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【萌芽大輪篇】 第二話

悪吏と義賊




薔薇が咲く 薔薇が散る (YouTube)

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 父と母なる人が“灼熱の業火”を“牙の息吹”で鎮めると、それらは“炎の剣”と“氷の剣”にそれぞれ姿を変え、その大いなる力は封じられた。二人は炎と氷の交わりし場所で二振りの剣を得、父なる人は神への忠誠とその恵みに対する感謝を綴ってそれを神と人との契約とし、また母なる人は後に5人の兄弟を生み落とした。

 5兄弟がすくすくと育っていたある日、父なる人は次男に東の大地を、三男に西を、四男に南を、五男に北を与えて四方を鎮めさせ、長男に中央の地を与えた。5兄弟はそれぞれが与えられた地で王となり、彼らは“愚者の5王”と呼ばれるようになった。こうして我らの“聖典”と我らの兄弟は生まれた。

 時は流れてついに父なる人に土に還る日が訪れた。悲しみに暮れる5王と母なる人を哀れに思った神は彼らの前に降り立たれ、父なる人に3日限りの命を吹き込まれた。父なる人は神の慈悲に感謝し、3日の間、聖典を紐解いて神の教えを5王と母なる人に説いた。こうして父なる人は神の第一の使徒となり、天(神)と人(信徒)を仲介する“聖典”の守護者となった。

 父なる人は再び死を迎える日に5王と母なる人を枕元に呼び寄せた。この時に長男は二振りの剣を与えられ、そしてこの世界の地上全てを自分に替わって統べよと命じられた。兄弟の頂点に立った長男は諸王の王となり、残りの兄弟を再び四方の王に封じ、自らは父なる人の遺骸の護り人となった。母なる人は父なる人の死と共に神に召されることとなったが、後に残された5兄弟の行く末を案じて天界に赴こうとしなかった。

 神は母なる人の愛に強く心を打たれ、子なる人らが還る土の主とされ、子らを迎える黄泉の地を与えた。父なる人はまた、神の思し召しにより天界と地上の間にある空界を統べて諸王の王(長男)の後見たるものとされ、地上に我が意を伝える御遣いを子なる人の中より選んだ。

 こうして世界の曙は終わりを告げたのである。
 
聖典外典 「父と母と子と」
 
 
 この御遣いこそ神教の宗主、現在の神聖教皇(パウル)であり、また、神聖教皇を聖都で守護し、伝国の二振りの宝剣を継ぐ諸王の王が大聖(カイ)皇帝(ザール)、この地上を統べる覇者に与えられる称号である。

 南の強国ヴェストリア国王が二振りの宝剣を傍らに携えて初代皇帝として教皇より至尊の宝冠“グラーフェルソール”を受けた年を神聖紀元年として世界の闇夜はついに明けた。以後、1600余年の長きに渡って皇帝は地上を支配し、教皇はまた空界と精神世界の支配を続けたのである。

 しかし、神聖紀1635年……

 ヴェストリア皇帝フェルデリウス・ヴィ・ヴェストリア8世の後を襲ったフランソス2世は聖都レーヴェン(※ ヴェストリア帝国首都でもある)で行われた戴冠式で二振りの宝剣を諸王に示すことが出来ず、世界は有史以来初めてとなる皇帝の空位を経験する事となった(宝剣喪失事件)。事態を重く見た時の教皇ラウラウス9世は混乱する国際情勢の調停に乗り出したが、ヴェストリア一国による専制支配は至るところで疲弊し切っていたため諸王は同意せず、この調停の失敗により教皇の権威もまた著しく傷つく事になった。

 そして、神聖紀1637年、皇帝空位問題を話し合うための国際会議がアルガルス王国領オルベージュにおいて開催された。世に言う“選帝会議”である。この会議においてフランソス2世は公式に帝位を失冠することになり(オルベージュの屈辱)、これを不服としたヴェストリア王は帝位失冠を主張した急先鋒であるガルマニア王ヴィルヘルム3世にその場で宣戦を布告し、大陸は皇帝位を賭けた大いなる戦の焔に包まれることになった。後世において“諸王の戦争”と呼ばれる8年戦争の始まりであった。

長い戦乱は人々の心を蝕んでいく……
刃をいたずらに弄ぶその男の真の狙いが奈辺(なへん)(※ どこらへん)にあるか、よく分かっていた……
「剣を取るのだ、フェイト…… 人の心は惑い…… そして移ろう…… だが、剣は……」
そう…… 剣は決してわたしを裏切らない……
誰がために生まれ、そして、何のために生きるのか…… 
その答えを求めて天と地の狭間を歩き続けていたわたしだったが……
どうやら……求めるものは突然に現れるものらしい……

 
第二話 悪吏と義賊


「おい、あそこに見える人だかりはなんだありゃ?」

 レノアの城門近くで行商たちの積荷を調べていた衛兵の一人が道に出来た黒い塊に気が付く。

「さあな。 どうせまた乞食がクズの取り合いでもしてしてるんだろ。 よし! お前たちは入っていいぞ!」

 商人手形を確認していたもう一人の衛兵は無愛想に恰幅(かっぷく)のいい中年の商人に手渡すと、手で作った(ひさし)で西日を遮りながらしきりに遠くを伺っている彼の同僚の横に並ぶ。

