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第七話 Furious (激情:後篇)

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新暦77年1月21日PM01:45
首都クラナガン中央区某ホテル内カフェ
 
ホテル内のカフェにあるケーキバイキングの会場には女性客の姿しかない。男性が入るとすぐに浮くような場所を選んだのも尾行を考慮に入れてのことだった。目の前に座っているなのはちゃんの心配そうな視線に気がついた私は視線をカフェ内からテーブルに戻す。

「でも…はやてちゃん、フェイトちゃんは本当にプレアデス事件や局の件と関係あるのかな?大体、フェイトちゃんって器用な方じゃないから基本的に無難な選択をするタイプだし…べ、別に疑うわけじゃないんだけど…組織をバイパスするとか、そういうギャンブルをするようなイメージがあんまりないというか…」

「事件発生と同時にフェイトちゃんが真っ先に電話してきたのは本当の話や。その時に、私らの間では上の方には事後承諾で済ますことにして、とりあえず火災から先にどうにかしようってことで話がついていたんや。でも、横槍が絶妙のタイミングで入って、そのことをフェイトちゃんに話したらちょっと慌てとったし、なのはちゃんが言う通りイレギュラーな対応をした事を確かに後悔しとるような雰囲気やった…でもな、“公式”にはまだ誰も知らへん状況で、何で陸士部隊の上にいきなり手が入ったんやろね?(盗聴)デバイスの発見が結果論なのは認めるけど」

「そっか…確かに不自然だよね…二人の間だけの内緒話の筈なのに…あっ、でもフェイトちゃんが実はもう誰かに話してたとか」

「事件発生と電話の時間を考えてそれはないな。裏話が発覚した後、私はフェイトちゃんに公式ルートを使ってわざと支援要請を提案させたんや。案の定、速攻で却下されたけどな。この時点では盗聴器の主が“リク”なんか、執務官筋なんかよく分からんから相手の反応が見たかったんやけど…肝心のフェイトちゃんがテンパってたから上手くいかへんかったわ。だからちょっと私から仕掛けてみたんや」

「仕掛けた?何かしたの?」

「今日、局の外でフェイトちゃんと私らで会おうかって話をした途端に邪魔というか、意地悪が入ってフェイトちゃん来れへんようになったやろ?」

「ま、まさか…はやてちゃんの部屋で私達がさっき話したからフェイトちゃんが…」

「その通りや。そもそも現場がまだ鎮火もしてへんのに捜査に集中とかアホやろ…会議中のフェイトちゃんの封じ込めを適当に理由並べて瞬時に対応出来るのは盗聴に関わっている人間以外にありえへん。もうこれで執務官の上層部がかなり裏で積極的に動いていることが明らかになったちゅうわけや。私の部屋を盗聴しているのもこいつらと考えてまず間違いない。まあ、局の執務官筋から個人的に恨まれる覚えはないから…やっぱり、私となのはちゃんとフェイトちゃんの三人が繋がることをめっちゃ警戒してるんやろね」

「そんなのおかしいよ。私達が仲良くすることがどうしてそんなに問題になるの?だって私達は友達だよ?」

「それは…私らがレジアスのおっさんを潰した元機動六課の中枢やからおっさん…や…」

「レジアス…
JS事件で戦闘機人開発に関わっていた…」

「ま、世間様はどうやら私らを“か弱い乙女”とは見てくれへんみたいやわ…確かに、私らには“中将潰し”の前科があるし、次元艦隊司令のクロノ君や査察部のロッサ、そして聖王教会にもコネがある。更に、局内随一の豪腕魔道師、高町一等空尉も復帰…局の幹部連中はこのタイミングで私らに動いて欲しくないんやろ…色々とな…」

「で、でも…私達は偉い人の権力争いなんかに興味なんか無いよ?私は一人で悩んで苦しんでいるフェイトちゃんを助けたいだけなの。それは友達として当然じゃない…」

「その当然を当然とは考えられへん輩もおるんや…なのはちゃん…さっき、私が事件の中心にフェイトちゃんがおる、て言った話と上の方の過敏な動きがここで一つに繋がるとおもわへんか?」

