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【萌芽大輪篇】 第一話 

旅は道連れ、世は・・・




 

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 すべての命が大地で生を受け、雨で喉の渇きを潤し、知恵で寒さを凌ぎ、そして土に還ることを繰り返す世界があった。そこに森羅万象の神が降り立たれて“人”という新しい命をお創りになった。
 
 人はやがて自らを“賢者(フェルマ)”と名乗るようになり、自らの住まうこの世界を“楽園(アストア)”と呼ぶようになった。古の国アストアと、その文明を拓きたるアストア人はこうして生まれ、やがて、その記憶は“灼熱(サラ)()業火(ンダ)”と共に忘却の彼方へと消え去っていった。

 アストア人が古の民と成り果ててより千年、再び神はこの世界を訪れになり、今度は我々の父と母なる人をお創りになった。しかし、世界の全ては古の民が残した灼熱の業火に包まれており、あらゆる命を忽ちの内に焼き尽くした。七度目に神はとうとう父と母なる人に“()()息吹(ジスト)”をお授けになり、父と母なる人は牙の息吹を大地に吹き掛けて荒れ狂う業火を鎮め、ようやく世界を統べることが出来た。この時、炎と氷の交わる場所に大いなる海原が生まれ、いまだ冷めやらぬ残り火は”夏“となり、絶え間なき鎮火の息吹は”冬“となった。
 父と母なる人より生まれし子なる我らは自らを“愚者(フルス)”と名乗り、愚者たる我らはこの世界を“試練(アル)()()”と呼ぶのである。
 
神秘聖典 創世の章

第一話 旅は道連れ、世は……
 
 
 南北に長い国土を持つガルマニアは北を絶えず流氷が流れ着く“牙の海”と、南を天嶮のユーテシア山脈と面し、さらに、西は重農国家アルガルス、東は鋼の国ロメリア、南はユーテシア山脈を隔ててヴェストリア帝国と境を接していた。

 この広大な大陸のどこに何があるのか、その全てをこの世界に住む人々はまだ知らない。
 
―――ルタニ―――

 その沃野はまるで父なる国を真一文字に横断するように走っている。痩せた土地が多いガルマニアにおいて唯一と言ってもいい穀倉地帯である。ルタニとはガルマニアの言葉で“(へそ)()”を意味する。文字通り母なる大地と子なる民を繋ぐ生命線であった。
 
 ルタニの平野はかつて世界全体が“牙の息吹”によって生まれた分厚い氷河に覆われていた時代に、大地がこの“天然の鋤鍬”でじわりじわりと平坦に削りとられることで開墾された、と言われている。この話は、大陸で広く信仰されている神教(※ 森羅万象の神を主神と宗教で万物には神の御遣いが宿るとされる)から派生した“神秘派”の聖職者たちによって盛んに喧伝され、この頃では毎日に飽き足りている新しい物好きな貴族たちが集まるサロンなどですっかり市民権を得ていた。最初は神教の宗主である教皇から異端的な説と見なされたのだが、世界を二分して争われた8年戦争後に教皇府の権勢が弱体化するや、各地で爆発的な広まりをみせていたのである。もっとも、秋に麦を蒔き、冬に麦を踏み、春に牧歌を、そして夏に実りの感謝を神に捧げている、昔ながらの民たちにとってはまだ、母なる大地の成り立ちなど雲の上の話でしかなかったが。

 ルタニ各所の王室蔵入り地と首都リュードベルを結ぶ街道は“(グラ)()(ウォル)”と呼ばれている。幅のある二頭立ての荷馬車でも難なく離合出来るほどの広い道がまっすぐに伸び、そこに映る往来の人々の影は既に長かった。影の先に先には崩れかかった城壁に囲まれたレノアの町が見える。ルタニで二番目に多い人口を抱えるチュルス郡の郡都であり、国内有数の穀物の集積地である。3年前に終結した8年戦争で国土の大半が焦土と化したガルマニアにあってこの地域だけが奇跡的に戦火を免れていた。収穫の時期が近付けば買い付けの商人やそれらを当て込んだ大道芸の一座などで混雑するのがこの辺りの風物詩になっていたが、故郷を焼け出された多くの人々の群れが加わったせいで近年はその混雑にさらに拍車がかかっていた。行き交う人の数ほど旅があり、旅の目的もまた様々だ。

