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第十七話 Farewell (さよなら…:後篇)


推奨BGM: 星の輝き


 

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17th piece / Farewell-3 (さよなら:後篇)



新暦77年3月2日 未明
首都クラナガン 時空管理局地上本部内 某取調室
 
陸士首都防衛隊駐屯地、プレアデスに襲撃さる…

その驚愕の事実を私(ティアナ・ランスター)が聞いたのは局陸上本部内で重要参考人の一人から事情を聴取している最中だった。

常識的な時間帯以外(例えば深夜など)の取調べは違法だったけど、あの嫌なオヤジ(※ エド・フォレスター)に関しては別だった。このオヤジはどうやら基本が夜行性らしく、昼間はぼーっとしていることが多いくせに日が落ちると急に覇気が出てくるから始末に終えない。取調べ可視化で本来は同席しなければいけない弁護人もこの習性にはさすがに付き合いきれないらしく、また、逮捕では無くて任意という気安さも手伝ってか、この頃は全く姿を見せなくなっていた。電話で取り調べ時間を予め伝えても、適当にしておいて下さい、とのたまうあり様だった。全く…弁護士、中でも特に人権派と呼ばれる人種はきれいごとばかりで行動が伴わない、ロクでもない人種だ。

しっかし…このオヤジも…どんだけって感じだよな…

取り調べに慣れていない一般人なら弁護人からこんな態度を取られれば見捨てられたと勘違いしてまず気が動転するけど、パイプ椅子の上でふんぞり返っている目の前のオヤジは実にふてぶてしいほど落ち着いていた。いつもならムカついて仕方がないところだが、今はそれどころの話ではなかった。

スバル一人だったら不安だけどギンガさんもいるし…あの二人のコンビはそうそう破られない筈…それにいざとなったら“無敵のエース”もあそこにはいるし…

心ここにあらずといった雰囲気を敏感に読み取ったのか、私の顔をずっと見ていたオヤジは大袈裟に一つため息を付く。その音に驚いて思わず私は顔を上げた。

「やれやれ…取り調べしてるあんたにそわそわされるとこっちの方が落ち着かねえんだよなぁ…気になるんだろ?お嬢ちゃん…首都防衛隊の連中がヤベえんだろ?行ってやれよ」

「え?…な、何を言っているのか…よ、よく分かりませんが…」

な、何で知ってんだよ…!

唐突なオヤジの言葉で図星を当てられた私は顔が引きつりまくっているのが自分でも分かった。

「ったく…体裁を気にしてる場合じゃねえだろうが…さっきこの部屋に入って来た若造とあんたの耳打ちが聞えちまったんだよ。なんつっても俺の耳はデビルイヤーだからな。伊達に記者はやってねえんだよ」

「デ…ビル…イヤー…?」

な、何ランクのスキルなんだろ…聞いたことないけど…でも、なんか凄そうな名前だな…

「バカ!地獄耳ってことだよ!」

そうか…分かった…よし、死ね…

「おら、なにモタモタしてんだよ。さっさ行けよ。俺は逃げも隠れもしねえぜ?何たってここが俺にとっても一番安全だからな…へへへ」

すっげー嫌なオヤジだけど空気は読めるんだよな…

「済みません…それではお言葉に甘えさせて頂きます…フォレスターさん…それでは今日はこれで!」

「おい!ランスター補佐官!」

「は、はい?何か?」

このオヤジ…初めて私の名前を…

「人間…時には卑怯になる事も大切だぜ…折角、苦労して補佐官になったんだろ?突っ込むばかりが捜査じゃねえ…経路、過程は気にするな。執務官ってのはな、最後の最後まで生き延びて事の顛末を見届ける義務があるんだ。それを忘れるなよ」

「フォレスターさん…」

意外な人から意外な一言を聞いて一瞬困惑したけど、確かにオヤジの言う通りだった。司令塔(執務官)はゲーム(捜査)を展開しているフィールド(事件)全体に常に目を向けていなければならない。

「兄貴の事(無念)を思い出してやれって言ってんだよ…言わせるな…恥かしい」

兄の死を犬死と言われたことに昔の私は激しく反発した。だからこそ今の私がいると言っても過言ではない。でも、実際に自分が兄と同じ立場になってみると少しずつだが見方も考え方も変わりつつあった。

執務官(補佐官)は最後まで生き残ってターゲットを追い込まないと本当に意味が無いんだ…
何故なら執務官が他人のキャビネットの中に入っている担当事件のファイルに手をつける事は、生死を問わずその人間が局を去らない限り絶対にないからだ。事件の記憶は担当者の死と共にこの地上から失われてしまう。捜査主任を拝命するというのはそれくらい重い。

