランチを食べている時に放たれたお義兄さんの何気ない一言で最近、彼とはものすごく折り合いが悪くなっていた(一方通行的に)。
「ああ…… そうだ…… 思い出した…… おい、フェイト」
「なに?」
「おまえなあ…… 昔から電話とかが苦手なのは知ってるが生存報告くらい、せめてmidxi(※ ミッドチルダにおけるmixi的なもの)か、mutter(※ ミッドチルダにおけるバカッター的なもの)でしろよ…… 俺達はこんな仕事をやってるんだから、おまえが生きてるのか、死んでるか、全然分からんだろうが……」
「ブ――-――ッ!! ゲヘッ!! ゲホッ!! ガハッ!!」
「だいたいだな、おまえアカ作るだけ作って半年以上、放置してるだろ? 作る意味ないんじゃないか…… もっと有効活用しろよ……」
「ちょ、お、おにい!」
「友達登録もゼロだし…… フォローばっかでフォローされてないし…… 一体、おまえは普段どういう人付き合いを……」
「うっ…… グス…… グス…… うー!! うー!!」
満座の前でボッチの真実を克明にバラさられてしまった私は、その時、身内(仲間)だと思っていた相手に裏切られたショックで思わずキレ泣きしてしまっていた……
「お、おい!? フェイト!! ちょっと待て!! 唸りながらどこに行くつもりだ!!」
「うっさい!! わだすにがまわないで!! うー!! うー!!」
「いや、構うっていうか!! そっちは壁だぞ!!」
「バーン!! ふぎぃ!!」
まったく…… 検事長とは別の意味で超ムカムカする……
ぶっちゃけ、今は顔も思い出したくないくらい嫌いだった。ボッチの逆恨みは根深くて怖いんだからね。ていうか……
どうすんのよ…… さっきからずっとリンディー義母さんのターンじゃん……
嫌なことを立て続けに思い出した私はもう既に撃沈寸前だった。折り畳み式だったら間違いなく携帯を折っているところだがスマホはさすがに無理すぎた。替わりに私の心が折れかけている。このままでは本題に入る前にワンキルされかねない。
間違いなく今宵はなのは との楽しい思い出に包まれながらの深酒になるわ……
ちらっとカーテンを捲って隣のなのは の家の方を見る。リビングにかかったピンクのカーテンの隙間から光が洩れている。家の前の駐車スペースに車が2台止まっているところを見ると今日もお邪魔虫が上がりこんでいるに違いない。この電話の後でタイヤの空気を抜いておかなくちゃ。
「ああ、そうだわ。 ねえ、フェイトさん?」
「え? ブレーキホースの切断まではさすがにしないわよ…… 本当に死んだら洒落にならないし…… 妄想だけだったら絶賛炎上中よ……」
「まあ! おもしろそうな話ね? ブルーレイか何かかしら? 何が炎上してるの?」
「何って…… 決まってるじゃない…… 淫獣の…… って……」
「淫獣?」
訝しがるような声が耳に入った瞬間、私のどす黒い妄想タイムはたちまち霧散する。
「あばばばば!! こ、こっちのお話でして!! い、今のは!! 単なる幻覚というか!!」
「幻覚?? 幻覚を見ているの?? 何かしらそれ…… 映画のタイトル? それとも…… 白い粉的な……」
ぎゃああああ!! やめて!! そっちはやめて!!