「え…それはどういうこと?」

「ここからは私の推測が入るけど…プレアデス事件のゴタゴタを利用して局の弱体化を図る地区政府と局のお偉方との綱引きには局の分離分割議論の他にもう一つ側面があるねん…それは管理局トップの現局長の任期切れが近いってことや。今、上の方で繰り広げられているパワーゲームの正体は次期局長レースなんよ。権力の座が懸(か)かっているデリケートな時期に上が恐れることは主に二つある…」

「二つ?」

「一つはスキャンダルの発覚。女、金は言うに及ばず、上り詰めようとしている人間は少なからず無理を押し通しているもんや。時にはその無理が高じて好ましくない人間とのお付き合いや裏取引など、まあ一言でいうと犯罪に手を染めているケースも少なく無い。一つの事件を追っている時に芋づる式に周辺の不祥事が発覚する事例は過去にも仰山(ぎょうさん)ある。“プレアデス”がもし、何らかの形でお偉方の不祥事と接点を持つなら、それを警戒するのは当然やろ?こんな時に自分達の意のままにならない…言ってみれば、元機動六課みたいな融通の効かない連中は危険視されるっちゅう寸法や…」

「そっか…だからはやてちゃんの部屋に盗聴器を仕掛けたりしてるんだ…でもどうしてフェイトちゃんだけを狙い撃ちにしているの?私達が連絡を個人的に取り合うことまではさすがに防げな…あ…」

「そうや…物心両面から追い詰めてフェイトちゃんを孤立させて“穏(おだ)やかに”人質にする意図か…あるいはフェイトちゃんそのものが“歩く証拠品”なんか…さすがに今はなんとも言えへんけど、どっちにしてもえげつない事には変わりない。さすがの私もこれは引くわ」

「じゃ、じゃあ…はやてちゃんはフェイトちゃんのことを…」

「当たり前や。私は飽きっぽいからいつまでも同じことでプリプリ出来へんて…あくまであの場では私ら三人の心がまだバラバラになってると相手に思わせるためのお芝居や」

「さ、さすがはやてちゃんだね…策士だね…御褒美にこのババロアあげよっか?」

「殴るよ?なのはちゃん…ま、それはともかく、私ら三人の連携を妨害する以外にフェイトちゃん自身が何か鍵を握っていないと今の状況は辻褄(つじつま)が合わへん。消去法的にフェイトちゃんは事件の中心におると私もロッサも考えてるんよ。あと…ちょっと政治的な話で趣向が変わるけど、向こうがフェイトちゃん絡みで気にしているのはリンディさんの存在やろなあ…これはガチや…」

「リンディさんを?ど、どうして!?」

「それはリンディさんが総務総監という局の要職に就いているからや。本人にその意思がなくても局長ポストを十分に狙える位置にあるし、歳が若いとは言っても実績、人望人脈的に考えても他の幹部連中に較べて頭一つ抜きん出てるんや。地区政府と古参組との折り合い如何によっては何の利害関係もないリンディさんがひょっこり局長をご執政から拝命することだって十分あり得るんやで?」

「あ、あの…り、リンディさんが…き、局長!?うそ!!ふええ!!」

「自分…リンディさんをどう見てるんや?ただの甘党やと思ってるやろ…天然っぽいけど、どうしてどうして…大したタマやでえ、あの人は…」

「だ、だって…玉露(緑茶)にお砂糖はあり得なくない?フツー…」

「ほな、世の中の抹茶ミルクを自分はどう説明する気や…ま、それは置いておいてやね…その愛娘が執務官として局に出入りしてるわけやから、現執務(官)長総監閣下様に何か後ろめた~いことがあれば勝手に妄想を膨(ふく)らませて、リンディさんとフェイトちゃんの筋を警戒する心理に陥(おちい)るのは人情や。そう考えるとやね…フェイトちゃんにプレアデス事件を担当させたのも打算の結果やと思う。犯人確保に成功すれば
JS事件の主犯格確保の件とあわせて局長レースを執務長一派が優位に進めることを考えるやろし、逆にフェイトちゃんが失態を犯せばそれをリンディさん追い落としの口実にも出来る…今回の事件では局の広報体制立ち上げが妙に鈍足やったのも何か意図を感じるし、怪しげな工作員を使ってリンディさんとフェイトちゃんの間にも離間策を打つ可能性も懸念されるわけや…」