兄の上司が本当は心ある人だったのか、あるいは完全無欠の冷血人間だったのか、今となっては全てが闇の中だ。でも、悪意を持たずにその言葉を解釈すれば間違った事は必ずしも言っていない。そう思えるようになってきたのは良くも悪くも事件や人間の記憶というものが風化して行くからかもしれない。

確かに無くしたパズルのピースは二度と帰ってこない。そして、その喪失感を埋めようとする事は不毛なことだと頭では分かっている。分かっていて尚、人は探してしまう。それを弱さだ、甘えだと言われればその通りだ。でも、弱いからこそ人間だ、とも言える。完璧な強さは“神”以外に持ち得ないのだから。

世の中の全てが完全に割り切れるとは限らない、むしろ割り切れない事の方が多い…ミッドでは夢見る女の子がそんな厳しさを一つ一つ知ることで…女子の節句(3/3)の日に親から玩具のトーチを手渡される度に…一人の女性に近付いていく。
私の部屋には生前の兄からもらったトーチが一本飾ってある。私が肉親からもらった最初で最後の一本だった。

もう…それで十分だ…

「ありがとうございます…肝に銘じておきます…」

「これってやっぱ死亡フラグかな?ま、あんた慣れてるから別にいいだろ?(StS的な意味で)」

う、うぜえええ!確信犯かよ…コイツ…マジでムカつくんだけど!!

取り調べ室を飛び出すと、土砂降りの雨の中を無我夢中で駆け出していた。

途中で駐屯地に向う陸士の応援車両に便乗させてもらったのはラッキーだった。すぐに騎士カリムが万が一のために張っていた強制結界が見えてくる。結界の周囲では既に空士達が激しい法撃を開始していた。滝のような雨の中で色とりどりの法撃が七色に滲んでいた。

フェイトさん…

フェイトさんは真っ直ぐに突き進んでしまう自分の性格は執務官に向いていなくて、むしろ、熱くなって暴走しがちではあるけどすぐ開き直って軌道修正をする私の方が適性が高い、補佐官試験で一杯一杯だった私にそう言って励まして下さったことがある。その時はリップサービス程度にしか思っていなかったけど、今は何となくその言葉の意味が分かるような気がする。

真面目な人ほど間違いを犯した時に修正が難しくなる。間違いから更に間違いを探してどんどんと負の連鎖に自ら嵌り込んでいく。ドミノ倒しのように次から次に自責の念が襲い掛かってきて押し潰されてしまう。追い詰められた人間はそういう行動をとりがちだ。

なぜ?どうして?何があったの?フェイトさんに会ったら全員がそう問い質すに違いない。でも、本人にも答えようがないはずだ。だから私はあえて問わない。自分の職務を粛々と果たす。それだけだ。

このプレアデス事件に終止符を打つのは…多分…私しかいない…

「着いた…みんな…無事でいて!」

それにしても…どうしてアコースさんは今更あのマッドサイエンティスト(※ ジェイル・スカリエッティ)のところに取り調べに行ったんだろう…謎だ…きっと何かを執務総監ルートから掴んだに違いない…

カートリッジロードの振動が伝わってくる。いつもの感覚だった。



・ 

私が駐屯地に駆けつけた時、既に襲撃者は南に向って逃亡した後だった。

ここに来る途中、最悪の事態が頭をよぎっていたが、これでもうフェイトさんたちの最終目的地は、3月3日、つまり火を携えて“末娘”が降臨したとされる明日、執政特別区にある考古学博物館、“プレアデス大神殿跡地”に絞られたことになる。

なのはさんと 八神元部隊長の二人がいる病院施設は実質的に総司令部みたいなものだった。襲撃者が病院に向ったと聞いた時は私だけじゃなく、間違いなく局員全員の顔が青ざめた筈だ。頭をもぎ取られた集団ほど無残なものは無いからだ。

私は真っ先に八神元部隊長の病室に向かって無事を確認すると、その足ですぐに なのは さんの病室に駆け込んだ。そこで私が見たものは なのはさんが横たわっているいる筈のベッドの上で眠るキャロの姿と部屋の至る所に落ちているおびただしい量の血痕だった。