「ははは!! わ、忘れてください!! お義母さん!! な、何でもありませんから!!」
「な、なんだかよく分からないけれど…… でも、楽しそうね、フェイトさん。 毎日、充実してそうでなによりだわ。 ふふふ」
「え、ええ! それはもう! プライベートと仕事はキッチリ分ける性質ですし、メリハリを付けるのが公職に就く者の務めですから! 例え、どんな生活環境に置かれても充実させる自信があります!キリッ……」
つっても…… ボッチライフなんだけどな…… ウェヒヒヒ……
「そう、さすがは“かつて”ミッドを代表した空戦魔導師のフェイトさんね! それを聞いて私も少し安心しました。 実は例の件のこと、もう聞いてる頃だと思うけど、ちょっと心配してたのよね」
「ははは! いやですわ! お義母様! ご心配なんて必要ありませんわ!」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。 今回の異動はちょっと強引過ぎたかなあ~なんて思っていたのよ。 でも、あなたならきっと大丈夫ね。 しっかり頑張ってね。 期待しているわよ? フェイトさん」
「そんな! 異動が強引だなんて! そんなことはありま……せ…… え?」
何のお話をしていらっしゃるのでしょうか…… お、お義母さま……
さあっと全身の血の気が引いていく。
「あなたには本当に感謝しているのよ? フェイトさん。 今まで自分を犠牲にしてまでミッドチルダのため、他の次元世界のため、そして勿論、局のために貢献してきたんですものね。 自分のキャリアパスのことしか考えないような自分勝手な人たちが多い中で本当に…… 私も同じ局員として、またあなたの母親として本当に鼻が高いわ」
「ちょ、ちょっと…… ちょっと…… お…… お義母…… さ……」
やだ…… 何? この空気……
「赴任先に関しては色々あったんだけど、アルヴァルドっていうのはちょっとしたご褒美よ? 仕事がない時にはしっかり羽を伸ばして、そして、一回りもふた回りも成長したあなたをまた見せて頂戴ね! きっと大丈夫よ。 あなたなら。 たかが3年なんてあっという間よ?」
ははは! 確かにボッチに3年なんてあっという間だよね! これはワロタ! ワロタ……
多分、この瞬間に鏡があれば私の顔は血の色が青色なんじゃないかと思うほど顔面蒼白だったに違いない。
なんでもない普通の日なのに貧血を起こしてぶっ倒れそうだった……
「あ…… あ…… の……」
ボッチとかヒッキーとか、そんなのとは一切関係なく、まるで過呼吸と不整脈のコンボ技のように声が全然出ない。何かを発声しようとしても声が声にならず、むなしく空気だけが出入りする。
自分が自分じゃないみたいに……
「まあ、あなたに結婚するとか、出産するとか、特段の事情があれば別だけど…… 今はまずしっかりと自歩を固める時期だと思うからしっかり頑張りなさいね? それじゃそろそろ切るわね? フェイトさん。 今日はお話が出来て嬉しかったわ! じゃあね! ばいばいき~ん♪」
プー プー プー プー プー
「は…… はは…… はは…… はは…… ばいばいきーん、ねえ……」
バカな私……
権謀の限りを尽くす検事長に対抗することなんて造作もない!と意気込んで親子の情に訴える作戦に出たというのに完全にそれは裏目に出てしまっていた、というか……
私、ぜんぜん、会話してねえし……
世間の現実は余りにも非情で、そして厳しかった。
「う…… うう…… うーーーーー!!」
また唸る私だった。
一人でいる私はよく唸っている、らしい……
猛然と立ち上がるとキッチンに向って走り出す。涙と鼻水の大洪水状態で前が全然見えない。色々なものに躓きながらダッシュで冷蔵庫に駆け寄ると買い置きの500mlの缶ビールに手を伸ばした。
冷たい液体が喉を通って胃の底に向って滝のように落ちていく。
「げほっ! げほっ! げほっ!」
気管に何かが飛び込み、思わずその場にしゃがみ込む。飲む。それでも飲む。
浴びるように……
気がつくと買い置きのビールはすっかりなくなっていた。辺りに散らかっている空き缶がうす暗いキッチンの中でわずかに向こうのリビングの明かりを反射する。
何をやってんだか……
もう何がなんだかよく分からない。それは決して酔いのせいだけじゃない。ビール程度でどうにかなるような私じゃないもん。
私には何かが欠けてるんだろうな……
「ふぅ~ クシュン! ブルッ」
さっみぃ……
膝を抱えて一人で肌寒いキッチンで佇む私だった。
「だいったいさあ! 私だって好きでボッチやってるわけじゃねーし!」
誰もいないキッチンで反響する自分の声。正直、このカミングアウトは自分でも激しくダサい。ちょっと、軽く死にたくなってきたから止めにする。
情けない大人だなあ……
でも、嫌なものはいやだし。多分、大人になるって事は”何かを我慢”することなんだろうなあ。出来る、出来ない、という単純な構図じゃないんだろう。
それが許されるのは多分、中学生までだよねえ……
「来年、中等部のヴィヴィオと同じ精神年齢ってこと? ふんだ…… 悪かったわね…… どうせ私は子供よ……」
大人の場合、やるか、やらないか、になってしまう。つまり、自分の意思が常に問われるという話よね。これは。
でもね…… 頭の中で分かっていても…… やっぱり……
「うう…… やだよ…… どこにも行きたくないよう……」
すぐに割り切れるものじゃない……
こうして虚しく泣いているしかないんだろうか。なんて私は無力で…… そして、バカなんだろう……
でも…… まてよ……
私はふと顔を上げる。
そうよ…… 何か…… 何か忘れているような気がする……
そう。決定的な何かを。お義母さんとの会話の中に大きなヒントがあった筈だ。
「そ、そうだ…… 危うく忘れるところだったわ……」
ふらふらと私はおぼつかない足取りで立ち上がる。
タイヤの空気…… 抜いてこなくちゃ……
つづく
※ よい子は真似しちゃだめだぞ☆ フェイとオネーサンとの約束だ♪
ピポパポポペパ…… プルルル…… ガチャッ!
