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第十五話 Farewell (さよなら…:前篇)

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15th piece / Farewell-1 (さよなら…:前篇)


新暦77年3月1日 
首都中央区 局陸士首都防衛隊駐屯地内 病院施設
 
弱々しい3月の夕日が差し込んでいた。私とキャロは等間隔に並べられている廊下のベンチに座って少しずつ場所を変えていくオレンジ色の陽だまりを漫然と見詰め続ける。夕方の病院の廊下って放課後の学校と同じで、ただでさえ陰鬱な雰囲気が漂うものだ。空気がとても重たい。

昨日のちょうど今頃だろうか…兄さんを手にかけた闇魔道師が属していた組織に“ガサ”が入り、私が指揮する元フォワードチームを主力にする別働隊は激しい抵抗に見舞われた。下っ端の何人かは取り逃がしたもののターゲット(要確保者)の全員の身柄拘束に成功、そして、苦戦が続いていると聞いていた戦勝スタジアムにその足で急行した。そこで私達は武装局員達の奮戦も虚しく激しく炎上する戦勝記念スタジアムの惨状を目の当たりにした…

さらに局全体を震撼させたのは…八神部隊長を始めとしてザフィーラやシャマルさん、そしてなのはさんが撃墜、ここに緊急搬送されたという情報だった。

スバルはなのはさんの病室に篭ったまま、全然出てくる気配すらない。付きっ切りで看病というか、介護しても何が変わるわけでもないというのに…でも、とてもツッコミを入れる気分にはならない。
医者の邪魔にならない限り私も何も言うつもりはなかった。

意識が戻らな…いや、この表現は正しくない。一体何をされたのか…医者の見立てでもはっきり原因が分からないけれど眠ったままの状態が続くなのはさんを除いて、八神元部隊長達は重傷を負ってはいたものの意識はハッキリしていた。

特に元部隊長なんかは医療スタッフを病室から追い出してさっきからリンディー総務総監以下、クロノ司令、アコース査察官、ユーノ司書長、それに加えて…聖王教会の騎士カリム…と善後策を協議している。相変わらずチートな顔ぶれだけど…八神部隊長のタフさもハンパない…

それにしても…あれだけの大爆発がほぼゼロ距離で起こったにも拘らず四人とも巻き添えを食らわず、燃え盛る炎の中でヒーリング効果のあるミッド式黄道系結界術式に守られていのを発見されていた。命に別状がないというのは本当に幸運…というよりも奇跡だった。

保護が目的の結界はすぐに消えてしまうと意味が無いため、長時間その場に維持されてしまうのは必然だ。
現場に残留していた結界魔法の残渣(魔力かす)から局のデータベースが割り出した登録魔道師名は…フェイト・T・ハラオウン…そして、二重に張られていた最外殻の対物理干渉型結界からは、その使い魔、アルフのものと思われる魔法残渣がそれぞれ検出されていた。

動かぬ物証をついに掴んだことになる。四人を放置しておけば現場にわざわざ証拠を残すこともなかっただろうに…

私は自分の隣に座っているキャロの横顔を遠慮がちに見る。さっきから頻繁に化粧室に行っていた。目が充血している理由は聞くだけ野暮だ。

今…10歳だっけ…この子…

キャロは私なんかよりも遥かに高い魔道師資質を持っている。それだけでも将来は約束された様なものだ。本人がその気になりさえすれば、だけど…

そんな世間の無責任で冷たい打算から離れて…改めて見直してみると現場に出ていない時はやっぱりどこにでもいるような普通の子供にしか見えない。

私が10歳の時って何してた?私は…兄さんに育てられてて…凡人の家系に生まれたのに空士になった兄さんにすっごく憧れてて…そんで…甘えきっていたな…

無意識の内に涙の跡が残るキャロの幼い顔に私は自分の過去を重ねていた。

リンカーコアの強弱は鍛えてどうにかなるものじゃないことは凡人の私が一番よく分かっている。代々、魔道師登録が出来るギリギリのランク(魔法資質)しか持てないうちの家はずっと中流、あるいはそれ以下の暮らししかできず…両親はいつも苦労していた。無理に無理を重ねていたから…見方を変えると事故で死んだのは幸運だったんじゃないか…と親戚から言われたこともある。不謹慎な話だったけど、別に言われて腹も立たなかった。

