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第八話 Fallen (堕落者:前篇)
その迷い…断つべし!!
※「逆巻く嵐」~オリジナルサントラ集より

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8th piece / Fallen-1


五女は、アルタナに祈りを捧げて病を癒す
 

新暦
77年2月3日 PM10:45
ミッドチルダ首都クラナガン東アルスター区3番街(フェイトの自宅マンション)
 
三つ子の月が全て黄道の軌道にかかっていた。現代ではすっかり廃(すた)れてしまっているけど、今日は古代ミッド伝承でいうところの“アルタナ(月の神)の日”、すなわち、暦(こよみ)の上では春を迎える。

私がアルトセイムにいた頃…母さんも…そして私も…まだ何もかもが壊れていなかったあの頃…

母さんと私は“時の庭園”からほど近いフォノンを祀(まつ)る神殿跡の祭壇を四季の節目に訪れて、祈りを捧げたものだった。


フェイト…今日から春が始まるのよ…あなたの大好きな季節が…

春…?ウソだよ…そんなの…だって、お外はまだ寒いよ…?母さん…


春と言われてもまだ真冬。底冷えのする大理石作りの祭壇の間には火の気もなく、祈り終わる頃には身体が芯まで冷えていた。それでも母さんと一緒にいるだけで嬉しかった。

「母さん…」

まだ、幼かった私は祈ることの意味さえも分からず…ただ、自分の隣で祈りを捧げる母さんを真似した…

子供にとっては遊びの延長だったけど、祈る私の姿を見て微笑んでくれる母さんの眼差しが私には何よりの喜びだった。私はいつも願っていた。母さんを喜ばすことばかりを考えていたんだ。


森羅万象の理(ことわり)というのはね、フェイト…本来、ゆっくりと命を受けた意味を噛み締めながらしっかりと生きることなのよ…急に暑くなったり、寒くなったりしたら生き物は生きられない…だから春もゆっくり訪れるのよ…


優しく教えてくれる母さん。アルトセイムは黄道系魔道師にとって巡礼地の一つだったらしい。その中でもフォノンを敬う人々にとって特別な場所だったのが“時の庭園”で、聖地にも等しかったそうだ。でも、月日は流れ、無常なる時のタイロンが住まう場所はすべてを風化させ、この場所を訪れる人もついに私達親子だけになってしまっていた。それでも私にとっては母さんと二人だけの幸せの空間だった。


月の神、アルタナはね…豊穣を司る農耕の神なの…リニスが焼いた美味しいパンをあなたが食べられるのも農家の人たちがミッドの三つ子月を眺めて種まきや刈入れの時期を決めているからよ…

私、リニスのパンやお菓子大好き…!じゃあアルタナは一番偉い神様なのね…!

それはあなたがお菓子好きなだけでしょ…困った子ね…さあ早く帰りましょう…リニスが温かいお茶とお菓子を用意してくれている筈よ…


今夜の風が冷たいのは、夜明け前が一番冷え込むのと同じ様に、今日が最後の冬の日だから。これから少しずつ春が近付いてくる。

そうだ…世の中の人がなんと言おうと…例え犯罪者の娘と後ろ指を差されようとも…私は母さんが好きだった。子供心にも分かっていた。母さんが深い傷を心に負っていたことも…そして、自分の失った欠片を必死になって探していたことも…そんな母さんの弱さを含めて私は母さんの全てが大好きだった。

五女は、月の神アルタナの妻、医薬と医療の守護者で仁の女神、あるいは癒(いや)しの女神とも言われている。月の神アルタナの日が春を報(しら)せる日とされているのは、病を得た人々が時間をかけて少しずつ回復してゆく姿が長い冬から少しずつ春に向けて温かくなる様に似ていることにも因(ちな)んでいる。

私達はゆっくりと…病を癒すように…春の訪れをじっと耐え忍んで待つように…幸せになろうとしていた…例えそれが不器用であったとしても…


生き急ぐのは本来、愚かなことなのよ…神はそれをずっと戒めてこられた…その禁を犯してしまったのがヒマノスの末裔…それが私達人間ね…本当に汚らわしくて、下らない生き物…人間という生き物はね…私もその一人…