「キャ、キャロ…まさか…キャロ!!」

慌ててベッドに駆け寄るとキャロの顔にはうっすらと涙の後が残っている以外に外傷はおろか争った形跡すらなかった。

ということは…この大量の血糊は
やっぱりフェイトさん、か…これは相当の深手だ…魔力で痛みをある程度は緩和出来るとはいえ、とても歩けるような状態じゃない筈だ…

もう意地になっているとか、そんなレベルの話じゃなかった。これは執念だ。それも死を覚悟した執念…命を燃やし尽くして一瞬に賭けている、そんな鬼気迫るものを感じる。

「キャロ!フェイトちゃん!こ、この血は…一体…キャロ!!」

驚いて振り返ると病室の入り口にバリアジャケットを着た なのは さんがデバイスを握ったまま立っていた。

「あ、な、なのはさん!大丈夫です!これはキャロ以外のものです…恐らく…」

「ティア!無事だったんだね!よかった!ギンガとスバルが“撃墜”されたって聞いてたからみんなの事が心配で…」

なのは さんが私の隣に立つ。返り血を浴びたのか、白いバリアジャケットの胸の辺りに真っ赤な染みが点々としていた。

「私は先ほどまで陸上本部にいましたから…それにしても…なのはさん、よく空からここまで来れましたね?空士たちはずっと得体の知れないバリケードにすっかり翻弄されていたのに…まさか、どこかお怪我でも?」

「バリケード?ああ…あの遠隔操作されていたデバイスのこと?あれならディバインバスターで…あっ…ごめん…今の聞かなかったことにして…ね?」

「ディ、ディバ…イン…な!なのはさん!だ、ダメですよ!元部隊長からあれほどきつく言われているのに!!」

まさか…その胸の沁みは返り血とかじゃなくて…吐…

「今は…それどころじゃないよ。キャロの容態は?勿論、生きてるんだよね?」

「は、はい…命には別状ないってさっき医療班が…」

「私の時と同じか…で?フェイトちゃんはどこ?」

「残念ながら襲撃者はもう、南の空に向って逃走した模様です。襲撃者がプレアデスという情報とフェイトさんだという情報が陸士の間で錯綜気味ですけど、今夜、ここに現れたのはフェイトさんと考えてほぼ間違いありません。この病院施設の近くにたまたま待機していた108部隊の隊員の多数が証言しています…」

「そっか…じゃあ、もう追跡隊の編成も無意味だね」

「し、しかし…一応といいますか…」

「無理だよ…誰も追いつけない…雷光を捕まえようとするようなものだよ。世間に対するパフォーマンスとしても無意味。既に出ているなら呼び戻して。私達にはそんな余裕は無いよ?」

「は、はい!直ちに!」

「とりあえず今は…キャロを起こしてこの部屋でフェイトちゃんと何があったのか、聞くことが先決だね…」

「で、でも…局専属の医療チームの見立てではキャロが目覚めるまでにかなり時間がかかるみたいですし…それにキャロだけじゃなくて隣の病室にはスバルもギンガさんも…」

「大丈夫!この術を破る方法をさっき発見したんだ。ユーノ君で実証済みだから間違いないよ?」

「ま、マジですか!?すごい!!どうやるんですか!?」

「儀式にはまず周到な準備と特別な道具が必要なんだ…それに危険も伴う…ティア、お願いがあるんだけどいいかな?そこにあるバケツに水を入れて持ってきてくれない?」

「え?バ、バケツですか?は、はい……えっと…これでいいですか?」

「オッケー…ちょっとコツがいるからポジション取りが次にとっても大切…じゃあ…いくよ…」

「ゴクリ…」

「リリカル…マジカル…おはようございまーす!!」

ざっぱーん!!

「ちょー!!なのはさん!!何やってんすか!!つか…それ全然マジカルじゃねーし!!物理だし!!」

「ティア、ツッコミはあと!キャロ、聞こえる?キャロ?」

「あ、あれ?なのは…さん…?ここは…」

効果抜群じゃねーか!!医療班涙目!!