最有力候補はあのクリスマス・イブの日に見かけた後頭部の薄いおっさんやけど…今、フェイトちゃんに袖にされたなのはちゃんにイブの話を蒸し返すのはちょっとまずいやろな…

「そんな…親子の仲まで割(さ)こうとするなんて酷いよ…あんまりだよ…リンディさんはフェイトちゃんのことをあんなに想っているのに…」

「ま、まあ…今、ロッサが離間工作の工作員になりそうな人間の特定作業をしているところやけど、まだ具体的に証拠が上がってへんからこの話もあくまで私の推理の域を出えへん…問題は色々な行き違いもあったせいでフェイトちゃん自身が相手の心理作戦にかなり呑(の)まれてしまってることや…とは言っても…相手に気取られずにフェイトちゃんの目を覚せるのはちょっと至難の業やね…何かええ方法があればいいんやけどなあ…」

「はやてちゃん…私にいい考えがあるんだ。多分、この方法なら他の執務官たちに気取られずに上手くフェイトちゃんとコンタクト取れると思うんだ。それは私に任せてくれないかな?」

「え?ど、どうするつもりなんや?なのはちゃん…分かってると思うけど元六課の隊長、副隊長陣は完全にマークされてるからアカンよ?それからユーノ君もアルフもアカンで?」

「分かってるって。にゃはっ」

「…そっか…敵を騙すならまず味方から、やな…分かった。その件、なのはちゃんに任せるわ。私はあえて聞かんとこう」

「了解。でも…本当に酷いよね。そんな下らない権力争いに余計なエネルギーを使うから捜査がロクに進まないんだよ…六課の時みたいに事件に集中する環境を整えることを考えるべきなのに…本当に頭にくる」

「そうやな…そう思っている人は私らだけやないと思う…ちょっと心配なのは確かに上の連中は腐ってるけど、そんな腐った連中のために高い志を持った若い人達が暴発することなんや…まあ、具体的にそんな兆候が見られるわけやないけどね…杞憂やったらええんやけど」

「そうだよね…その気持ちは分かるかも…一般市民にも多くの犠牲者が出ていることを考えるとなんか、同じ局の人間としてやるせないというか…やっぱり頭にきちゃうし…」

「でもな…多分、民間人への被害が右肩上がりという今の状況は腐ってる方々にとっても誤算になってると思うで?」

「誤算?ホントに?なんでそう思うの?」

「うん…まず、プレアデスは当初、単なる愉快犯やと思われていたんやけど、どうやらかなりガチな類の犯罪者というのが一つやね。それから、予想外に捜査が難航して地区政府が局長人事に介入する懸念が生じたこと。これがリンディ局長説を懸念する気持ちに拍車をかけてる。そして、最後に隠し通したいスキャンダルを嗅ぎ回りそうな輩が現れた事、やろな。つまり…これは上が恐れる二つ目のものに通じる話でもあるけど“風聞”というやつ」

「風聞?噂ってこと?」

「そうや。こっちの方は手前味噌なスキャンダルとは似て非なるものやけどね。人の評価は“噂”にかなりの部分を左右される。せやから地位が上がれば上がるほど単なる“噂話”も“陰口”もどんどん見過ごせなくなっていくんや。根拠の有無も関係ない。当事者が疑心暗鬼に駆られてる訳やから。まあ、こうなってしまうと一種の狂気に近いけど」

「へんなの…他人の噂話とか評価なんてコントロール出来るわけないのにね…そんなものを気にするくらいならしっかりと仕事をして評価を受けることを考えればいいのに」

「なのはちゃん…職務に命を賭す覚悟のないハンパな権力者ほど、世間の人が“そんなアホな”と思うような笑い話みたいなことに必死になるもんやし、それに…他人から奉(たてまつ)られることになれてしまった人間は、自分の手を汚すことも努力をすることも厭(いと)うようになるもんや…毒を喰らい過ぎて飲み込まれてしもうた典型的な人間の末路(まつろ)やね…さてっと、いい加減に局に戻らなアカンな…おなかも一杯になったことやし…」