“ただの人間”というわけでもなく、なまじっか中途半端に魔道師やってると生活保護の受給資格すらもらえない。そんな人たちの生活は底辺に近くて一番悲惨…政府はおろか誰も助けてなどくれない。だから、自暴自棄になって次元犯罪者になっていくケースが多いのもこの層で、何年か前に失言で辞任に追い込まれた執政(首相に相当)がいたけど…それを取り締まる末端局員との小競り合いを“ウィープア(※1
)同士の潰しあい”とか言ってたっけ…

管理局を“暴力集団”と呼び、分離分割論が脚光を浴び始めたのも丁度その頃のことだ。その反動でレジアス中将(故人)が局の体制強化を図り始めた、とも言えなくもない。

違法な手段に手を染めたことは許されないけど…考えようによっては気の毒な人だったのかもな…あの人も…

魔法の使えない人間でもミッドの魔法社会で執政にまでなれるんだから、みんなに“平等”ないい時代になったといえば…多分、そうなのだろう。チャンスはないより、選択肢は少ないより、あった方がいいに決まってる。問題は…どうそれを私達が“選択する”か、だ…

そういえば…エリオの姿もさっきから見えない。二人とも私と同じでフェイトさん以外に他に身寄りが無い。キャロの小さな肩が小刻みに震えていた。

兄さんを失った後…私も不安で堪らなかったっけ…よ、ようし…自然に…あくまで自然に…

私はキャロの肩を抱くとそっと自分に引き寄せた。

「ティア…さん…?」

う、うお!じゃ、邪気のない眼差しが…ま、眩しすぎる…ど、どうするよ!私!

「な、何か…その…さ、寒くない?ココ…こ、こうしてないと…私…寒いの苦手だから…ははは…」

ダメだ…全然ダメだ…何言ってんだよ…私…気分悪くなるほど暖房効いてるじゃん…

いつも自分より年上に囲まれて生きてきた私は…年下にどう接していいのか…絶望的に分からなかった。ただ…苦楽を共にしてきた元メンバーとして…急に大切な人が自分の前からいなくなってしまった辛さを知る同じ人間として…出来ることといえば肩を抱いてやって、せいぜい胸を貸すくらいのことだった。

「すみません…ヒック…ごめんなさい…ヒック…こんな…こんな時に…」

「こんな時だからこそ…無理しなくていいんじゃないかな…多分だけど…」

やがて、小さな嗚咽が人気のない廊下に響き始めた。

結果…オーライって言えばいいのかな…こういうの…

六課時代になのはさんにぶっ飛ばされた後で温かく励まされた私はフェイトさんから言われたことがある。いつか、この優しさを誰かにお返してあげなさいって。出来たのかな…これで…一応…

フェイトさん…どうして…とは聞きません…私は真面目で優しい筈の貴女がした“選択”を“信じます”よ…八神部隊長やなのはさんとは違う意味で…否定はしない…私は、ただ…客観的事実に従って対処、判断すればいい…そうですよね?フェイトさん…

急に向こう側の通路が賑やかになる。小さい女の子の声と母親らしき女の人の声が聞こえてきた。他の見舞い客だろうか。目だけを声の方に向けるとヴィヴィオよりも小さい女の子が綺麗にデコレーションされたおもちゃのトーチ(松明)を盛んに振り回している姿が見えた。

そっか…もう“女子の節句”の時期なんだ…よく考えたら今日から3月だもんなぁ…なんか急に…時が経つ早さがハンパなくなってきた…

「キャロはさ…その…これからどうする?」

「え…?何のこと…ですか…?」

「だって…馬鹿スバルが後先考えなかったせいでエリオと二人で本隊(自然保護隊)を休んでここに来てるんでしょ?いつまでも休暇ベースで特殊任務に就いてるってのも何というか…ちょっとイレギュラーだし…」