 黙々と歩いているフェイトも秘めた想いを胸に旅を続ける一人だった。

 旅人を満載した一台の駅馬車が徒歩の行列の脇を掠めるように走る。道の近くの麦穂が激しく揺れ、そしてフェイトの長い金髪もまた荒々しい音と共に過ぎ去ってゆく風に流された。無造作に皮の紐で根元から一つに括られた髪は夕日を反射して息を呑むほど美しく、それに誘われて振り返らない人間はほとんどいない。馬車の上からフェイトに流し目を送る人々の視線は髪から色白で鼻筋の通ったフェイトの顔で必ず釘付けになったが、右目に当てられた眼帯から放たれる鈍い光沢が目に入るとぎょっとして慌てて顔を逸らすのだった。

 奇異の視線にフェイトは慣れていた。また、同じ光景を朝から何度も見てきているためか、フェイトの周囲の人々も今ではすっかり無反応だった。

「あんた、どこから来なすった? 」

 何の前触れもなく白いものが頭に混じった男が隣に並ぶ。背負子に家庭で使う鉄鍋を大量に括りつけているその男はレノアの手前にある小さな集落から加わってきた商人の一人だった。フェイトに話しかけてくるのは決まって新たに人の波に加わる人間だった。

「私はこの先のナントの街で金物屋をやっているガウバールというものだよ。 ロメリアものの上物だけを扱ってるから、この辺りじゃナントのガウといえば少しは名が知れているんだ」

 フェイトは左目だけでちらっと声の方を見たが再び無言のまま正面に視線を戻す。

「ははは。 参ったな。 私は別に怪しいものじゃないよ。 ただね、ちょうどあんたと同じ年頃の娘を店に残してきてるもんで、ついね。 私の娘はエマっていう名前なんだがね、今年で16になるんだよ」

 黒いマントに厚手の綿で作られた濃紺の服を合わせ、腰には細かい見事な細工が施されているサーベルを帯びるフェイトの姿は、武者修行の旅の剣士か、あるいは王命を拝して任地に趣く国軍の士官という趣があったが、替りに女物の服でも身に付けていればまず誰が見ても年頃の少女にしか見えなかった。女子の男装は、日々の生活に困らない特に貴族階級の間では遊びの一環として行われることが稀にあったが、それでもやはり好事家の域を出ない。周囲の談笑しながら様々な各地の情報を交換し合う商売人たちとは何から何までフェイトの姿は対照的であり、人のよさそうな金物屋の親父がフェイトにあれこれと話かけてくるのもそんな必然的な違和感からくるものだった。

「怒らないで聞いて欲しいんだが……その……あんた、本当に男……なんだよね?」

 神教では女性が武器の類に触れることに対して厳しい制約を与えていた。例えば、女性が武器を手に取ることが許されるのは結婚後とされており、その機会は戦いなどで出立する夫に手渡す場合、留守中に家族を護るために戦う場合、そして貞操を汚されそうになって自決を選ぶ場合、に限定されていた。特に処女はいかなる理由があろうとも武器の類に指一本触れてはならないとされ、また武人も自分の武器に処女の血を吸わせてはならないと戒められていた。

 常識的には剣を帯びている時点で男と見なすしかないが、フェイトの容姿は殺伐とした武の世界の住人にはとても見えなかった。話をいくら振られても頑なにフェイトは端整な口元を一つに結んだままで、相槌すら打とうともしない。さしもの老練な商売人もこの頑なさにはすっかり根負けしてしまっていた。

「もうその辺でいいだろ。 おっさん。 そいつは誰が話しかけても全然口をきかねえ、まったく無愛想なやつなんだよ。 いや……ひょっとしたら本当に話すことが出来ねえのかもしれないけどな」

 言葉が尽きかけていたガウバールは列の中から聞こえてきた声の方を振り返る。そこには一見して行商風だったが腰に不釣合いな細身の長刀を下げた若い男の姿があった。フェイトにはその声に聞き覚えがあった。小さいため息をつく。あれこれと詮索を入れられる以上に関わり合いたくない相手だった。若い男はニヤニヤしながら足を速めて二人に近付いてくる。

「こいつの無口は折り紙つきだぜ? ここから遥か南のノートラフから俺はこいつと行き合わせだが、こけおどしでそんななりをしてんのか、いやどんな声をしてやがるのか、とうとう半月たっても分からずじまいでな。 こうしてけっきょくレノアまで来ちまったってわけよ」

「な、なんだって!? は、半月もの間、誰とも口を利かなかったってのかい! 」

 ガウバールは目を丸くすると思わず自分の隣で顔色一つ変えずに黙々と歩くフェイトの方を見た。

「ああそうさ。 しかもそれも俺が知ってる限りでの話だ。 この集団の前の方にいる先物買いの奴らから聞いたんだがこいつはユーテシアの辺りからずっとこの調子だそうだ。 これで分かったろ? おっさん。 要は無駄ってことよ」