「あ、もうこんな時間だ。ヴィヴィオをユーノ君に預かってもらってるの。早く迎えに行かないとまたご機嫌が悪くなっちゃう」

「あの、なのはちゃんな」

「え、な、なに?改まちゃって…」

「私と約束してくれへんかな?なのはちゃんの力が必要な時が来たら必ず伝えるから…その時までプレアデスの件の一切は私に任せてくれへん?これは…真剣なお願いなんや」

「はやて…ちゃん…」

「私を信じて欲しいんや。必ずフェイトちゃんのピンチを助けてみせる。せやから…なのはちゃんは…」

「分かってるよ。はやてちゃん。私もはやてちゃんを信じて待ってるよ。でも、必ず呼んでね。時が来たら…必ず…」

「分かった…約束や…」

こうして私達はホテルの前で別々の方向に分かれていった。だんだん小さくなっていくなのはちゃんの後姿を見送る私の心は何故か細波(さざなみ)立った。

ロッサには止められていたけど…私は賭けたんや…私達三人のお互いのことを想う気持ちに…

果たして、それが正しいことだったのか、あるいは間違っていたのか、今の私には分からなかった。

それでも…信じたいという気持ちがあるんや…人は人に裏切られる…でも人を信じられへんようになったら、一体世の中の何を信じるっていうんや…そこにあるものは絶望だけやろ…

忙(せわ)しく行き交う人の波に紛(まぎ)れて、私達のお互いの姿はいつの間にか見えなくなっていた。



同日。PM05:15
ミッドチルダ首都クラナガン時空管理局地上本部内
 
「シャーリーさーん!」

「あら、ティア、どうしたの?」

「さっきまでそこの自販機コーナーの前で同期の子と休憩してたんです。そしたらシャーリーさんが通りかかるのを見かけたものですから…へへへ、あ、これ!頼まれていた捜査資料の整理やっておきました」

捜査本部近くの自販機コーナーでシャーリーさんを待ち伏せしていたのには理由がありました。

「ええ!?うっそー!?マジっすか!?あれだけの量があったのにもう終わったの?どうもありがと!すっごい助かるわ!それにしてもティアは本当に仕事速いわね!」

「いやあ!これくらい超余裕っすよ!はっはっは!」

「まだ余裕があるなんて…驚いたわ…じゃあ今度、新型デバイスのデータ整理の手伝いもお願いしよっかしらん!一人で大変だったのよ」

「へっ?あ、ははは…ま、任せてください…」

軽く死ねるわ…それ…済みません、シャーリーさん…実は格好つけただけでもう限界っす…

「大丈夫なの…?ティア…なんか、目が血走ってるけど…」

「え?私ですか?ぜんっぜん大丈夫っすよ。あれ…?
3メーター先に積まれてあるのって布団ですか?」

「…いや…この前解決した次元犯罪
306号事件のダンボールの山だと思うけど…げ、幻覚も見えてるみたいだし、今日は早く帰ったら?それに来週はいよいよ補佐官試験だしさ…体壊したら元も子もないよ?」

「は、はい…そうします…」

人間は
3日くらい寝なくても大丈夫だと思っている私(ティア)ですが…さすがに5日間の合計睡眠時間が10時間を切る勢いっていうのはヤバかったかもしれない…

「そんなことより…今日の捜査会議って超長くなかったですか?やっぱり一昨日の旧暦のお正月
(1/19)に発生した第四の事件のせいですよね?捜査員の方からちょっと会議の噂をと聞いちゃったんですけど…何か相当荒れたみたいですね?」