「おはよう!キャロ!にぱぁ~」

「でも…すげぇ!!じゃあ…私もさっそく隣で爆睡中のスバルたちに試してみますね!なのはさん!!」

「ちょ、ダメだよティア!ギンガはそっとしておいてあげないと…女の子だし…スバルは…えっと…そうだね…とりあえず廊下に引きずり出してすぐそこにある消火栓ホースを使えばいいんじゃないかな?リリカルバケツじゃ効き目なさそうだし…」

「バルブ開度は全力全開ですね!!分かります!!グッ!!」

「さすがの私もそれは引いちゃうな…ティア…」

「えっ!」





新暦77年3月2日の昼下がり 
ミッドチルダ大陸南部アルトセイム地方某所
 
遠くの方で春雷が鳴り響いていた。冷たい雨が肌を刺す。身も心も凍えていた。

「一体…私は…何を…ブフッ…」

石畳に滴る真紅は降りしきる雨に洗い流され、そして跡形もなく消えていった。

まだこんなに流せるのか…意外と丈夫に出来ているのね…人g…いや、人工生命体って…

行く当てもなく、そして寄るべき母なる港もない。まるで大時化(おおしけ)の海で翻弄されるだけの小船のようだった。無謀で愚かな漂流者。そんな私が辿り着いた場所…かつて母さんが愛したバラ園だった。思えば全てが…ここから始まった…過ちの全てが…

ガゼボの中に入り、ボロボロになった身体を石造りのベンチに横たえる。全身の痛みも感覚も殆どない。まるで夢の中を彷徨っているみたいだった。雨の音が次第に遠のいていく。

私は…このまま死ぬのだろうか…何も出来ないまま…中途半端なまま…結局…自分と向き合う事なく時を重ねた挙げ句…やっと気が付いた自分の存在の意味…なんていう皮肉なんだろう…

「ふ…ふふ…ははは…」

力のない小さな笑い声は弱まっていく雨の音にすらかき消された。悔しさ、哀しさ、寂しさ、ありとあらゆる負の感情が折り重なり、自分でもどうしていいのか分からなかった。今までに感じた事がない複雑な心境だった。目頭が熱い。もう…流す涙もないと思っていた…キャロと別れたときが最後だと思っていたのに…一体、この身体のどこから染み出してくるのだろう。

春にはほど遠い氷のような雨に打たれるバラたちを見つめた。それでもここにいれば感じることが出来る。新しい命の息吹を…

この現実は他の誰でもない、全て自分が招いた事だ。生まれてくるべきではない、存在すべきではなかった人工生命体…その不幸の連鎖に私は多くの人を巻き込んでしまった。そしてこれからも…それは決して変わらない。

庭園の主が例えいなくなってもここのバラたちは必ず咲き、そして美しく散っていくだろう。今まで通りに…そしてこれからも…誰に教えられた訳でもないのに…そこに君達がいる限り、それは繰り返される…決して終わる事が無いんだ…

それと同じことだ…私が生きている限り…絶対に終わらない…何としても終わらせなければ…忌まわしき人工生命体の秘術…ヒマノスの創造を…それに連なるものはみな…無と化すべきだ…まして…“プレアデス”がこのミッドチルダを滅ぼすつもりなら…尚更…

目蓋が鉛のように重たい。ふと…人が近付いてくる気配がする。

「そこにおられるのはもしかして…テスタロッサ卿ではありませんか?」

この声は…

薄目を開けるとButtler(使用人頭)のヴィンセントさんが傘を投げ出して駆け寄ってくる姿が見えた。声が出なかった。

「やはりテスタロッサ卿でしたか…昨夜はお部屋にお戻りがなかったのでみな案じていたところです」

全身が痺れたように動かない。それでも必死になって顔を背けた。涙をこの人には見られたくなかった。

「これは…なんと惨い…一体どうなさったのですか?とにかく…お館に戻って傷の手当を。御免…」

私の身体は抱き抱えられていた。それはとても温かく…優しかった…
考えてみればこうして自分よりも大きな逞しい腕に包まれたことはなかった。初めてこの人と出合った時の恥かしいような複雑な気持ちも、そして弱い自分を隠そうとした今の感情の意味も今ならはっきりと理解することができる。

やり残した事は多い。そして知らない事に至っては計り知れない。見果てぬ未来…まだ見ぬ人…ハラオウンの娘となった時に見た夢の数々が止め処ない涙となって溢れて来て、そしてその一つ一つが泡となって目の前から零れ落ちてゆく。