 若い男はわざとらしく笑いながらフェイトとガウバールの間に割り込んできた。二人を見下ろすような長身だった膂力(りょりょく)が衆に勝るという印象はなく、どこかひょろっとして胡散臭い雰囲気が漂う。

「やれやれだぜ…… てめえが何者なのかハッキリしねえと俺の立場がないだろ? 声くらい聞かせたって罰はあたらないんじゃねえの? 」

 大袈裟にため息をその男は付く。フェイトは自分に向けられる男の露骨な侮りの視線に気付いていたがあえてそれを無視した。

「ちっ! 面白くねえやろうだぜ! てめえは一体何様きどってやがんだよ」

「まあまあ。 ところであんたの名前は? 私はガウバール。 ナントで金物屋をやってるんだ」

 不穏な空気を察知した金物屋が長身の男に話かける。

「ふっ! 俺かい? 俺の名はスタニアン。 スタニアン・アルフォードだ。 仲間内からは狼殺しのスタンと呼ばれているぜ」

「お、狼殺し!?」

 あまりにも本業とかけ離れた通り名を悪びれもせずに名乗るスタンに、気のいい金物屋の親父は面食らったような表情を浮かべる。それに少し遅れて失笑が列の中から漏れた。じろっと周囲をひと睨みした後でスタンは自分の父親ほどに年の離れているガウバールに再び向き直る。

「ま、新参のあんたは知らねえだろうが、俺もこう見えてちったあ名が知れてるんだぜ? いきなり背後から襲ってきた狼をこいつで仕留めたんだからな! 」

スタンは不相応に意匠が凝らされている長剣の柄を叩く。

「そ、そうかい……そりゃ災難だったねえ……」

「おうよ! あれは忘れもしねえ、月の出ていない漆黒の闇の中だった。 あの時はさすがの俺も絶体絶命のピンチだったぜ……」

自尊心の固まりのような男だな……

 自分に酔うように隣で目を細めている大男の横顔をちらっとフェイトは見る。誰彼なく嬉々として胡散臭い武勇伝を語る姿を道中で何度も見ているだけに心底うんざりしていた。

 スタンは大袈裟に身振り手振りを交えながらガウバールを相手に自画自賛を繰り返していたが、その間にもしきりに隣のフェイトに視線をちらちらと送ってくる。何かをかなり意識している様子がそれだけでも窺い知れるというものだ。

「そういえば兄さんは一体、何を売っていなさるのかね? 見たところ手ぶらのようだが……」

「何って……ま、そりゃ色々さ」

「色々?」

「そう! 色々!」

 怪訝そうに自分の顔を見るガウバールに人を食ったような笑みをスタンは見せていた。フェイトは視線だけをスタンに向ける。

そういえばこの男……一体、何を売っているんだろう……

 ガルマニアの南端、世界の屋根とも言われるユーテシア山脈の麓近くでルタニに小麦を買い付けに向うという商人の一隊とフェイトは出会い、暫くしてこのスタンという男も一行に加わっていた。ファイトはこれまでに一度としてスタンが商う姿を見ていなかった。いや、それどころか立ち寄る村々でカード賭博に興じ、夜明けまで酒場に入り浸る自堕落な生活を繰り返すばかりで、とても堅気の商人のようには見えなかった。

 本当に商人なのか、とフェイトが思ったのも一度や二度の事ではない。しかし、一行が地方領主の設けた関所を通る度にスタンが衛士に見せていた通行証は紛れもなく商人手形だった。官吏の汚職には厳罰を加えるガルマニアでは必ず身元保証人なり、自分の店を構えているなどの商売の実態がなければ手形は入手できなかった。

胡散臭いヤツ……

 旅を続けるうちに互いが互いのことをそう思うようになるのは自明だったが、相手に対して取った態度は対照的だった。フェイトは出来るだけ距離を置こうとしたが、狼殺しを名乗るスタンは根掘り葉掘りと探りを入れてきたのだ。そのことごとくを無視し続けてきたフェイトも頑なではあったが、それに全くめげないスタンもスタンだった。