「あら、耳が早いのね…その通りよ…今日はわざわざ部長執務官がいらしたのよ。まあ首都で連続テロが起こってるんだから仕方が無いといえば仕方ないんだろうけどね」

「ぶ、部長執務官!めちゃくちゃ偉い人が来たんですね。私にとってはほとんど雲の上の人っていうか、なんというか…うっわ…考えるだけで気が重いなぁ…それ…」

本局の執務部は執務(官)長(総監)をトップとして以下、執務次長(副総監)、部長執務官と続いて執務官、補佐官という絶対的な組織ピラミッドが構築されている。ちなみに執務官とは執務正、主席執務官、主任捜査官たる執務官、三職の総称でもある。これマメな。

「ホント嫌な奴なのよねえ…あのハゲ…バナナの皮でも踏んで薄い後頭部を強打してゲロ吐いて死ねばいいのに…」

「えっ?ええ!?シャ、シャーリーさんも言う時は言うんですねえ…ちょっと意外だなあ…あははは…」

こ、こええ…人懐っこい筈のこの人が笑顔で言うと破壊力ぱねぇ…

「そう?所轄と捜査本部の全員が同じことを思ってるわよ。間違いなく。だって、本来なら主席執務官と執務正が怒られるべきなのに二人とも自分の派閥の人間だから、捜査主任のフェイトさんを罵しるだけ罵って帰って行ったんだから。ホント、何しに会議に顔出したんだか分からないよ」

「は、はあ!?なんなんですか!それ!個人攻撃もいいところじゃないですか!!くそ…ふざけやがって…」

「あのハゲは発破をかけに来たって感じだろうけど逆効果もいいところよね。全く手がかりも残さずにあれだけの規模の破壊工作をあっさり起こす相手なのよ?信用出来る目撃情報も一切なし。正直、誰が担当でもお手上げよ…そんな絶望的な状況なのに今日まで心が折れずに捜査本部のみんなが頑張ってこられたのもフェイトさんのフォローのお蔭なのに…その人を吊るし上げるなんて百害あって一利なしね…」

許せなかった…髪の毛の一本一本に至るまで怒りでピリピリしているのがわかる…

何の後ろ盾もコネも無い、凡人のこの私にフェイトさんは最難関キャリアに挑戦するチャンスを与えてくれた。その恩人だからってだけじゃない!上の奴らの意図は明白だ!

フェイトさんを人身御供(ひとみごくう)にして自分の保身に走る連中に虫唾(むしず)が走っていた。

「だいたいこれだけ大きな事件を執務官だけで捜査するってのがぶっちゃけあり得ないですよ!!機動六課みたいにどうしてウチの上は各部局と連携してタスクフォース型の合同捜査本部を作らないん…フガッ!?」

「しーっ!ちょっとティア…!声が大きいよ…!ここは局の中なんだから滅多なこと言わない…!上に睨まれでもしたらティアの夢が果たせなっちゃう…!」

「で、でも…私は納得出来ません!個人を犠牲にして保身に走る組織は傷害、いや下手をすれば殺人教唆も同然じゃないですか!」

「!?」

先にキレた者勝ち、という言葉がある…この時の私がまさにそれだった。言い換えれば、清々しいほど周囲の状況が見えなくなる。自分の怒りが抑えられないために私はシャーリーさんも実は優しい笑顔の影で自分の感情を押し殺していたことに気が付かなかった。

私以上に怒り狂っていたことに…

「私もティアと同じ気持ち…フェイトさんも各部局を横断させる捜査体制を構築したいのは山々なんだけど、上の方が妙な縄張り意識を持っちゃってて何としても犯人を私たち執務官の筋で確保しろの一点張りなのよ。ムカついちゃうけど」

「は、はぁ!?縄張りとか…なんなんですか!?それ?」

「多分、次期局長の席を大ボス(執務官長)が狙ってるからだと思うわ。
JS事件の主犯格(スカリエッティ)をフェイトさんが抑えたものだから二匹目のドジョウをウチで狙ってるんじゃないかしらね。そうすれば“PT事件”と“闇の書事件”を解決したリンディさんに実績面で対抗出来るってわけね」