「貴方…いいえ…この館におられる皆さんは…ヒマノス(人工生命体)の秘術から生まれたのですね…」

「そ、それは…」

「何故なんでしょうね…私も同じヒマノスの筈なのに…私と…貴方の…一体…何が違うというの…貴方の手はこんなに柔らかくて…そしてこんなにも温かいのに…」

「いえ…同じではありません…テスタロッサ卿…貴女様は天駆ける黄天の大魔導師の血を引きし者…当代の雷神の後継者…魔法を使えぬ私共とは比べるべくもありません…」

やがて“母屋”に入る気配がした。もう、目を開けることも難しかった。

「お気を確かに…今すぐに手当てを…まずはこちらを…気付けのブランデーです…治癒の力が込められております…」

両の頬を掴まれて開けられた口に琥珀色の火酒が流し込まれる。喉を伝う液体が熱を生み、私は目を覚ました。七徳の法衣に手がかかっていた。

「…レア…デ…ス…」

「え?今なんと?」

「プレアデスは…いえ…フェリノ…フェリノ・カスティルローゼ…オブ・・・アルトセイムは…今…どこですか…」

「テスタロッサ卿…そうですか…お気付きになられたのですね…しかし、フェリノ様は世を忍ばねばならぬご身上なれば軽々にその名を口にされることは許されません…それよりも傷の手当をなさる方が先です…」

「それには及ばぬ、ヴィンセント」

よく通る声がホール中に響き渡っていた。

「フ、フェリ…いえ…プレアデス様…」

「主を裏切りし魔導師がその命を持って償わねばならぬのは古くからの慣わし。この者は直に死ぬのだ。死を待つものに手当てなど無用である。テスタロッサ卿…そなたには黄天の大魔法陣の“人柱”となる名誉を与えよう。冥土での土産話にでもするがよいぞ…残念だ…卿とは良き友となれると思うたが…」

私は治癒の気付薬のお蔭で少しずつ意識を取り戻していた。ゆっくりと上体を起こすと、はだけたバリアジャケットの胸元をかき合わせて“末娘”の姿を目で追う。二階に通じる階段の踊り場で私を睨みつけていた“末娘”は目が合うと忌々しそうに視線を逸らして、今後は私の傍らに片膝を付いていたヴィンセントさんに鋭い視線を向ける。

「ヴィンセント!そちはヒマノスの末裔の分際で…神々の眷属に連なる乙女の柔肌に触れるとは…その罪万死に値するぞ!そちは下がっておれ!」

「無礼は重々承知しております…しかしながら…危急の…」

「黙れ!黙れ!利(き)いたふうな口をきくでない!下がれと申しておる!!」

「焼きもちを妬いているのですか…?私達に…プレアデス…いえ、フェリノ…」

「な、何を申すか!言う事に事欠いて…この端女が…!!それが我が主に向って言う言葉か!痴れ者が!これでも喰らえ!Thorny bind!(※ 拘束魔法)」

筆舌に尽くしがたい痛みに声すら上げることが出来ないまま私の身体は瞬く間に高く吊り上げられていた。鋭い茨のようなバインドが全身に食い込んでいく。

「プレアデス様!どうかお止め下さい!テスタロッサ卿は重傷を負っておられるのですぞ!」

「黙れ!ヴィンセント!謀反人を庇い立ていたすとそちとて容赦はせぬぞ!フェイト・テスタロッサ!!我を誰と心得る!!我こそは雷神フォノンの名を継ぎし者!!黄天の魔導師の頂点に立つものぞ!!」

「そう…貴女は…かつて雷神フォノンと恐れられたカスティルローゼ・アルトセイム侯の末娘…フェリノ…深愛を司る女神になぞらえられた…アルトセイム侯の七女…ミッドの奴隷に生きる希望を与えたが故に獄に繋がれた…ブフッ…」

一言、一言を発するたびに容赦なく食い込んでくるバインド…赤い雫が絶え間なく滴り落ち、白い大理石の床を瞬く間に紅く濡らしてゆく。

「そ、そして…ヴィンセントさん…貴方が刑場に引かれるフェリノと…運命を共にした…名前すら伝えられることがなかった…ヒマノスという一般名詞でしか呼ばれなかった…愛に殉じた男性(ひと)…どうやら…意識しないうちに…この子と私の精神は…シンクロしていた…みたい…」

「テ…テスタロッサ卿…」

「よ、よさぬか!そ、その様な妄言!誰が信じるものか!わらわは誇り高き雷神の…」

「信じる、信じないはもはや問題では無い…遺伝(転生)する度に劣化していく筈のリンカーコアが…神代からずっと眠り続けていたわけですから…現代の魔導師から見れば貴女の力はほとんど“神”も同然です…そのリンカーコアが…いいえ…アストラル体になった貴女が…テスタロッサ家が代々守り続けてきたこの庭園に悠久の時を経て生き永らえていたなんて…一体…誰が想像出来ただろう…ぐぐぐ…か、母さんだって貴女の存在なんて知らなかった…でも…それを知っている輩が一人だけいた…悪魔の頭脳を持つその男が…最愛の娘を失って憔悴仕切っていた母さんに親切を装って近付いたんだ…アルハザードの秘術…ヒマノスの創造によって…娘を蘇らせる事ができると…」