「もしもし? フェイトさん?」
う、うおっ!!
予想に反してワンコールでいきなり相手が出る。奇襲っていうレベルではなかった。私は慌てふためく。
落ち着け…… 落ち着くのよ…… フェイトさん、やれば出来る子なんだから……
「お、おか、お義母さん…… お、お久しぶりです…… フェ、フェイトです……」
え? なんで自分の親なのにキョドってるのかですって? それは聞くだけ野暮ってものよ……
電話帳の登録件数が10件(※ プライベート)を割っている私に隙は無かった。
「あ、あのお義母さん…… ほ、本日は…… その…… お日柄もよろしくって……」
「ちょっと待って! 今、話せるところまで出るから!」
「は、はいっ!!」
自宅で景気づけの缶ビールを片手にボソボソと呟くように話していた私はお義母さんの一喝で思わず背筋を伸ばす。どうやらまだ本局の方にいるらしい。慌ててリビングの壁にかかっている時計に目を向けるとちょうど午後9時半を回ったところだった。嫌な汗がだらだらと出てくる。
ど、どうしよう…… ま、まだ仕事中っていうのは想定外…… あ、そういえば期末か……
主計局との来期予算折衝も大詰めだよねー、などとつらつらと考えていると再び向こう側からお義母さんの声が聞こえてきた。
「もしもし? フェイトさん? ほ、本当に本物のフェイトさんなの? オレオレ詐欺だったら潰すわよ?」
「は、はい?」
え、ええ!! いきなり第二形態なんですけど!! こええ!! 普通にコワいんだけど!!
タンクトップにショートパンツという半裸に近い格好なのに、今、広域魔法とかでここを潰されたら人生がガチで詰んでしまう。家族にダイヤルしたにもかかわらず本人確認が必要な女の人って…… いかに私の人付き合いが壊滅的なのか、これでよくお分かり頂けるだろう。隣になのは とヴィヴィオが住んでいなかったら隠棲している孔明と見分けが付かない。
は、早く本人確認をしなければ…… で、でも…… ど、どうやって……?
「え、えっと…… その…… わ、私は…… フェ、フェイトなんですが……」
あああ! 大丈夫なのかよ! こんなんで! なんでもっとシャキシャキ話せないのよ! せめて声紋チェックデバイスを出してよ!!