「?…あの…私もエリオ君も…スバルさんには呼ばれてませんけど?私達…フェイトさんに呼ばれたから…ここに来たんです…」

「え…あ…は…そ、それって…その…マジで!?」

「はい…だから私達…フェイトさんのマンションに泊まってるし…」

「ちょ、ちょっと待って!あ、頭が…頭が…」

私は思わず頭を抱えた。考えようとすればするほど混乱する。自分の足元にとんでもない爆弾が転がってきたような気分だった。

「あ、あの…大丈夫…ですか…?ティアさん…」

残念ながら全然大丈夫じゃありません…はい…

必死になって考えをまとめようとしているとスバルがいきなり病室から飛び出してきた。

「ティアー!!キャロー!!なのはさんが起きたー!!ねえ!!ティアってば!!聞いてる!?ティア!!」

「うっせぇぞ!!馬鹿スバル!!今考えてんだろ!!ぶちのめすぞ!!ゴルァ!!」

「う、うわっ!!なにバーサクってんだよ!!おまい!!もちつけ!!」

「ガルルルル……」

「ちょ、マジやっべぇ…ねえ…キャロ…ティアどうしちゃったの?何かあったの?」

「さ、さあ…急に頭がどうのって…」

「医者…呼んだ方がいいかな…キャロはどう思う?(脳外科的な意味で)」

「も、もしかしたら…そのうち帰ってくるかも…(大霊界的な意味で)」

第五の事件以降…第六の事件のシャーリーさんの犯罪予告の現行犯逮捕で私とスバルに合流したエリオとキャロが…フェイトさんに呼ばれた…?次元法院の医療センターに拘置されて意識すらなかった筈なのに…?普通に考えてあり得ない…

「断じてあり得んのだ!!プシュ―!!」

「あ、壊れた…(by スバル/キャロ)」





 
同日深夜 / 首都クラナガン 執政特別区15番通り23番街14区画
ミッドチルダ公立考古学博物館 館長室
 
分厚い暗雲が垂れ込めた深夜の空に春を呼ぶ雷が鳴り響いていた。

「やれやれ…どこにいってもダンボールの山だ…参ったな…」

はやてが召集した「緊急会議」が終わった後で僕は目を覚ましたなのはを見舞い、そして僕のマンションで山積みされた引越しのダンボールに囲まれて遊んでいたヴィヴィオをリンディーさんの家に送り届けた。リンディーさんの家で夕食を“親子”共々およばれしたのは嬉しい誤算だったけど、その後でついクロノと長話をして誤算続きになってしまったのはさすがに失敗だった。お蔭で4月から僕の新しい職場になる落成式前のここ(博物館長室)に戻って来た頃にはすっかり夜も更けていた。

後任が現れるまで暫くの間は無限書庫の司書長と考古学博物館の館長の二束の草鞋(わらじ)を履(は)く状態が続く。体力的にも精神的にも十分やっていける自信はあるけど、直(じき)に僕は一人ではなくなる。今までのように全ての時間を自分の為だけに使うような我がままをするわけにもいかない。

一瞬だけ闇夜に照らし出される雲の形は不気味だった。地響きのような雷鳴が去った後、叩きつける様に雨の雫が窓ガラスを打ち始めた。

「これは本格的に降るな…」

明日には退院出来るとはいえ“ママ”も…そして、出来ることなら“パパ”になりたいと願っている僕もやる事が多すぎてロクにヴィヴィオのことを構ってもあげられない。大人の都合で人から人に預けられているのにそれを詰(なじ)るようなこともせず、素直ににっこり笑って言うことを聞いてくれるヴィヴィオが不憫(ふびん)でならなかった。いっそのこと、子供らしく思いっきり泣きじゃくって不平を言ってくれた方が逆に救われる…そう考えるのはそれだけ僕も嫌っていた筈の“身勝手な大人”になってしまったということだろうか。

なのはとフェイトがプレゼントしてくれたメガネを真新しいデスクの上に置くと目頭を押さえる。乾燥した疲れた目を閉じると涙が沁みる。

かつてこの場所にあった筈の古代ミッド文明様式の“プレアデス大神殿”の意匠を模した地上二階の巨大な総平屋作りの建物作品は監修を担当した僕にとっても最高の自信作になっていた。昼間は展示物や貴重な文献の整理に追われるから、私物や僕個人の発掘物のコレクションの整理はいつも深夜になった。