「くっ…」

「身に覚えがあるようですね…フェリノ…そう…その男こそジェイル…スカリエッティ…賢明だった筈の貴女に甘言を囁いた小賢しい男の正体…ヒマノスを奪われて長い間ここでずっと一人で過ごしていた貴女の目には、転生に継ぐ転生を繰り返してゆく“夜天の王”がさぞ羨ましく、妬ましく思えたでしょうね…ヒマノスに対する恋慕…無念…そして恥辱に対する深い恨み…それら全てがいつしか…肉体に対する飽くなき欲望へと変容したであろうことは想像に難くない…スカリエッティが貴女に囁いた秘術によって作り出される肉体(クローン)は度し難い誘惑だったんでしょうね…しかも…その肉体はアリシアのクローン…時代の荒波を乗り越えて生き残ったカスティルローゼの末裔…これほどリンカーコアと肉体の親和性が理想的な条件はない…そうして生まれたのが貴女…つまり…貴女はある意味で私だということです…愛娘の死を惜しんだ大賢カスティルローゼが犯した…最初で最後の過ち…それは肉体を失った貴女をアストラル体にして“時の庭園”の地下に封印したこと…無くした…パズルの…破片を諦め切れなかった…大魔道師と讃えられ…神と崇められた侯でさえも…母さんも…今の私も…そして…貴女も…みんな…諦め切れなかったんだ…自分の“Fragment”を…」

罪深い私が…悪魔によって生み出された穢れた魂が流す…今、頬を伝っている熱い雫は…血…悔恨の血の涙…

「プロジェクトFは…こうして…始まった…最高の素材を手に入れた悪魔と…娘を蘇られる事に並々ならぬ執念を燃やした…私の…母さんの手で…」

「…」

「リンカーコア…魔導師の魔力の根源…それを人工生命体に植えつけて生まれてきた忌むべき命…人類の過ちの始まり…それが私であり、フェリノ…貴女です…貴女がどうして私のことを“依り代”と呼んでいたのか…そのことにもっと早く気がつくべきでした…貴女は私をオリジナルとして生み出されたコピークローン…私と同じ哀れなプロジェクトFの操り人形…」

「違う!!わらわは断じて操り人形などではない!!あの男はわらわに肉体を献上したいと申しておった!!わらわは来貢の品を受け取ったに過ぎぬ!!許さぬ…許さぬぞ…テスタロッサ…ここまでの侮辱は…初めてぞ!!我が電刃に臓腑を抉られて尚、その世迷い言が口の端に上るか、確かめてやるわ!!出でよ!!我が神槍バルディエル!!あの痴れ犬の腹を裂け!!」

二振りの光の槍が現れるとまっすぐに向ってくる。これが私の”死”なのだろうか。目を閉じた。

「お止め下され!!フェリノ様!!うぐっ!!」

「ヴィンセント!!」

目を開けると私を庇って神槍に身体を貫かれた大きな背中があった。逞しくて…温かい…優しい背中がみるみる内に朱に染まっていく。

「ヴィンセントさん!!」

「もう…お止め下さい…フェリノ様…テスタロッサ卿の申される通り…全ては過ちだったのです…悪夢から覚める時が…やって…きたのです…」

「フェリ…ノ…!!なにを…何をしているんです!!早く手当てを!!」

「もはや…手遅れだ…」

「で、でも…ヴィンセントさん!!」

「手遅れだと申しておる!!神槍に貫かれたものが必ず死ぬことはそなたも知っておろう!!何故だ…何故…そなたまでわらわに刃向かうのか…よき魔導師プレシアとあの男が残した“器”で折角…みな…蘇ったのではないか…無実の罪で…我が僕というだけで殺められた者たちも…そして…そなたもだ…ヴィンセント…」

「私共…ヒマノスの一生は…脆く…儚く…何のためにこの地上に生まれ…何のために土塊へと還るのか…その意味も分からぬまま…この身を終える宿命…私は…それを…悲しいと思ったことはございません…」

「ウソだ!!そなたはウソを申しておる!!無念と恥辱の闇に打ち捨てられたるそなたらの悲しみの声を一度として忘れた事は無い!!」

「命は…燃やし尽くすべきもの…壊れてもいいのです…失うなら…失いましょう…喜びも…悲しみも…受け入れて…生きるからこそ…フェリノ様…貴女は気高く美しいのです…かつて…貴女が忌み嫌った…不老不死による…神々と呼ばれた魔導師たちのような…堕落に染まることなく…グフッ…」