電話の向こう側が微妙に沈黙しているのがすっごい怖い。詠唱が始まってたらどうしよう。
つらい…… 自分という存在が……
「まあ! そのオドオドと口ごもったしゃべり方は本物のフェイトさんね! いやだわ、本当に久しぶりだわ!」
「ど、どうも…… ご、ご無沙汰して…… ます……」
どういう本人確認のされ方なんだよ……
携帯の向こうのお義母さんはすこぶる上機嫌だった。ほっと胸を撫で下ろす。罰ゲームさせられているようで、正直、あんまり嬉しくない。
それにしても…… さっきから本物、本物って連呼されてるんだけど……
ゾウリムシじゃあるまいし、勝手に増殖したりしませんよ。
「もう! 音信不通だと思ってたら連絡を寄越すのも突然なんだから! ちょっとどうしましょう! 話したいことがいっぱいあって何から話したらいいのか、迷っちゃうわ!」
「ははは…… お仕事の邪魔になっちゃうとアレなんで……」
どうしましょう…… はやてとは違う意味ですっげーノリノリだわ……
オールナイトで話かねない勢いだ。5分以上通話すると固い携帯のせいで耳たぶに激痛が走る私は手っ取り早く済ませたかった。早く何とかしないといけない。
「それにしてもどういう風の吹き回しかしらねえ。 あなたの方から電話をかけてくるなんて珍しいわ。 ふふふ。 明日は嵐かしらね?」
そこはせめて“雨”くらいに留めて欲しかった、とそんなことを言っている場合じゃない。さっきから相手のペースに乗せられっぱなしじゃないの。
「え、ええ…… まあ…… い、一応、生きてます…… なんとか……」
「そう。 それはよかったわ。 でも本当にうれしいわ。 あなたのお声が生で聞けて。 だってあなた、糸の切れた凧みたいに全っ然、実家に寄り付かないでしょ? それに電話かけてもつながらないし、あなた、クラナガンでもつながらないソフバンだったかしら?」
「い、いえ…… ケーなんとかですけど……」
「そうよねえ…… あなた、まだ我が家のファミリープランだものねえ…… まあ通話料金が家族の中で一番安いのは助かるけど……」
「ははは……」
長い間、音沙汰なしだった腹いせに軽くディスられてるような気も微妙にしないではない。無料通話枠を上限一杯でキャリーオーバーしまくっている実にエコ思考な私は、最近、携帯を持ち始めた双子の甥姪(カレルとリエラ)にすら通話料金で抜かれている[ ピー ]歳だった。ちなみに通話履歴に なのは と はやて の2人しか表示されない状態の連続耐久記録を絶賛更新中だったりする。
携帯を持つ意味が実はないことに薄々気が付き始めているが、それを認めてしまったら人として何かが終わってしまいそうな気がして努めてスルーするように心がけていた。
「あなたって思念通話もいつも圏外でしょ? 新年祭も近くなってきたから昨日だってエイミィさんとあなたがどうしてるだろうな~って噂していたところだったのよ? アルフに聞いてもあなたのことはよく分からないって言うし……」
「は…… はは…… そ…… それは…… どうも……」
突然、私の脳裏にアルフと交わした昨日の思念通話の会話内容が蘇ってきた。
たまにはさあ…… リンディーさんに声を聞かせてあげなよ…… フェイト…… こっちにいるあたしの立場も考えて欲しいんだけどさあ……
分かっている…… すべて計画通りだ……
いや、100%分かってないから…… あんたの場合……
平日は職場と自宅の往復で、休日は自宅に引き篭もっていることが多い私がどうやら実家の方で俎上に乗ったらしい。それで居た堪れなくなったアルフが私にコンタクトしてきたということか。理由がよく分かった。ゴメンね、アルフ。
だが、でって言う。
「そうそう! そういえばクロノから聞いたわよ。 この前、あなたたち“ウミ”で遭遇したそうね?」
「そ、遭遇……!? は、ははは…… ええ、お義兄さんもお元気そうで……」
まるでフィールドで私に会う確率がエンコードみたいじゃないの。まあ、だいたいあってるけど。
仕事の都合で“ウミ”の本部に行った時に私はばったりとお義兄さんに確かに出くわしていた。久しぶりに職員食堂でにこやか(※ 脳内変換済)に兄妹でランチを食べている時に放たれたお義兄さんの何気ない一言で最近、彼とはものすごく折り合いが悪くなっていた(一方通行的に)。
「ああ…… そうだ…… 思い出した…… おい、フェイト」
「なに?」