今年に入ってヴィヴィオを連れてなのはが何度か夜食を持って博物館に来てくれたけど、興味津々のヴィヴィオとは対照的になのはは夜の博物館があまり好きではないみたいだった。

「どうして?シーンと静まりかえった建物の中で発掘物に囲まれていると、目を閉じたら何か、ほら、古の魔道師や英雄達の声が聞こえてくるような感じがしない?」

「ひゃー!や、やめてよ!声が聞こえるとか!お、オバケが出てきたらどうするの!ヴィ、ヴィヴィオが怖がるよ!」

「ママ…オバケなんていないよ?」

「なのは…ひょっとして…オバケ屋敷とか苦手だったりする?」

「え…ええ!!も、もしかしてコワイのって…私だけ!?」

そんなこともあったな…ふふふ…

首都クラナガンを見下ろすこの小高い丘の上に、かつて、燃え盛る松明を右手で高く掲げる“雷神の末娘”が降臨し、主上なる神がお創りになったヒマノスと共に一対の人類の始祖となり、そしてその末裔達が古代ミッド文明を拓いた…と巷では言われていて、昔からずっと“名も無き乙女”として繰り返し庶民の間でロマンス仕立ての戯曲にされてきた。

空気を読まずに考古学上の学説を垂れると、これは殆ど原型を留めないほどの行き過ぎたデフォルメの類だ。だけど、時に学問上の常識は世間の常識と一線を隔してしまうことも少なくない。“プレアデス大神殿”は古代ミッド史に燦然と輝く不世出の英雄クラナガン大公によって破壊されるまで長らく人々の信仰の対象であり続け、愛され続けていたことは間違いが無い。

それが人々の選択なら…仕方がないのかもしれない…

「それに…天上のプレアデス七姉妹の“末娘”の降臨の日である3月3日は現代ミッドでは“女子の節句”とされて今日まで連綿と続いているのはその信仰の名残…小さい女の子達がこの時期になると親からおもちゃのトーチを渡されるのは、人類に知恵と力の象徴たる“火”を地上にもたらし、そして命をヒマノスと共に育んだ“名も無き乙女”に我が娘をなぞらえているからだ…健やかな娘の成長を願うと共に一人の確たる女性として生きることの大切さを説く日とされている、その日まで…日付がもう変わってしまったからあと1日…だから君はここに来たんだろ?フェイト…」

真鍮製のアンティークランプの明かりが届かない部屋の暗がりから漆黒のローブをまとった女性の姿が浮かび上がり、長い金髪と物憂げな眼差しが窓ガラスに映り込む。土砂降りの雨に打たれる首都を窓越しに眺めていた僕はゆっくりと振り返って、“幼馴染”くらいは言ってもおこがましくないと思っている間柄のその女性の姿をじっと見つめた。

「虚無の黄道大魔法陣…最後の七杭目…いよいよここが君の終着点というわけだ…」

「“沈黙は最良の策”と言われているのに…あの子が不必要なことをはやてに話したから…きっとここにも厳重な警戒態勢が敷かれていると思っていたけど…どうやら本当に貴方一人みたいね…ユーノ」

「当然さ…幼馴染の君と会うのにどうして他にゲストが必要なんだい?なのはから聞いたよ。獅子の日の出来事をね。その時から僕は確信していた。生真面目な君のことだ。かつてのプレアデス大神殿があったこの場所にいればきっと君の方から僕に会いに来るだろうってね…」

「貴方はこのクラナガンに“プレアデス“を名乗る人物が現れた時から私と同様に全てを看破していた筈…はやてやなのは…そして他の局の人たちに報せて先回りすることも、あるいは積極的に阻(はば)む出来た…それなのに…どうしてずっと”プレアデス“の悪事を黙って見過ごしてたの?誰も何も言わないけど…みんな、心の中ではきっと貴方を疑っているわ。貴方に”プレアデス“の謎かけの意味が分からない筈が無いって…」