「ちっ!心底腐ってやがる…だいたい機動
6課ではみんなのお手柄だって八神部隊長も仰ってたのに…」

「そういう考え方が出来る人の方がむしろ少ないんじゃないかな。役人なんてだいたい業績の取り合いをして出世競争で相手を蹴落としていくのが普通だし…八神部隊長やなのはさん、そしてフェイトさんみたいな人たちは局では天然記念物みたいなものだと思う。そういう意味ではティア達は本当に幸運だったと思う…」

「え?幸運?私達がですか?」

「そうよ。だって機動
6課っていう最高の手本を頂いたんだから。そんな一生の規範になるようなお手本に定年するまで巡り合わない人だって組織の中にはたくさんいるんだよ?汚れて、腐りきっている世界に放り込まれてしまって、そこで生きるしかない人は生き残るために仕方がなく自分も汚れるしかない…愛する家族を守るために…そういう巡り合わせもね、運命だと思うの。ティアはその幸運をいつまでも大切にするべきだと思う」

シャーリーさんの静かだけど心に朗々と響くこの一言…これは組織の中で生きる人間にとっては途轍(とてつ)もなく重たい言葉だった…

そうだ…誰だって最初から悪人になろうと思っているわけじゃないんだ…みんな正義の味方に憧(あこが)れたり、果たしたい志や夢があって局(組織)の門を叩くんだ…
時空世界の法の番人を自認する管理局員であっても犯罪に手を染めてしまうケースは個人、グループに限らず枚挙(まいきょ)に暇(いとま)が無い。

執務官なんてその典型だ。試験科目を見るだけで思わず逃げ出したくなるような難問の試験に、血の滲(にじ)むような努力をしてパスして来た人たちばかり。そんな人達でも容易にダークサイドに堕(お)ちていく。捜査資料を一枚捲(めく)る度に、如何に一人ひとりの人間が弱くて、そして如何に一人では生きられないか、そのことを雄弁に私達に語りかけてくる。

もし…自分を守ってくれる人に出会えなかったら…与えられた運命に抗う勇気を持てずに…暗闇の中に堕ちて行くしかない…それが人間の弱さ、なのかもしれない…

確かにシャーリーさんの言う通りだ。私だけじゃない。スバルやキャロやエリオだって…みんな、なのはさんやフェイトさん達にずっと守られてきた。一方的に枠に嵌められて有無を言わさず個性を潰されるようなこともなく、私達は伸び伸びとやってこられたんだ。誰かがピンチになれば必ず手を差し伸べてくれる仲間がいた。

そんな人に巡り合う事もなく逝ってしまった兄のことを思うと…私は本当に…
だから…余計に悔しいんだ…守られていたから…守られるだけの自分が心底情けないんだ…

強くなりたい!私は!自分を守ってくれた人を…私は…もう二度と失いたくないから!!

「私も早く捜査会議に出られるようになりたいです…そして早くシャーリーさんやフェイトさんのお手伝いが出来るようになりたい…会議への出席も許されない今の自分がホンッと悔しくて…情けなくって…」

涙が目に沁みる…痛い…痛すぎる…

砂漠みたいに乾ききった眼が焼けるように痛い…心が痛い…鼻の奥が痛い…喉が引きつって痛い…嗚咽を噛み殺す顎が痛い…必死になって怒りを堪える拳が痛い…そして、私の大切な人たちが傷ついていくことが何よりも痛い…

痛てぇから…私の涙は自重せずにますます出てきやがるんだ…これは絶対に私のせいじゃない…私が悪いんじゃない…全部、この痛みが悪いんだ…

「ティア…私やフェイトさんを手伝いたいなら次の補佐官試験をパスすることが何よりのお手伝いになるよ。事務官じゃなくて補佐官になれば捜査にも参加出来るようになるし、会議にだって出席できるようになるんだから。物事には優先順位っていうか、プロトコールってやつがあるんだよ」

「プロトコール…ですか…?」

「そう。序列よりもニュアンスは弱いんだけど、物事が円滑に進むための守るべき順序っていうやつかな。例えば一つしか空いていない待合室の席を同じ譲るならお年寄りとか体調の悪そうな人に譲る、みたいな感じ」