母さんは時折、遠い目をしては何かを激しく悔やんでいた。そして、ふと優しい笑顔にとても悲しそうな瞳を浮かべると、そんな時は決まっていつもよりも強く私を抱き締めてきた。幼い私にはその理由が分かる筈が無かった。でも、今はその気持ちがよく分かる。

母さんはあの時、アリシアの面影を私に重ねていたんだ。そして、私はアリシアの代わりだったんだ。でも、それでも私は構わなかった。母さんが初めて私をアリシアと呼び間違えた時からそれはなんとなくでも分かっていたことだ。母さんが望むなら、私はアリシアとして生きるべきなんだ。フェイトという人格は必要ない。それで私達親子がゆっくりとでも幸せになれるのならそれでいい。私さえ我慢していれば誰も傷つかない。でも…その願いは虚(むな)しく壊れてしまった…

そして母さんは狂って…いや…母さんを壊してしまったのは…この私だ…私のせいで母さんは壊れてしまったんだ…だから…

「行くよ…バルディッシュ…我を導け…アルフの元に…」

Yes, Sir…」

だから…私は魔道師が嫌いだ…魔道師なんかに…私はなるべきじゃなかった…

それが新しい自分を始めようとした理由だ。長かった冬の終わりに私は今、何を想い、そして何を願うのか。

もう、あの頃には戻れないのに…

喪(うしな)った欠片を、このままずっと無様に足掻(あが)いて探し続けるしかないのか。アルタナは私に何も語らない。



新暦77年2月3日 PM11:45 
首都クラナガン フリード北区16番街上空
 
何の当てもなく…糸の切れた凧のように私は深夜の街を彷徨(さまよ)っていた。天高く昇った三つ子の月たちが頭上で輝く。そろそろ日付も変わる頃だろう。バルディッシュが四方に飛ばしたエリアサーチに反応は全く無かった。全身から力が抜けていく。ひどく疲れていた。

「今日も…無駄骨、か…」

今までに何度となく、非常に弱いもののアルフの魔力反応を感じていた私はその度にこうして夜の街を徘徊(はいかい)した。アルフが少なくともこのクラナガン周辺にいることはほぼ間違いがない。でも、私の呼びかけに応じてくれたことはない。

お願い…帰って来て…これ以上、私を一人にしないで…約束した筈だよ…一緒にいるって…

ビルの谷間を抜けて街を一望出来る一際高い鉄塔の上に降り立つ。眼下で煌めく街の明かりに思わず飲み込まれてしまいそうになる。眩暈(めまい)がしそうだった。

私…何やってるんだろう…自分でも何がなんだか、分からなくなってきた…

今更ながら自分の存在の小ささ、弱さを思い知らされるようだった。僅かに街の明かりが滲(にじ)む。その時だった…

「動くな!そこの無許可個人飛行者!」

突然、私の背後から聞こえてくる声。

しまった…見つかった…武装局員か…

プレアデス事件で厳戒体制下にあるクラナガン上空は警ら中の航空機動隊所属の武装局員でひしめいている。アルフの姿を求めてたびたび飛んでいた私は何度も彼らに捕捉され、追跡されていたがその全てを振り切っていた。

それが私の心に油断を生んでしまったのか…現場を押さえられてしまっただけではなく、背後をあっさりと取られてしまったのは今夜が初めてだった。

「大人しくするならば命までは取らん…だが…無用な抵抗をすれば我が刃(やいば)の錆(さび)となることを覚悟せよ…」

今までの相手とはまるで違う。

この…研ぎ澄まされた気迫、そして背中に突き刺さる冷たい殺気…相手の捨て身を警戒しつつも一撃で相手を仕留める絶妙の間合い…

そのどれを取っても相手が相当の手練(てだれ)であることを示していた。少しでも不用意な動きを見せれば、一刀のもとに切り伏せられそうだった。

どうする…このまま逃げるか…いや、とても簡単には逃がしてもらえそうにない…最悪、一撃は覚悟しなければならない、か…

「ふん…お前が界隈(かいわい)を賑わせている噂のスピード狂か…空戦にかけては皆、腕に覚えのある航空機動隊が誰一人として追いつけず、いとも簡単にあしらわれたと聞いていただけに相(あい)見(まみ)えるのを楽しみにしていたが…実際に会ってみればやはりというべきか…まあいい…無駄とは分かっているがこれも役目だ。所属と氏名を聞かせてもらおうか?」