「ははは…これは…参ったな…それは褒められているのかな?僕にだって分からないことくらいあるさ。僕の立場を心配してくれているのかい?」

「自惚(うぬぼ)れないで…!貴方には義務と責任があると言っているんです…!」

「義務と責任…どちらも重たい言葉だね…」

「そう…なのはとヴィヴィオを幸せに…必ず幸せにするという義務と責任です…!困るんです…貴方に何かがあると…あの子が…なのはが…悲しむから…!」

「勿論、幸せにするつもりさ…でも、それはある意味で君の“返事“に依存する部分がある。僕一人ではなのはやヴィヴィオを幸せにすることは出来ない。フェイト…君にもずっとなのはの傍(そば)にいて欲しいんだ…これは昔なじみの誼(よしみ)で君にお願いしているんだけどね…」

「呆れた…責任転嫁するなんて…貴方には男としてのプライドがないんですか…?愛したのなら…命を賭けてその愛を貫くべきです…」

「責任転嫁…か…物は言いようだね…でも、君にも分かっている筈だよ。なのはは恋愛と友情を両天秤にかけるような子じゃないって…それが分かっているくせに僕になのはの事を頼むっていうのは…それは責任ある言葉なのかい?」

「…今は…貴方とパラドックス(禅問答)に興じるつもりはない…」

「パラドックス?これは実に単純な話さ。なのはにとって君は僕と同じ…いや…正直を言ってちょっと嫉妬してしまうけど、ある部分で僕以上になのはは君のことを大切に思っている。なのはの全てを僕のものに出来ればそれは…それでいいのかもしれないけど…考えてみればなのはの心の中にはいつも君がいて…そんななのはを僕は好きになったんだ…だから、僕らの幸せにはね、フェイト…君という存在がやっぱり必要なんだと思うんだ…」

「ユ…ユーノ…」

「はっきり言うと自首して欲しいんだ…もう止めよう…これ以上は無意味だよ、フェイト…どうして君が“無”に帰らないといけないんだい?バカげてる…事情を知らない第三者はそういうだろうけど、君は絶対に理由のないことをしない。必ずそう考えた、そう選択した理由がある筈だ。よかったら話してもらえないかな?」

僅かに彼女の表情が動いたように見えたのはランプの炎の揺らぎだろうか。返事代わりの沈黙が部屋を支配した。

「残念ながら…それは出来ない…」

「相変わらず君は…自分がこうだと考えたら頑固だね…フェイト…そういうところは昔からちっとも変わらないね…」

「ええ…自分でも心底うんざりします…でも、こんな生き方しか出来ないのも事実…これ以上、貴方と議論をする心算は無い…今日は貴方に忠告しに来ただけです…」

「どうせ、僕に二度とこの場所に近付くなって言いたいんだろうけど…残念ながら僕はここを離れない。僕だって魔道師の端くれさ…自分の城を一合も交えずに相手に差し出すなんて出来ない…」

“魔道師”という言葉を聞いた彼女は端整な顔に深い皺を寄せていた。

「それを聞いてますます呆れました…無駄なところで無駄なプライドを持ち出すなんてバカがすること…しかも魔道師のプライドなんて…そんな下らないものを持ち出すなんて…」

「生憎と僕も君が言う通り、こんな“バカ”な生き方しか出来ないんでね。確かに大魔法陣が完成すればアルハザードへの道標が現れると言われている…この方法には並みの魔道師では到底発揮することが出来ない膨大な魔力が必要になる。死病に既に侵されていたプレシア・テスタロッサにこの方法が採れなかったのは必然…だから高出力の魔道動力のエネルギー源としてジュエルシードを執拗なまでに求めた…」

フェイトの顔は…すっかりやつれていて…とても見てはいられなかった。君はいつまで自分を責め続ければ気が済むんだ。

「プレシア・テスタロッサは過去を全てやり直そうとしてアルハザードを目指し、そして今、君はその過去を全て清算する為に“プレアデス”と共に消えてしまおうとしている。確信も過信もしないけど…僕がここにいる限り君は最後の魔力杭を少なくとも打ち難くはなるんじゃないかと思ってね…僕なりの最後の抵抗…これが僕の魔道師としての誇りだよ」