「おまえなあ…… 昔から電話とかが苦手なのは知ってるが生存報告くらい、せめてmidxi(※ ミッドチルダにおけるmixi的なもの)か、mutter(※ ミッドチルダにおけるバカッター的なもの)でしろよ…… 俺達はこんな仕事をやってるんだから、おまえが生きてるのか、死んでるか、全然分からんだろうが……」
「ブ――-――ッ!! ゲヘッ!! ゲホッ!! ガハッ!!」
「だいたいだな、おまえアカ作るだけ作って半年以上、放置してるだろ? 作る意味ないんじゃないか…… もっと有効活用しろよ……」
「ちょ、お、おにい!」
「友達登録もゼロだし…… フォローばっかでフォローされてないし…… 一体、おまえは普段どういう人付き合いを……」
「うっ…… グス…… グス…… うー!! うー!!」
満座の前でボッチの真実を克明にバラさられてしまった私は、その時、身内(仲間)だと思っていた相手に裏切られたショックで思わずキレ泣きしてしまっていた……
「お、おい!? フェイト!! ちょっと待て!! 唸りながらどこに行くつもりだ!!」
「うっさい!! わだすにがまわないで!! うー!! うー!!」
「いや、構うっていうか!! そっちは壁だぞ!!」
「バーン!! ふぎぃ!!」
まったく…… 検事長とは別の意味で超ムカムカする……
ぶっちゃけ、今は顔も思い出したくないくらい嫌いだった。ボッチの逆恨みは根深くて怖いんだからね。ていうか……
どうすんのよ…… さっきからずっとリンディー義母さんのターンじゃん……
嫌なことを立て続けに思い出した私はもう既に撃沈寸前だった。折り畳み式だったら間違いなく携帯を折っているところだがスマホはさすがに無理すぎた。替わりに私の心が折れかけている。このままでは本題に入る前にワンキルされかねない。
間違いなく今宵はなのは との楽しい思い出に包まれながらの深酒になるわ……
ちらっとカーテンを捲って隣のなのは の家の方を見る。リビングにかかったピンクのカーテンの隙間から光が洩れている。家の前の駐車スペースに車が2台止まっているところを見ると今日もお邪魔虫が上がりこんでいるに違いない。この電話の後でタイヤの空気を抜いておかなくちゃ。
「ああ、そうだわ。 ねえ、フェイトさん?」
「え? ブレーキホースの切断まではさすがにしないわよ…… 本当に死んだら洒落にならないし…… 妄想だけだったら絶賛炎上中よ……」
「まあ! おもしろそうな話ね? ブルーレイか何かかしら? 何が炎上してるの?」
「何って…… 決まってるじゃない…… 淫獣の…… って……」
「淫獣?」
訝しがるような声が耳に入った瞬間、私のどす黒い妄想タイムはたちまち霧散する。
「あばばばば!! こ、こっちのお話でして!! い、今のは!! 単なる幻覚というか!!」
「幻覚?? 幻覚を見ているの?? 何かしらそれ…… 映画のタイトル? それとも…… 白い粉的な……」
ぎゃああああ!! やめて!! そっちはやめて!!
「ははは!! わ、忘れてください!! お義母さん!! な、何でもありませんから!!」
「な、なんだかよく分からないけれど…… でも、楽しそうね、フェイトさん。 毎日、充実してそうでなによりだわ。 ふふふ」
「え、ええ! それはもう! プライベートと仕事はキッチリ分ける性質ですし、メリハリを付けるのが公職に就く者の務めですから! 例え、どんな生活環境に置かれても充実させる自信があります!キリッ……」
つっても…… ボッチライフなんだけどな…… ウェヒヒヒ……
「そう、さすがは“かつて”ミッドを代表した空戦魔導師のフェイトさんね! それを聞いて私も少し安心しました。 実は例の件のこと、もう聞いてる頃だと思うけど、ちょっと心配してたのよね」
「ははは! いやですわ! お義母様! ご心配なんて必要ありませんわ!」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。 今回の異動はちょっと強引過ぎたかなあ~なんて思っていたのよ。 でも、あなたならきっと大丈夫ね。 しっかり頑張ってね。 期待しているわよ? フェイトさん」
「そんな! 異動が強引だなんて! そんなことはありま……せ…… え?」
何のお話をしていらっしゃるのでしょうか…… お、お義母さま……
さあっと全身の血の気が引いていく。
「あなたには本当に感謝しているのよ? フェイトさん。 今まで自分を犠牲にしてまでミッドチルダのため、他の次元世界のため、そして勿論、局のために貢献してきたんですものね。 自分のキャリアパスのことしか考えないような自分勝手な人たちが多い中で本当に…… 私も同じ局員として、またあなたの母親として本当に鼻が高いわ」