身分を明かせばあるいは…でも…

例え私が執務官だと言っても個人の無許可飛行の謗(そし)りは免(まぬ)れない。自分の使い魔が失踪中で、その捜索のお願いを局から一顧だにしてもらえず、自分で探していたとしてもだ。そんな個々の事情をいちいち参酌(さんしゃく)していては際限なく例外が増えていくだけ。それを秩序とは決して呼ばない。法とは元来、厳粛に執行されてしかるべきだからだ。

降伏か、抵抗か、その単純な二択から逃れ、第三の答えを求めるのは愚かと分かっていて尚、私は…悩みを拭いされない…それが私に返答を躊躇わせ、曖昧な態度に終始させる。

業を煮やしたのか…相手が僅かに間合いを詰める。緊張が最高潮に達しようとしていた。もはや猶予はない。


一瞬の隙が命取り…それがいつか…魔道師としての限界になっちまうぜ…


また…私は…魔道師なんか…魔道師になんか…なりたくてなったんじゃない…!

その瞬間、私は両手に握っていたバルディッシュの矛先をゆっくりと下ろしていた。一合も交えずに矛先を下ろすことは空戦魔道師にとって“不戦”、すなわち“恭順”を意味する。そして、相手を刺激しない程度に左手を肩の高さまで少しずつ上げた。それを認めた相手が驚く気配を背中で感じる。

これで後ろにいる人も安心する筈だ…

そう思った矢先のことだった。背後から大きなため息が聞こえてくる。思わず自分の耳を疑った。興を殺(そ)がれた、とでも言いたげな大袈裟な空気が漂って来る。全く予想外のこの反応に今度は私の方が驚ろかされた。

まさか…私が刃向ってくることを期待していた…!?そういえば…この魔力の感覚…

「シグ…ナム…ですか?」

直接、刃を合わせて切り結ぶ人間同士の戦いとは異なって、瞬きする間に勝負が決してしまう魔道師が互いに見えた場合、ほぼ全ての意識と感覚が相手の魔力の変化に集中してしまう。目に見える攻撃が現実とは限らないし、初見の相手ならばどんな手(例えばアウトレンジ)を使ってくるかも分からないからだ。正面切って顔を合わせない限り相手の声色など意識している余裕などない。

私は警戒しつつもゆっくりと後ろを振り返った。戦いの中に自分の尊厳を見出す古(いにしえ)の騎士とは異なり、勝てばなんでもありの魔道師でさえ既に矛(デバイス)を下ろしている相手に討ちかかるのはさすがに卑劣の極みとされている。

やはり…そこにはミッドの月明かりを鈍く反射する甲冑に身を包んだシグナムが剣(レヴァンティン)を中段に構えて立っていた。何に対する失望なのか…シグナムの目には明らかにそうした類の光があった。

「新年祭以来、夜更けにたびたび首都上空を無許可で飛び回る輩が現れるようになったと部下達から聞いていた。厳重な警備の網にプレアデスがついにかかったのなら勿怪(もっけ)の幸い、といったところだが…闇夜を切り裂く雷光の如くに鋭く、尚且つ目で追えぬほど速い、と口々に言う…話を聞けば聞くほどミッド随一の高速を誇るお前しかいないと思っていた…テスタロッサ…」

シグナムはため息交じりに自分の剣を静かに鞘(さや)に収めると、私を見る目を細めていきなり怒気を発した。

「いつまで切っ先を下に向けている心算だ!テスタロッサ!お前のそんな情けない姿など見たくもない!」

「あ、ご、ごめんなさい…!」

シグナムの一喝で逡巡(しゅんじゅん)から覚めた私は、まるで母親から叱られた子供みたいに慌ててバルディッシュの穂先を持ち上げた。
それでも怒りが収まらないのか、詰(なじ)るようなシグナムの視線が私に向けられ、そして、あの時(第二話参照)と同じ様にまたその視線から私は逃れようとした。

「ふん…相変わらず隠し事の出来ない奴だな、お前は…次元世界の秩序を自認する時限管理局の人間が法を犯すのは褒(ほ)められた所業ではないが…法は人々を不条理から救済すべきもので不当に縛り付けるものにあらず、よってすべからく(※ すべからく
= 当然の如く)人の善なるを頼(たの)みて寛大であれ、と古(いにしえ)のベルカでは説(と)いている。ミッド式ではなく、ベルカの古式に倣(なら)って今夜のことは不問としてもいいぞ?テスタロッサ…但し、事情によりけりだがな…」