「つまり…その場の空気を読む、みたいな?」

「そうね。時には無理を押し通すことも大切だけどそれはここぞって時まで切り札として取っておくべきもので、四六時中、自分のやりたいことを押し通していると世の中が無茶苦茶になっちゃうでしょ?それは結果として自分もダメダメになっちゃうことになるから」

「そうか…そうですよね…焦って順序を違えてしまったら元も子もありませんよね…また、私…暴走するところでした…すみません…」

「そんなに気を落とすことないって、ティア。だって…オッサンになってもその辺のことがまるで分かってなくて強大な権力を傘に着て自分のことしか考えないバカは多いんだから…ホントに…ウチ(時空管理局)がいい見本だよ…いっそのこと一度壊れてしまえばいいんだよ…こんな贅肉の付きまくった組織は…」

「シャーリーさん…」

その刹那…私はほんの一瞬だけ見た気がした。奥底に潜む烈火の様なこの人の怒りを。

「ねえ…ティア…」

「はい、なんですか?」

「ティアは天上のプレアデス七姉妹の伝承を知ってる?」

「え、えっと…中学の時に古典の教科書の題材になってたような気もするんですけど…ぶっちゃけ私も国語の成績ボロッボロだったんで遠い昔に封印してしまって…」

「プレアデス七姉妹はね、雷神フォノンと美の女神ヴィルヘミナの間に儲けられた女神たちのことで姉妹はやはりそれぞれ古代ミッド神話に出てくる神様のお嫁さんになっているの。だけど末娘だけはヒマノス、つまり現代ミッド語でいうところの“人間(
Human)”の男性との恋に落ちて神格を捨て去って地上にやってきたとされている。つまりヒマノスとフォノンの末娘がある意味で人類の始祖でもあるわけ…」

「あ!それって親に結婚を反対された男女が駆け落ちするってやつですよね?何か思い出してきましたよ!よくオペラとかミュージカルとかの題材になってますよね?“名も無き乙女”ですね?恋に身を焦がして全てを捨て去るとか…ロマンチックっすよねえ…」

「う、うん…そうなんだけど…その末娘がね、神々が隠し持っていた火を盗んで地上にもたらしたお蔭で人類は魔法と科学の源となる“知恵”を手に入れたとされているの。“火”は“知恵”と“力”の象徴でまたデッキの状況によっては“暴力”と“呪い”という逆説的な意味を持つわ。だから科学が暴走すれば“大いなる暴力”となって世界を滅ぼすといわれ、魔法の暴走はすなわち“呪い”をもたらすといわれているでしょ?」

「“力”の暴走の果てに生まれたものがロストロギアだったりするんですよね?なんか…すごいよく考えられてるっていうか、完成されてますよね?ミッド神話って…ベルカの聖王伝承は何か色々な逸話のオムニバスって感じでちょっと統一感に欠けたりしますけど…」

「ベルカ伝承と古代ミッド神話はちょっと単純に較べられないよ?こんな話を聞かれたらユーノ先生に怒られちゃうかもだけど…いずれにしても神ではない人間が神の独占物だった“火”を手に入れたから“科学”と“魔法”が地上で生まれたんだけど、それらの行使のために“災厄”という対価を人類は神々から要求されるようになったのよ…それが災害、戦争、疫病、あるいは人間の嫉妬など、あらゆる不幸の始まり」

「シャーリーさん!すっごい詳しいですね!もしかして古典得意だったとか?」

「得意ってほどじゃなかったけど…ちょっと…その…勉強したから…」

「へぇ…へぇ…へぇ…」

「私ね…初めはただの悪戯だと思っていたんだけど…このプレアデス事件って…今にして思えば古代ミッド神話の天上の七姉妹の伝承に忠実に倣って起こされているような気がしてならないのよね…」

「え?それは…どういうことなんですか?」

「犯行声明や予告が全て
Dear Fと呼びかける体裁を取っているのはひょっとしたら…愛してはならない人を一途に愛してしまったがために天上から追放され、神格、つまり神としての名前を奪われて人間に身を窶(やつ)したフォノンの“末娘”をプレアデスが探すためなのかもしれない…」