「私が直に手を下さなくても、“プレアデス”が容赦なくここを火の海にするでしょう…いくら貴方が結界術式に詳しくても…神の雷からは逃れられない…」

「確かにスクライア一族の術式のソースコードは基本的には同じミッド式だ…僕が張る結界は簡単に無力化されてしまうだろうから跡形も無く全てを焼き尽くされてしまうだろうね…だけど、僕は古代から近代にかけてのベルカ式結界魔法も研究して習得している。もし、ここにベルカの広域封印結界を張ったらどうなるか…君ならこれの意味することが分かるはずだ」

「バ、バカ…!正気…!?一体…そんなことをする意味がどこに…あの子を挑発するようなものよ…!」

「君は少し僕を買かぶり過ぎている…もし、このことに早く気がつけていたらって凄く後悔しているよ…目的は君が言うとおり最初からフォトンバンドのエネルギーを召喚してアルハザードの封印を解く虚無の黄道大魔法陣の完成だと分かっていた。だけど、それを防ぐための対策はお手上げ状態だったし…“プレアデス”がどうして君に会おうとしていたのか、その理由は正直、今でもよく分からない。でも、事件が進むうちにあることに気がついた…はやて達を含めて事件の生存者にはある共通点があったんだ」

「共通…点…」

「そう…全員がベルカ式の術者だったってことだよ。なぜ、プレアデスがベルカの術者を警戒していたのか…なぜ、はやてや守護騎士達があれほどの重傷を負いながらも命を取り留めているのか、その理由を考えれば明らかさ。人間は極限状態になると咄嗟に自分が慣れ親しんだ防御結界を張って身を守ろうとする…騎士カリムも言っていたけど、プレアデスの使う神代ミッドの術式は当時、時系列的に存在していなかった古代以降のベルカのソースコードに対応していないんじゃないかってね。それでピンと来たんだ。プレアデスにとって古代、あるいは近代ベルカ式の、特に結界術者は邪魔な存在なんだと」

「さすがね…ユーノ…貴方には本当に魔道研究の分野では適わないわ…」

「だから…僕がここにいれば君はともかく…プレアデスは絶対に容赦しないだろうね。でも、僕がここに残って死守する限り、アルハザードへ還るためのエネルギーを召喚できない。つまりそれはプレアデスの野望を挫くことになるし…同時に… “無”に還ろうとする君を思い留まらせることにもなる…」

「貴方には…貴方の帰りを待つ人達が既にあるというのに…つくづく魔道師とは業な生き方しか出来ない人種みたいですね…」

「ああ…もしかしたら僕も正気じゃないのかもしれない…でもそれは君も同じだろ…?フェイト…」

「どういう…意味ですか…?」

「エリオとキャロさ…それにリンディーさんだって…それだけじゃない…なのはもヴィヴィオもみんな…君の帰りを待っている…君にはその声が聞こえないのか?そこまで君は愚かだったのか?フェイト…」

「私のような出来損ないを実の娘のように愛しんでくださったご恩を生涯忘れるつもりはない…それにヴィヴィオやなのはのことも…勿論、こうして諭してくれるユーノ…貴方のことだって深甚に思います…でも…エリオとキャロのことは話が別…バルディッシュ!!」

「Yes, Sir

雷神の戦斧、バルディッシュ…眩いばかりの電刃が明かりの殆どない部屋を蒼白く照らす。今までとは打って変わって戦斧を振り上げているフェイトの全身からは殺気が漂っていた。急激な態度の変化に僕は正直戸惑いを隠せなかった。殺し文句の心算だったけど…二人のことはどうやら地雷だったらしい。

「さすが…局で“バトルマニア”と言われてるだけあるね…仮にもここは考古学上の貴重な品々を収蔵している博物館なんだけどな…戦うとなったら場所を選ばず、とは恐れ入ったよ…」

今日は色々誤算続きの夜だな…

「二人は…エリオとキャロは…今、どこ…!」

「え?どこって…君が何を言っているのか、よく分からないけど…そんなに血眼になって探すような話かい?」

「時間が無いんです…ユーノ…貴方と下らない押し問答をしている余裕はない…力づくでも聞き出すのみ!」

まずい…フェイトは本気だ…殺されはしないだろうけど…ここで病院送りになったら意味が無い…仕方が無い…防御結界で一旦退いた方が賢明か…妙(たえ)なる鋼の護り…

「私からは…逃げられない…誰も…!」

間髪入れず大きく一歩が踏み出されると死神の鎌のように鋭く振り下ろされる。詠唱の時間を与えない心算だ。突然、後ろのガラス窓が雷鳴と共に砕け散ると小さな影が僕とフェイトの間に割って入ってきた。バルディッシュとの間に激しい火花を散らす。