「えっ!そんな…そんなことをして、もし局にばれでもしたら…」

「だから事情によると言っている…私の知るお前はみだりに世間を騒がせたりはしない。何か拠所(よんどころ)ない事情でもあるのだろう。違うか?」

「シグナム…」

「お前がこの一月の間、仕事を終えた後でずっと一人で夜中に何かを探し回っていたことは何となく想像がつく。こうして上で張っていればいつかお前と巡り合うだろうと思っていた。何を探していた?プレアデスを自ら追っていたのか?」

「ありがとう…シグナム…でも、事情を話せばきっとあなたにも、またはやてにも迷惑がかかります…だから…」

「だから…自分ひとりが苦しんでいればいい、か…?案外、お前も甘いな…テスタロッサ…」

「え…私が…甘い…」

「ああ…正直、張り倒してやりたいくらいにな」

シグナムの鋭い眼光に私はたじろいでいた。

「管理局が我が正義に相反するならば、その時は私が去ればよいだけのこと。さすがに主はやてが奉職しておられる局に刃(やいば)を向けるわけにはいかんからな…だが、私は私の正義(善なるもの)を信じている。万が一に我が騎士の剣に翳(かげ)りがあるならば、その時は他の騎士たちが私を誅(ちゅう)し、その不正を糾(ただ)せばよい。これが我ら(ベルカの)騎士の誓い、ミッドで言うところの“氷の血流”というやつだ。何を信じるか、あるいは信じるに足(た)るものとの巡り合いによって人の心とは強くもなり、また逆に弱くもなるものだ…信念ある者の刃は例え木切れであれ容易には折れぬ、とベルカでは言われている。テスタロッサ…今のお前は何を信じている?」

「わ、私は…私は…」

な、なぜ…?どうして…?どうして言葉が全く浮かんでこないのだろう…

「そうだろうな…今のお前に答えられる筈がない。分からなければ私が替わりに答えてやろう。お前は何も信じてはいない。家族も、仲間も、そして自分さえもだ!ただ一人絶望の淵に立って悩み…そして腐っているだけの堕落した人間だ!見下げ果てたぞ…テスタロッサ!!」

シグナムの辛らつな言葉に、たちまち私の血は逆流する。私は頬を紅潮させてキッとシグナムを睨み返していた。まるで子供だった。分かっていても抑えられない。

「言いたいことばかり…あなたに…シグナムに…私の何が分かるんですか!」

「ああ、確かにな…お前が何を考えているか、私に分かるわけが無い。それに分かるつもりもない。私は古い騎士だ。だから、お前やなのは、そして我が主が考えているような複雑で高尚なことはまるで分からん。だが、一つだけ私にも分かることがある。生きるとは迷うことだ。そして、その迷いを断つことが己を全うするということに他ならんということだ!」

カッと目を見開いたかと思うといきなりシグナムが踏み込んできた。
来る…

凍てつく夜を切り裂く鋭い切っ先が真一文字に奔る。私は後ろに下がって紙一重でそれをかわす。

「な、何をするんです!シグナム!あなた正気!?」

「構えろ!!テスタロッサ!!そして、その自慢の戦斧に力を込めろ!!」

「やめて下さい!シグナム!正気ですか!魔道師同士の私闘は禁じられているんですよ!」

「構えねば…貴様が死ぬぞ…テスタロッサ!!」

「私は…あなたと戦いたくないんです!」

「黙れ!!飛燕!!」

一気に間合いをつめてくるシグナム。そして、息をもつかせぬ上から下への袈裟切り。振り下ろされる刃を辛うじてかわしたものの、もはや次の一撃から誰も逃れられないことを私は知り抜いている。クロスレンジの至宝、シグナムの烈火の如き右左乱れ打ち。私の両側で激しく火花が散る。バルディッシュとレヴァンティンのしのぎ合いが夜空に流星雨を降らせてゆく。