「ヴィンセント…さん…そんな…」

「愚か者めが…また…わらわよりも先に逝きよった…ようやく…ようやく我らが一千年の無念を晴らす時が来たというのに…憎くんでも憎んでも憎み足りぬクラナガン…いや、オブライエンの兵共に与したこの大陸全ての者共を生きながらに焼いてやるときが訪れたと申すに…そしてアルハザードに堂々と乗り込み…堕落した者共を血祭りに上げる…その姿を見届けることもなく再び旅立つのか…ヴィンセントよ…」

「それが…貴女の望みですか…フェリノ…」

「そうだ!!そなたとの邂逅に執着したのは召喚するフォトンバンドのエネルギーを媒介する人柱が必要だからだ!!この大陸を滅ぼし、アルハザードの封印を解き、そしてそこに住まいて堕落しきった者共を焼き払うことが我が宿願!人柱は最低でも黄天の魔道に連なる三つが必要なのだ!」

「だから…アルフから意志を奪い…そして…私に成りすましてキャロとエリオをクラナガンに呼び寄せたのね…そして…そのためだけにずっと私に手紙を出し続けた…」

「我が文をそなたは長らく無視し続けた!だが…あのアルタナの日についにそなたは我が呼びかけに応じてくれた…そなたと巡り合ったあの時のわらわの喜びがそなたに分かるか!!使い魔が主筋の犠牲になるのはこの上なき名誉!盟約者が師のために尽くす事も孝行の道であろう!それを…テスタロッサ…あの二人の盟約を破棄したそなたの行為は許しがたい叛逆だ!!そなたなら…血肉を分けたるそなたならきっと分かってくれると思っておった…わらわと共にアルハザードに乗り込み、存分にその武勇を示してくれる…そう信じたらわらわがどうやら愚かであったらしいわ!!そんなに死にたければ死ぬがよい!!そなたと…そなたの使い魔…そしてこの身を使ってすべてを“無”へと還してくれる!!」

「どうして…とは聞かない…フェリノ…罪深い私は貴女にかけるべき正しい言葉を見つけることが出来ない…でも…あえて言わせて…何の罪もない多くの命を奪う権利は…貴方には無い…もう止めましょう…」

「黙れ!!裏切り者の言葉を聞く耳など持ち合わせておらぬわ!!血を流したままクラナガンの真ん中でその哀れな姿をそなたの同胞の前に晒すがよいわ!!出でよ!!傀儡兵の戦列!!時は来た!!我が精鋭よ!!明朝、堂々と因縁の地、クラナガンに乗り込み、そなたらの一千年の雪辱を晴らすのだ!!」
ある聖女の死
かつて…謀殺された大魔道師カスティルローゼ・アルトセイム侯の報復のために絶望的な兵力差をものともせずアルトセイムの男たちは敵地クラナガンに向けて悲壮な決意を胸に氷雨が降る中を進撃したという…真っ直ぐに…戦神と謳われた常勝将軍アルティナス・オブ・クラナガンが陣を構えるプレアデス大神殿を目指して…

「な…な…のは……」

刑場に引かれる罪人のように…衆目に晒される私の姿を…君はどんな思いで見るだろうか…もし…本当に神様がいて…一つだけ願いが叶うなら…せめて…君の手にかかって…死にたい…

それは…贅沢な…願いになるのだろうか…




 
新暦77年3月3日早朝 首都クラナガン 陸士首都防衛隊駐屯地

「総員戦闘配置につきや!真南の方角を基準として左右に陸士及び空士を三次元的に展開する!第七の魔力杭を打つポイントに向けて殺到してくる相手の勢いを受け流しつつ左翼、右翼で包囲、殲滅するんや!ええか!各部隊は絶対に突出したらアカン!高度な連携で後詰のおらん相手に徹底的に消耗を強いるんや!」

病床に臥している八神元部隊長の命令一下、僅か5km先の小高い丘に立つ考古学博物館に向って続々と陸士部隊がこの駐屯地から移動を始めていた。神殿を模した白亜の博物館が朝陽を浴びて輝いている。戦勝記念スタジアムでの敗北を教訓として管理世界の各地に駐屯していた管理局の部隊も続々と首都に集結し、地上も空も重装備の局員達でひしめいていた。手強い傀儡兵たちを物量で圧倒する、これが私達の総司令官、八神はやての基本戦略だった。