「フェイトさん!!お願いです!!もう止めて下さい!!」

「エ、エリオ君!なぜ君がここに…」

「話は後です!ユーノ司書長!ここは完全に包囲されました!武装を解除して下さい!フェイトさん!」

「エ…エリオ…!ど、どうして…どうして…」

「フェイトさん…僕は…貴女を…叱りに来ました!!」

言葉を尽くした説得よりも、たとえ第三者には拙く聞こえても心に響く一言がある。それはどんな美辞麗句よりも純粋だからこそ美しいんだ。そのことを僕はこの時、目の前の少年に教えられていた。

まだあどけなさを残す少年の声が室内に響く度に、自分を消し去ろうとしている一人の“名も無き乙女”の琴線にそれが間違いなく触れていることを…僕は強く確信した。





リニス…バルエルの鍛冶場と言われていた“時の庭園の離れ”であなたが作ったバルディッシュを手にした時…私の運命は既に決していたのかもしれない…
 
しのぎを削るバルディッシュとストラーダ…手を伸ばせば手が届きそうな距離にエリオがいるのに私達の行く手を互いのデバイスが阻んでいた。涙が出そうになっている私とは対照的にエリオは精悍な顔つきをしている。もう、男の子の顔になっていた。

本当に君は私を叱りに来たんだね…まだ子供だとばかり思っていたのに…もう、君は立派な魔道師だ…手加減していると腕力のない私はすぐにやられてしまう…

まるで示し合わしたようにお互いがお互いをデバイスで押しやり、再び私達の間に近いようで遠い間合いが出来る。それが合図だったのか、私の背後のドアが荒々しく蹴破られて武装局員がゾロゾロとユーノの部屋に乱入してくる。

なるほど…さすがサイドウィングとして鍛えられただけある…攻守の切り替えが巧みだ…

私は瞬く間に包囲される。そして、エリオの合図と共に局員の汎用デバイスが一斉に私に向けられた。

「完璧だね…エリオ…ユーノに気を取られすぎていたみたい…君達の接近に気が付かなかった…それにしてもよく私がここに現れることが分かったね…」

「なあに…そいつは元部隊長のヤマ勘が当っただけですよ、フェイトさん」

「ヴァ、ヴァイス…さん…」

聞き慣れたもう一つの声に驚いて背後を振り返ると小銃モードのデバイスの銃口を私に向けているヴァイスさんの姿があった。

「おっと動かないで下さいよ。俺も出来ることならフェイトさんみたいな美人をこいつ(ストームレイダー)には撃たせたくないんでね…なかなか分からないもんでしょ?AMMコーティング(Anti Magic Meterial Coating)を施したヘリの接近ってのは…さすがに空士たちがわんさか押しかけるとバレちまいますからね。魔力反応を完全シャットアウトするAMMコーティングを施した高速ヘリでの直接搬送なら貴女の目も誤魔化せると…まあそう踏んだわけですよ」

「そうだったの…やっぱりはやてが一枚噛んでいるのね…それを聞いて納得しました…」

「フェイトさん、お願いです!どうか自首して下さい!フェイトさんは今、道に迷ってて、それで…間違った選択をしようとしています!だから…僕が連れ戻しに来たんです!」

額の傷が痛んだ。普段は魔力で目立たなくしているけど私の額には深い裂傷痕がある。初めて私とエリオが出会った日に、エリオから受けた傷だった。それは私にとって“傷”じゃない。エリオと私を繋ぐ大切な“絆”だ。