「ま、まさか!幾らなんでも神話はただのお伽話ですよ?だって私たちがどうして魔法を使えるのかってことですらちゃんと証明されてるんですよ?」

「もちろん、私だって全て神話で片付ける心算は無いけど…でも、何かそんな気になる時があるんだ…あとね、雷神フォノンは既存のものを破壊して無の状態を作り出す、つまり再生を司る神でもあるの」

「再生…ですか?」

「そう…すっかり堕落して汚れきってしまって…もう自浄も全く望めなくなってしまったどうしようもない汚物を聖なる雷で破壊して、主上なる神が“新しい息吹”を吹き込む露払いの役目を果たすの…今の腐りきった時空管理局を潰すためにプレアデスを名乗る犯人が一連の事件を起こしているのかもしれないじゃない?そう考えるとね…何か…悪いことじゃないんじゃないかって思っちゃう時があるの…もしかしたらこれは天啓なのかもしれないよ?」

「て、天啓!?何を言い出すんですか、シャーリーさん…相手は時空世界開拓史上の最悪の次元犯罪者ですよ?あのスカリエッティ一味の時ですら一般市民の犠牲者は数十人規模だったのに…一昨日発生した四件目を含めて既に死傷者は
300名に迫る勢いですよ?幾らなんでもそれを天啓だなんて…」

「そ、それは確かに…お亡くなりになった方と遺族の方々には本当にお気の毒だと思うけど…でも…」

「ウチの上が腐りきってるのは分かってます…だから八神部隊長も六課みたいに自分の部隊を持って悪しきを正そうとされたんだと思います…でも…これは神様の啓示なんかじゃありません。犯罪です。ただの事務官の自分が…こんなことを言うのは…生意気かもしれませんが…私は世の中の悪弊を取り除いてあるべき姿を取り戻すのは、やっぱり私たち人間の責務だと思います!例え、この世の全てが絶望的に腐っていてもです!諦めてはいけない!人は弱くて必ずブレてしまう!故に“法の精神”がある!ミッドの法には“氷の血流”が宿ると言われています!“氷”は“情緒に流されてはならないという戒め!”血流“は絶えず進化し続けよという”慢心への戒め“!私も…私の兄も…執務官のエンブレム”炎の刃(必罰)と氷の盾(自制)“を目指しているんです!信じてるんです!神ではなく人間を!私は!だから…」

「ティア…」

「だから…プレアデスはどこまで行っても忌むべき犯罪者です…理由はどうあれ合法的な改善の道を選ばない者は例え信念があろうとも、心情的に
99%正しかったとしても、私は絶対に逮捕します…例えそれが自分のかけがえのない人であったとしてもです…法に…私の正義…氷の血流に基づき逮捕します…それが私の…執務官として目指すべき道ですから…」罪と罰・・・

「今の気持ち…とても立派だったよ?ティア…」

「あ、ご、ごめんなさい!私何言ってるんだろ…」

「フェイトさんからティアの口頭試問の練習に付き合うように頼まれていたけど、もうティアには練習なんて必要ないみたいだね…なんか…履修生時代を思い出して…感動しちゃった…わたし…今みたいに自信を持って答えれば絶対大丈夫!そうだよね…ティアの言うとおりだよ…自分ではどうしようもないことをくよくよ悩んでも仕方が無い!試験まであと一週間だぞ!さあ勉強!勉強!」

「わっ!ちょ、ちょっと!?シャーリーさん…お、押さないでくださいよ!」

人はみんな…それぞれの道を歩んでいく…全く同じ道(人生)を進むことは出来ない…だから、自分が信じた道を進むべきなんだ…例えそれがちょっと悲しいお別れをすることになるとしても…

それを決して後悔してはいけない…

時間は元に戻せない…後戻りはもう出来ないんだから…歩いた先に何が待っていようとも…運命(
Fate)からは逃れられない…だったら…自分が信じた道を行くだけだ…ただそれだけ…


第7話 完 / つづく

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