「ま、それは置いといて、ところでおっさん。 あんたの得物はなんだい?」

「得物? 商売道具のことかい?」

「ばっか! ちげーよ! 護身用の武器のことだよ」

「ああそう言う事かい。 私はそういうのはからっきしだからね。 せいぜいナイフ程度のものさ。 普段は肉を切ったり縄を切ったりするのに使うがね」

「おいおい…… それじゃいざって時に戦えないだろ。 じゃあ前の戦の時はどうしてたんだよ?」

「前の戦の時は本当に参ったね。 街道には飢えた傭兵がウジャウジャいるし、それを避けて間道に入れば今度は狼の群れだ。 どっちも商売人にとっては不倶戴天の敵だからねえ。 出くわしたらひたすら神様に祈りながら逃げ出すしかなかったよ……」

 ガウバールは遠い目をしていた。フェイトは苦労を重ねてきている壮年の商売人の横我をじっと見つめる。

8年もの間、国同士が入り乱れて争った戦だったけどその実態は傭兵たちによる代理戦争のようなもの……はなから民草を護る意志などあるわけがない……行商人たちだって奴らに出会えば金や積荷は言うに及ばず……悪くすれば命を奪われる……

 必然的に旅人たちは街道を使えなくなり、間道、獣道といった道なき道を歩む事になった。そして、それは獣との戦いになることを意味する。

この人にも人には言えない苦労があるに違いない……

 スタンはお手上げと言わんばかりに首を振る。

「けっ! 情けねえな! それじゃあ負け犬と一緒じゃねえかよ、おっさん」

「そうかもしれないね……失ったものは確かに多かった……私の知り合いも何人も狼にやられたよ……私も何度もう駄目だと思ったことか……でもね……そのおかげで私は助かったんだよ……」

「救えねえなあ…… たかが狼一匹になんてざまだ。 なんで戦わなかったんだよ?」

「何といわれようとやっぱり私は戦えないよ」

「だから!なんでだよ!」

「だって私は商人だ。 商売で戦うなら話は別だが、武器を取って戦うなんてマネは私の本分じゃない。 人にはそれぞれ歩む道があるんだ。 背伸びをしたってろくな事にはならないよ」

「あーあ! やってらんねえな! 湿っぽくなってきやがった! いいかい?おっさん! 戦いってのはな! こうすりゃいいんだよ!」

 突然スタンは白刃を抜き放つとフェイトの首筋に当てた。賑やかだったフェイトたちの周囲も途端に水を打ったように静まり返る。驚いたガウバールは慌ててスタンの左腕を掴む。

「ちょ、ちょっと! あんた! こんな往来でいきなり何やってんだね!」

 冷たい細身の両刃が鈍く夕日を反射し、オレンジ色の光がフェイトの白い顔に映る。突き技に特化したレイピアと斬り技のサーベルに分かれる前の骨董品に近い代物だった。

「……」

スタンはニヤニヤとフェイトの反応をうかがっていたが、フェイトが眉一つ動かさないのを見て大袈裟にため息を付く。

「やれやれ……驚いて悲鳴でもあげるかと思ったのによ。 どいつもこいつもつまんねえな。 これじゃ賭けにならんぜ……」

「おい兄さん! あんた冗談にしても程ってもんがあるだろ! いきなり人に刃物を突きつけるなんて失礼じゃ済まないぞ!」

「っせーな……あんた何者? てか、失礼なのはこいつの方だろ。 人が話しかけても無視しやがって。 てめえもあんま調子にのってると痛い目を見るぜ? そうだ、おっさん。 あんたも一口のらねえか?」

「一口? あんた何を言ってるんだ! こんな時に!」

「だから賭けだよ、賭け。 この剣士様が男なのか、それとも女なのかって賭けよ」

「あんたふざけてるのか! いくらなんでも禁忌を犯してまで年頃の娘さんが剣を腰に差すわけがない! そんなことよりもさっさと武器を仕舞いなさい! 怪我をしたらどうするんだ!」

「ぎゃあぎゃあとうるせえな…… そいつは分からねえじゃねえか、おっさん。 “女剣士”をやる旅芸人の一座だってあるだろ?」

 スタンの放った咄嗟の一言に静まり返えっていた人の輪が急にざわつき始める。

「お、おい……今のはちょっと不味かったんじゃないか?」

 女剣士、すなわち“太刀()きの女子”とは武人を自認する者にとってこの上ない侮蔑の言葉だった。神教の聖典をそのまま解釈すると、女子が剣を取っても許されるのは未婚且つ処女ではない女ということになり、そこから身持ちが悪い女、または売春婦、という世俗的なニュアンスが生まれていた。とりわけ神教の宗主である教皇に女性に対する悪意があったわけではない。単に神教の聖典が倫理的にあり得ないこととして想定していなかったためだが、この言葉が女性に向けられる場合はそのままの意味で、また、相手が男性ならば自分の出自や母親を強烈に侮辱するも同然であり、特に名誉を重んじる騎士や貴族階級ではこの言葉一つで決闘や私兵を率いての紛争沙汰に発展することも全く珍しくなかった。