「二人とも元気なの?ちゃんとご飯は食べてる?何か…私のせいで…酷いことをされたりしなかった?」

「大丈夫です…フェイトさん…ルシエさんも僕もフリードも…みんな元気です…今は八神部隊長の陸士特捜部に加わっています…」

「そっか…はやての部隊にいるなら安心だね…君達が無事で居てくれて本当によかった…今まで…どんなに心配していたことか…」

「感動の親子再会のところ申し訳ないんだが…エリオ君…時間があまりないぞ?それに外の連中がこの土砂降りの中で文句言い出すぜ?」

「あ、す、すみません!ヴァイスさん!フェイトさん!もう一度だけ言います!武装を直ちに解除してください!」

部屋の中には大人数がいる筈なのに聞こえてくるのは外の雷雨の音だけだった。全員の視線が私に集中している。空気が張り詰めていた。暫く睨み合いを続けた後、私は小さくため息を付いた。

「こんな状態では流石の私もどうしようもない…君の言うことは分かったわ…エリオ…」

緊張しきっていたエリオの顔が忽ち綻んでいく。ただ一人…なのはから昨日のことを聞いているユーノだけが私に鋭い視線を向けていた。

「エリオ君…油断するな…フェイトは“分かった”と言っただけだ…君の“言う通りする”とは一言も言っていない」

「は、はい…!分かりました、司書長!」

流石ね…ユーノ…魔道師はよくこんな言葉遊びをして相手の隙を突こうとする…勝てばなんでもあり…それが魔道師の本質…でも、人間は一度、緊張の糸が切れてしまうとなかなか元には戻せない…

「ねえ…エリオ…キャロは今どこにいるの…?」

「えっ?ルシエさんなら今…局の陸士首都防衛隊駐屯地の病院に…」

「はっ!よ、よせ!!エリオ君!!フェイトにキャロのことを言…」

「それだけ聞けば十分…全員…暫く眠っていなさい…!Astonish Rage
※ 昏睡魔法。スタンガンのように高電圧で相手を昏睡させる)!!」

眩い光と共に竜巻のような強烈な風が巻き起こり、無造作に積み上げられていた古文書が紙吹雪の様に舞う。

「し、しまった…なのはが言っていた“電気ショック”って…このこと…だった…のか…」

ユーノがガックリと膝を落として呟くとそのまま床に突っ伏した。部屋を眺め回していると反射的にベルカ式の結界を張ったエリオだけがフラフラしながらも辛うじて立っている姿が目に留まった。エリオは自分の背丈よりも遥かに高い書架に小さな身体を預けて必死になって身体の痺れに抗っていた。

「フェ、フェイ…ト…さん…ど、どうして…」

涙で何も見えなかった…顔が見えないからと言ってこれから自分がしようとしていることに対する罪悪感と躊躇が拭い去られるわけではない。

「エリオ…ごめんね…もう私が君に教えることは殆ど残っていない…君はきっと立派なベルカの騎士になる…でも、そのために一つだけ覚えておいて…魔道師とは…こういう手を躊躇い無く使うもっとも魂が穢れた人種であるということを…今の私の姿をよくその目に焼き付けておきなさい…」

「フェイト…さん…ま、待って…」

私は視線が空ろなエリオの首元にバルディッシュの先をそっと押し当てた。真っ暗になった部屋に一瞬だけ閃光が走るとエリオはそのまま私に向って倒れこんできた。

すっかり冷え切った小さな身体を私は抱き締めた。壊れるほど…力いっぱい…

「さようなら…エリオ…」

私は一度…君にこの身体を抱かれ…命を救われたことがある…もう、私達がこうしてお互いに触れることはないだろう…

「心優しき…金色の轟雷…エリオ・モンディエル…汝との我が盟約は…今…解かれたり…」

建物の外は滝のような雨だった。冷たい雨に打たれながら何も見えない天を仰ぐ。

黄天の空が啼(な)いている…フォノンの系譜(名)を継ぎし者が絶える運命に…呪われた強大な力は人が用いるべきじゃいんだ…最後の人柱は私だけで十分だ…

「一閃万里の雷光!Lightning!キャロの元へ!」

首都クラナガンに雷鳴がこだましていた。




第15話 完 / つづく

※1) Wizard/Witch Poor:ミッドにおいて魔法資質に乏しい魔道師を揶揄する言葉。原作には無いオリジナル設定であることに注意。
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