「迷いは弱さ、隙に通じる!かつて闇の書事件でお前と幾度と無く切り結んだ時、お前の太刀筋には迷いがなかった!研ぎすまされ…澄んでさえいた!だが…」

鋭い左右への打ち込み、そして踏み込みと共に襲い掛かってくる突き、その全てが無言の内に真剣勝負を物語っていた。

「だが…今のお前はなんだ!!堕落も甚だしい!!その迷い…断つべし!!テスタロッサ!!しからざれば…ここで死ね!!」

足払いの次はいなす様に繰り出される小手打ち。まるで美しい旋律のように鮮やかに流れるシグナムの攻撃は、戦う相手すらも魅了してしまう、全く完成された恐るべき剣技だ。

「惰性で己が生を貪るなかれ!!テスタロッサ!!レヴァンティン!!」

Jowohl Herr Offizier!!」

Sir!! Give me order!!」

受けているだけでは必ず…やられる…打ち返せ…生きる為に…

「ハーケンフォーム!」

「遅い!!」


「緊急指令!!航空機動隊所属の局員が現在、フリード北区で不審な無許可個人飛行者と交戦中!!航空機動隊員、及び首都防衛隊は現場に急行されたし!!目標は16番街から8番街方面に向けて北進中!!」

「まさかとは思うけど…この交信の目標ってプレアデスちゃうやろな…おっしゃ!陸士特捜部八神班出撃や!ヴィータを前衛にしてザフィーラがバックアップ!私もリインと空に上がるよ?」

「はいですう!」

担当事件ではないとはいえ…首都の治安を騒がす不逞の輩に対して厳戒態勢を取るという、いわば消極的な意味での執務官への協力のために地上本部に詰めていた私だったけど…

何やろ…嫌な胸騒ぎがするわ…

暦の上で春が訪れるこの日、第五の事件が起こるかもしれない、とロッサに忠告されていた私は逸(はや)る気持ちを抑えるのに必死でした。

なのはちゃんとの約束の件もあるけど…今はフェイトちゃんを何とかすることの方が先決やね…それにしても何処いったんや、フェイトちゃん…全然綱がらへんやんか!何してるんやろ…こんな大捕り物になりそうな時に!

「ま、出掛けにうだうだと考えてもしゃーないわ!うちらも北区や!目標は8番街に向ってる!私らは10番街に検問を張って南側を封鎖!北からアプローチ中の(航空)機動隊と挟み撃ちするで!」

シグナムも…全然アカン…深追いするような単細胞やないシグナムが追撃の手を緩めんっちゅうことは…

「ホンマにこれはビンゴかもしれへんな。
ヴィータ!ザフィーラ!急ぎや!」

「おう!任せとけ!」

これは…ひょっとするとひょっとするかも知れへんで…

・ 



他の多くの次元世界でもそうだったように…

かつてミッドチルダも月の運行を暦として用いていた時代があった。文明の発達に伴って人々の生活の中心が農耕から工業へと変遷することで、人間の生活は時間に追い立てられるみたいに、まったく慌(あわただ)しくなっていった。いつの頃からか…その慌しさが人間に生きる意味を忘れさせ、そして噛み締める暇(いとま)さえも人々に許さなくなってしまった。

多分、世の中全てのものが素っ気無く、そして無機質なものに成り果てたのは、時間の概念が
”アルタナ(月)“から”アバロス(太陽)“の運行へと、つまり、人々の生活の中心が”土を耕す“ことから、より多くを生み出す”街での暮らし“へと移り変わっていったこととけっして無縁ではないと思う。

人々が”土“から離れていくと、錬金術と鉱山の街だったアルトセイムもまた、どんどんと廃れていき、そして忘却の彼方へと追いやられていってしまった。そんな時間の流れの中で…母さんと私が住んでいた”時の庭園“に巡礼に訪れる人もいなくなり、やがて人々から完全に忘れられていった。それは仕方がないことなのかもしれない。だって、人は生きなければならないのだから。

でも…何のために…私達は生きているんだろう…?

生きる為に“土”を捨て、そして神々への豊穣の祈りも捨ててしまった私達人間は…生きる意味を噛み締めることを、生きる為だと言って止めてしまったんだ…

その矛盾…その決して小さくはない、人々の営みによる歪み…本来、人々の生活を豊かにする筈だった“神々の火(知恵)”が、私達を無常なる時間に縛り付け、そしてありとあらゆる“災厄”を対価として私達人間は支払わされている…それでも尚、その歩みを緩めようとは絶対にしない。

人はどうしてこんなに苦しみ、そして足掻(あが)きながらも生き急ぐのだろうか…そして何故…私は今、戦うのだろう…?何のために生きようとしているのだろうか…?
 