たちまち異様な熱気を孕んだ不穏な空気が辺りに流れ始める。

「おいおい。なんだなんだ。こんな道の真ん中でどうなってんだ?ケンカか?」

「いや、どうやら狼殺しの兄さんがあの口無し剣士に粉をふっかけみたいだぜ?」

「マジかよ!!そいつは見ものだ!!」

 いつの間にか、フェイトとスタンとガウバールの3人を取り囲むように人の輪が出来ていた。全員の視線が3人に集まる。長い戦火の狂気からまだ覚め切らない世相ということもあったが、ほとんど娯楽のない時代にケンカや罪人の公開処刑の類は庶民の間では過激な余興という感覚に近かった。剣を持った者同士のケンカともなれば野次馬が野次馬を呼び、観衆たちはおとなしくなるどころか煽り立ててくるのが常だった。

 予期せぬ事態にスタンの切っ先が小刻みに揺れている。当りの雰囲気の変化に意識が付いていっていないようだった。

「兄さん……悪い事は言わない……さっさと物騒なものは仕舞って謝るんだ」

「あ、謝るだと!! ふざけんな!! なんでこの俺がこんなやろうに謝らねえといけねえんだよ!! 」

ガウバールの言葉にスタンは激昂する。

「いいぞ! 兄ちゃん! もっとやれ!」

 派手好きで自尊心の強いスタンは観衆の歓声にすっかり飲み込まれていた。

 フェイトは目を閉じてため息を付く。

言葉には力が宿る……放った一言が鋭利な刃となって人の心を抉ることもあるが……その言葉に実体を与えて“大いなる力“にしてしまうのはいつも人間だ……言葉のもつ本来の意味を曲解して歪めれば一本のナイフで済んだものが万民を狂気に追いたてて不幸に導いてしまうことだってある……その時……言葉は……

 スタンはガウバールを突き飛ばすと間合いをあけて切っ先をフェイト喉笛に突きつける。

「剣を抜きな! ここでてめえが本当に男かどうか確かめてやる! ケリをつけてやるぜ!」

 おおおっというどよめきと共にフェイトは静かに目を開けた。

言葉は……人を操る“魔法”となる……

「こいつは久々に面白くなってきやがった」

ガッシリとした体格の居丈夫が顎鬚を撫でながら野次馬の輪の中に混ざってフェイトとスタンに視線を送っていた。

「これってなんかヤバイんじゃない? 止めた方がいいんじゃないの? カクさん」

 その隣にはダークブルーの円らな瞳に肩まで伸ばした銀髪の青年がやはり同様にフェイトの様子を見守っていた。

「まあまあ旦那……ここは下手に外野が手を出すと本当に刃傷沙汰になっちまう。 ここは一つ……あの眼帯野郎がどう治めるのか、見せてもらうとしましょう。 それから出て行ってもいいんじゃないですか?」

「うーん……でもねえ……」

「何か気になりますか? 旦那」

 銀髪の青年は顎に手を当てて悩む素振りを見せる。

「気になるっていうか……眼帯つけたあの金髪の子ってさあ……確かにうまく化けてるけどやっぱ女の子でしょ? その……真剣勝負になったら大丈夫なのかなって……」

「なんだ……旦那も気が付いてたんですか。 普段は鈍いのに。 ま、俺が見たところ……腕は旦那より立ちそうですな」

「一言、二言余計だけどね……あと、あの男なんだけど…・・・」

「ああ……懐のあれですか? ま、何とかなるんじゃないですか?」

「マジで?」

「多分」

「あのねえ……」

「冗談ですよ。 それにいざとなったら旦那は止めてもどうせ面倒事に首を突っ込むんでしょ? 旅は道連れ、世は……何とかだって言ってね」

 顎鬚を撫でながら大男は隣の銀髪の青年に目配せを送る。

「さすがカクさん。 よく分かってるね」

「まあ…… 短いような長い付き合いですからね。 おっと…… どうやら奴さん、狼殺しの挑戦を受けて立つみたいですぜ?」

 道の中央では長剣を中段に構えるスタンとそれを静かに見つめるフェイトの姿があった。


第一話 完 
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