「ちょ、ちょっと…… ちょっと…… お…… お義母…… さ……」
やだ…… 何? この空気……
「赴任先に関しては色々あったんだけど、アルヴァルドっていうのはちょっとしたご褒美よ? 仕事がない時にはしっかり羽を伸ばして、そして、一回りもふた回りも成長したあなたをまた見せて頂戴ね! きっと大丈夫よ。 あなたなら。 たかが3年なんてあっという間よ?」
ははは! 確かにボッチに3年なんてあっという間だよね! これはワロタ! ワロタ……
多分、この瞬間に鏡があれば私の顔は血の色が青色なんじゃないかと思うほど顔面蒼白だったに違いない。
なんでもない普通の日なのに貧血を起こしてぶっ倒れそうだった……
「あ…… あ…… の……」
ボッチとかヒッキーとか、そんなのとは一切関係なく、まるで過呼吸と不整脈のコンボ技のように声が全然出ない。何かを発声しようとしても声が声にならず、むなしく空気だけが出入りする。
自分が自分じゃないみたいに……
「まあ、あなたに結婚するとか、出産するとか、特段の事情があれば別だけど…… 今はまずしっかりと自歩を固める時期だと思うからしっかり頑張りなさいね? それじゃそろそろ切るわね? フェイトさん。 今日はお話が出来て嬉しかったわ! じゃあね! ばいばいき~ん♪」
プー プー プー プー プー
「は…… はは…… はは…… はは…… ばいばいきーん、ねえ……」
バカな私……
権謀の限りを尽くす検事長に対抗することなんて造作もない!と意気込んで親子の情に訴える作戦に出たというのに完全にそれは裏目に出てしまっていた、というか……
私、ぜんぜん、会話してねえし……
世間の現実は余りにも非情で、そして厳しかった。
「う…… うう…… うーーーーー!!」
また唸る私だった。
一人でいる私はよく唸っている、らしい……
猛然と立ち上がるとキッチンに向って走り出す。涙と鼻水の大洪水状態で前が全然見えない。色々なものに躓きながらダッシュで冷蔵庫に駆け寄ると買い置きの500mlの缶ビールに手を伸ばした。
冷たい液体が喉を通って胃の底に向って滝のように落ちていく。
「げほっ! げほっ! げほっ!」
気管に何かが飛び込み、思わずその場にしゃがみ込む。飲む。それでも飲む。
浴びるように……
気がつくと買い置きのビールはすっかりなくなっていた。辺りに散らかっている空き缶がうす暗いキッチンの中でわずかに向こうのリビングの明かりを反射する。
何をやってんだか……
もう何がなんだかよく分からない。それは決して酔いのせいだけじゃない。ビール程度でどうにかなるような私じゃないもん。
私には何かが欠けてるんだろうな……
「ふぅ~ クシュン! ブルッ」
さっみぃ……
膝を抱えて一人で肌寒いキッチンで佇む私だった。
「だいったいさあ! 私だって好きでボッチやってるわけじゃねーし!」
誰もいないキッチンで反響する自分の声。正直、このカミングアウトは自分でも激しくダサい。ちょっと、軽く死にたくなってきたから止めにする。
情けない大人だなあ……
でも、嫌なものはいやだし。多分、大人になるって事は”何かを我慢”することなんだろうなあ。出来る、出来ない、という単純な構図じゃないんだろう。
それが許されるのは多分、中学生までだよねえ……
「来年、中等部のヴィヴィオと同じ精神年齢ってこと? ふんだ…… 悪かったわね…… どうせ私は子供よ……」
大人の場合、やるか、やらないか、になってしまう。つまり、自分の意思が常に問われるという話よね。これは。
でもね…… 頭の中で分かっていても…… やっぱり……
「うう…… やだよ…… どこにも行きたくないよう……」
すぐに割り切れるものじゃない……
こうして虚しく泣いているしかないんだろうか。なんて私は無力で…… そして、バカなんだろう……
でも…… まてよ……
私はふと顔を上げる。
そうよ…… 何か…… 何か忘れているような気がする……
そう。決定的な何かを。お義母さんとの会話の中に大きなヒントがあった筈だ。
「そ、そうだ…… 危うく忘れるところだったわ……」
ふらふらと私はおぼつかない足取りで立ち上がる。
タイヤの空気…… 抜いてこなくちゃ……
つづく
※ よい子は真似しちゃだめだぞ☆ フェイとオネーサンとの約束だ♪
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