新暦77年2月4日 AM 00:23 
首都クラナガンフリード北区8番街上空
 
日付はすっかり変わっていた。真ん中の月が天頂に達すると、それを境にして冬と春が入れ替わり始める。

もうすぐ…春が訪れる…

透き通った冷たい夜空に浮かぶ月の光は強くはないけれど、地上の全てを蒼白く染め上げるには十分だった。その月下で私とシグナムは激しい“つば競り合い“を演じていた。

「なんだ!その府抜けた一撃は!そんな鈍らでこのシグナムを倒せると思うてか!見くびるなよ!テスタロッサ!」

「あなたこそ!この分からず屋!さっきから挑発ばかり!手数よりも口数の方が多いんじゃないですか?」

「ふん!図星を突かれて逆ギレか!まるで子供だな!お前こそ喋っている余裕があるのか!飛燕…!!」

初手で組み合えば返す刀で繰り出される左右の打ち込みを防げない…さりとて…自分に振り下ろされる唸る魔剣を受け止めずにノーガードでかわすのは物凄く勇気が要(い)る…それ以前にかわし切れるとも限らない…上段あるいは中段から、いや、足元から斬り上げてくることだってある…

相手は他の誰でもない…ベルカが誇る“剣聖”シグナム…

型通りに斬ってくるとは限らない。いや…相手の僅かな眼の動き、肉の動きから変化自在に目の前で踊る切っ先。相手は無傷なのに…さっきから私だけが一方的にバリアジャケットを切り刻まれている。
これは当たり判定でポイントを奪い合う模擬戦なんかじゃない。互いの命を賭けた…真剣勝負…

この絶望感…昔と…観戦試合の時と全く同じ…あの時も絶体絶命の連続だった…

相手の足を止めるフォトン・ランサーが使えたあの時と今ではまるで戦う条件が違った。ここ、首都上空でさすがに魔弾の類や大技は使えない。フロントアタッカーに対してワイドレンジのオールラウンダーと言えば聞こえはいいけれど、それは言い換えればバランス型ということで何かに突出しているわけではない。シグナムのような打撃を得意とする術者相手にクロスレンジの討ち合いでは私に分がないのは自明だった。

「甘いぞ!テスタロッサ!」

上に来ると見せかけて…つ、突き!

わき腹を冷たいものが掠(かす)める。

「痛っ…つぅ……」

辛うじて二の太刀、三の太刀を跳ね飛ばして、再びお互いに間合いを取る。自分でも驚くほど息が上がっていた。

「ふっ…事務仕事で身体が鈍っている割りにいい動きをするではないか。並みの魔道師なら初手で撃ち落とされていただろうに…褒めてやるぞ、テスタロッサ」

「よ…余計なお世話です…」

「これだけ追い込まれても自棄(やけ)にならず…くそったれの局のルールを生真面目に守って魔弾を放ってこないとはな…そんなお前が…いや、だからこそ自分ひとりの殻に閉じ篭って悲劇のヒロインを気取るわけか…いい加減に目を覚ませ…テスタロッサ…」

「だ、誰が…ヒロイン気取り!これでもヒロインって言えるの!?はああああ!!」

今度は私から間合いを詰める。スピードで相手の隙を突く。手数で相手を上回れば、例え一撃一撃が強力じゃなくてもあるいは…

「見切った!一籌(いっちゅう)!」

完全に動きを読まれてる…

眼前に突きつけられた蒼白い切っ先、それから逃れるように私は再び間合いを開ける。そして、どんどんと距離を広げ、ほとんど遁走するかのように今度はその場を離れる。私はそのままぐんぐんと北に向けて飛んだ。

何に後ろ髪を引かれているのか…そのまま逃げ去るわけでもなく、風に弄ばれる木の葉か何かのように私は無軌道に北を目指す。後ろからシグナムが迫ってくる。

「何処へ行くつもりだ!!この期に及んで尚、不退転の決意で私に挑もうともせず、かといって魔道師としてのプライドを捨て去って逃亡しようともしない!!お前は…お前は何処に行こうとしているんだ!!テスタロッサ!!とって返せ!!」