思えば…第七の事件が起こるであろう今日になっても未だにプレアデスから“例の予告”は届いていなかった。フェイトさんとの邂逅(かいこう)を果たしたからもう“手紙”を出す必要は無い、そういうことだろうか。

シャーリーさんが“仲介者X”となってフェイトさんの目に留まる前にプレアデスからの手紙を懐に収めてしまったことが結果的に二人の出会いを遅らせていた。今となっては言っても仕方が無いことだけど、フェイトさんが事前にあの手紙を読んでいたら第一の事件で話は終わっていたかもしれない。まだ部長執務官一派にいびられて孤立を深めていく前のフェイトさんならきっとまだ正しい判断が出来ていたのではないか…そう信じたい。

しかし、一方で自浄が望めない大組織から汚職を一掃出来たのは間違いなくシャーリーさんのお蔭だ。この“外圧”を利用しなければ情けないことに私達は上層部に指一本触れることは出来なかっただろう。勿論、民間人に犠牲を強いる行為は決して許されるものではない。だけど、それが現実だった。

正義って一体何なんだろう…

公職に就く者はいつもこのジレンマに晒されて度々激しい無力感に襲われる。そうやって初任官の時に立てた清廉潔白の誓いは汚されていく。だから局員の多くはこう考えるようにしている。

“政府(権力)”ためではない…“国家(愛するべき家族)”のために私達は戦うのだ…

そう考えれば救われる。例え、上が腐っていてミッドの旗に大義がなくとも…相対する者と心置きなく戦える。最後の部隊が駐屯地を後にする。

私は隣に立っているなのはさんの横顔をそっと見た。なのは さんの顔には一片の迷いも曇りもない。純白のバリアジャケットに身を纏い、そしてその手には王笏のように堂々と天を突くレイジングハートが握られている。かつてクラナガン大公国と呼ばれていた現代ミッドチルダの誇る“無敵のエース”の姿がそこにあった。そして…本人は知らない。末端の局員達が勝手に付けている異名(二つ名)を…

今生のアルティナス…常勝無敗なる者にして、首都クラナガンの守護神…

やっぱりこの人は強い…どんな苦難にも真正面から立ち向かっていく…
朝日を浴びた白いバリアジャケットが眩しかった。

「なのはさん…そろそろ時間です」

「うん、そうだね…じゃあ私達も行こうか…」

「あの…なのはさんは…その…何というか…怖くないんですか?フェイトさんに会うのが…」

「ティアは…怖いんだ…」

「はい…とっても…やっぱ私、ダメっすね…自分の役目を果たすだけだって…ずっと…ずっと思い続けていたのに…いざとなったら…ダメなんです…フェイトさんに会ったら…逮捕出来る自信が無いんです…」

「ティアは間違ってないよ。絶対…局員である以前に私達は人間だもの。最初から無理してたんじゃないかな。無感情に人が人と接することは出来ない…人間には感情があるんだから…失敗もするし、間違いも犯してしまう。でも、その分、温かいじゃない?相手を思う気持ちって…」

なのはさんの合図で元フォワードチームの面々が揃う。
スバル、エリオ、キャロ…あと…空飛ぶ白い物体(※ フリード)…

「そのために仲間がいるんだよ?仲間がいればきっと出来ることは多くなるし、多分、間違うことだって減る。大切なのは何度でもやり直すという気持ちだと思うんだ。最初から完璧なら…あえて何かをしようとする人なんていなくなっちゃうし、そもそも生きている意味なんてないじゃない?勿論、決して元には戻らないことは分かっている。失ったものは決して戻ってはこないんだから…」

私達は南の空を睨み続けるなのはさんの姿をじっと見つめていた。

「それを忘れろなんて…やり直せなんて…そんな残酷な事は言えない…でも…例え違うものであっても何か新しいものを作り出そうとする。徒労かもしれないけど…そうする努力、気持ちが大切なんだと思う。過去でしか人生や歴史は理解できない。でもそれにいつまでも縛られてたら人は生きていけない。だから私達はいつか…前に進むべきなんだよ…自分たちの目の前に立ちふさがるあらゆる障害を全て打ち払って乗り越える…全力全開で倒すだけ…それだけだよ…」

薄明の空に突然、敵襲を報せるサイレンが鳴り響く。

「時は今…さあ…私達の戦いを始めよう…この戦いの後に…私は何も残さない…!」

名も無き乙女が降臨したというこの日…ミッドチルダの戦神がついに立った…




第17話 完 / つづいてしまった…すまんのう…

 
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