「くっ…さっきから…私だって…私だって…」

分からない……何処に行くべきなのか……

「何?何をさっきからブツブツ言っている!!お前!!」

「もう…もう付いて来ないで下さい!!私にこれ以上、構わないで!!」

シグナムの鋭い斬り込みから逃れようとしているのか、それとも私に向って放たれる胸を抉られるような痛い言葉に耳を塞ごうとしているのか、自分が全く定まらない状態が続いていた。

距離を取れば投げ付けられる言葉に逆上し、数合打ち合ってまた距離を取る。追っているのか、あるいは追われているのか…

もう何もかもが滅茶苦茶だった…

「はっ!し、しまった…」

この時、私は自分が空も、そして地上も、完全に包囲されつつあることに気がついた。シグナムが言う通り、一心不乱に逃げ去っていればあるいは友誼に甘えて私とシグナムの間だけの問題として片付けることが出来たかもしれない。

もはや、ここまで公(おおやけ)になってしまってはシグナムとしても引っ込みを付けることは難しいだろう。

仲間も…家族も…そして自分さえも信じなかった私…取り返しの付かないことをしてしまったという自責の念…全身から嫌な汗が噴出し、後悔しても仕切れないほど、私の胸は張り裂けそうになっていた。

進退窮まりつつある私にシグナムが後ろから追いついてきた。

「おあつらえ向きだな…ヘタレたお前をうっかり斬ってしまっても処置が早ければハラオウン総監にも申し訳が立つかもしれん」

「どういう…意味ですか…?」

「お前の後ろに病院が見えるだろ…」

振り返ると、シグナムと出会ったあの鉄塔からかなり北にある筈の8番街のミッド中央病院が間近に迫っているのが目に入った。

「病院…ば、馬鹿にするのもいい加減にしないと…!ザンバーフォーム(※ 二刀)!!」

この一言で完全に私はキレてしまった。

「ははは!そうでなくては面白くない!最初からそうしていればよかったものを…少しは…らしくなってきたか?テスタロッサ」

「言うな!!」

「だが…少し遅すぎたな…我々はすっかり囲まれてしまったらしい。いかなお前でもさすがにこの強制結界をひとりで破ることは難しいだろう…どうやら決着をつけねばなるまい…まずは貴様の中の迷いを叩き斬ってやる!!」

カートリッジロード…本気だ…シグナムは次で決めに来る…!

「かわせるか…?我がベルカの秘剣を…炎環……必中……」

シグナムは剣を鞘に収めると腰を低く落として身構える。たちまち辺りの空気が張り詰めてくる。

い、居合い抜き…!?打ち込んで来いっていうこと…!?どこまで人をバカにすれば気が済むの…!!

以前の私なら…もしかしたらシグナムの言葉の意味を素直に汲み取れていたかもしれない。今はただ侮(あなど)られ、おちょくられているようにしか聞こえなかった。

それに加えて…
こうしてにらみ合っている間にも包囲網は刻一刻と小さくなっていくのが分かる。いやが上にも焦燥感をかき立てられる。

追い詰められたウサギは狼に立ち向かう(※ 窮鼠猫を噛む)、という言葉がアルトセイムにはある。

「退くも地獄…進むも地獄…同じ地獄なら…
押し通るまでだ!!」

「そうだ来い!テスタロッサ!貴様の本気、見せてもらおう!」

私よりも早く初手で決める心算か、あるいは受けた後で二の太刀を入れるのか…
いずれにしても…次で必ずどちらかが墜ちる…そう…必ずどちらかが!

全てを賭けるしかない。自分の全てを。悩めばそれだけ手が鈍り、躊躇(ためら)えばそれが必ず乗ずべき隙となる。精神の強さが勝負を決める。今の私にはこれ以上ないほど不利な条件だった。

最悪、平手(※ 相手と同条件)に持ち込まなければ…その鍵はやはり…スピードだ…

「いきます…シグナム…」

「いいぞ…その目…そして、その殺気…それでこそ…私が認めた相手だ…」

けたたましいサイレンやオートジャイロのローター音が私達二人に迫ってきている筈なのに静寂が私を包む。全てを賭ける…!この一撃に…!

「はああああああ!!!」

奔れ…!雷光の如く…!打ち砕け…!稲妻のように…!

「抜刀!!!必中!!!」
 
第八話 完 / つづく

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