 覇者の証たる宝剣が聖都から姿を消して以来、世界は未だにきな臭い状態が続いていた。施政者の最たる存在である諸王が引き起こした戦乱が生み出したものは新しい秩序どころか、食うや食わずの貧民の群れと混沌でしかなかった。国王や領主たちに仕えている彼ら衛兵のような下級官吏の仕事の大半はそうした類の人間が引き起こす騒動の対処だった。

「どうだ? 何か見えるのか?」

「いや…… 遠すぎてよく見えんな…… やけに騒がしいところを見るとケンカだろうな」

 風に乗った歓声と囃し立てるような口笛が衛兵たちの耳にも届いていた。

「かなり派手にやってるようだな…… あまり長引くようだと面倒なことになるぞ。 見ろよ。 あいつらのせいで道が完全に塞がれちまってるぜ。 向こう側に閉門前の駆け込みの連中が列を作っているみたいだな……」

「けっ! ルタニに流れ込んでくる奴らはいつも厄介ごとばっかり起こしやがる! まったく勘弁して欲しいぜ!」

 楕円形に近い人の輪は小さくなるどころか後から後から人が加わって行く為にどんどん大きくなっており、馬車は通り抜ける事ができずに長い渋滞を作りつつあった。日没と同時に城門は閉じられるため、特に到着の刻限を定められることが多い御者が頭に血を上らせて強行突破を始めるとただの事故では済まされなくなる。ついに溢れ出した人が両側の麦畑の中にまで入り込み始めた。

「あいつら…… 王家の麦を踏み荒らしやがって…… こりゃ放ってはおけんぞ……」

 衛兵の一人が吐き捨てるように言ったその時だった。なだらかな坂になっている城門までの道を息せき切りながら一人の旅装の男が駆け上がってくる。

「決闘だ! 腕に覚えがある商人とえらく美形な剣士が決闘を始めたぞ!」

 衛兵たちは思わずお互いの顔を見合わせていた。周囲では旅の男の声を聞いた農夫たちが一人また一人と農具を放り出して坂を駆け下っていく姿が見える。

「おい! ビューグル(※ ラッパ。弁のないトランペットのこと)を吹け! 中隊を集めろ! すぐに郡司様にお報せするんだ! 急げ!」

「わ、分かった!!」

 衛兵の一人は慌てて城門を潜るとチュルス郡の行政と治安を統括している郡司と呼ばれる地方行政官が住む館に向って駆け出していく。その後を追いかけるように緊急呼集を報せるビューグルの甲高い音が夕焼けの空にこだましていた。

 一方、同じ頃、慌しくなり始めたレノアから1ガル(※  長さの単位。1ガル=1000トルム=3kmという設定)ほど離れた路上では狼殺しの行商と口無し剣士が対峙しており、そして二人に挟まれるように立っている壮年の金物屋の姿があった。

 フェイトとスタンの間合いは大人の歩幅で5歩程度しか離れていない。お互いの表情の動きや動作は手に取るように分かる。刀身にも細かい意匠が凝らされている長剣をまるでナイフでも扱うかのようにスタンは頻繁に左右の手で持ち変えてフェイトを挑発するがまるで乗ってくる気配すらない。

コイツ…… なんで構えないんだ…… 何を考えている…… まさかトンズラするつもりか? いや、それはありえねえ…… これだけ野次馬がぐるっと取り囲んでるんだ…… 逃げ出した瞬間にとっ捕まって袋叩きにされるのが落ちだ…・・・ もうお互いに後には引けねえんだ…… だが、おかげで賭けを流さずに済みそうだぜ…… 

 改めて相手の姿を上から下まで眺め回すとスタンは不敵な笑みを口元に浮かべた。自分の胸の位置までしかない背丈にほっそりとした肩幅、そして、渾身の力で数合打ち合えばたちまち握力を失って剣を取り落としそうな細い腕が黒いマントの中から時々見え隠れする。余りにもフェイトの身体は華奢(きゃしゃ)だった。

 こんなやつに負けるはずはねえが…… 王室の領内で刃傷沙汰を起こした平民は有無を言わさず縛り首だ…… どう考えても割に合う話じゃねえ…… 命のやり取りなんざ、こっちははなっから考えちゃいねえんだよ…… 下手に怪我でもさせるよりは適当に打ち合って剣を跳ね飛ばして、それから押さえつけて上着を引ん剥いてやれば大人しくなるだろうぜ…… ったく…… 手間かけさせやがって…… まあいい…… 

スタンは不敵に笑うとフェイトの顔を凝視した。右目に当てられている鈍色の眼帯が不気味に光る。

間違いねえ…… あれは純金よりも高値で取引されているライアス合金だ…… てめえには後で色々しゃべってもらうぜ…… その眼帯の秘密をな!

 立っているフェイトの表情はまったく動かない。聞こえるような大きな舌打ちを一つするとスタンは自分の得物を右手に持ち直して右足をやや前方ににじり出す。剣先はまっすぐにフェイトの喉笛を狙う。大言を吐くだけあって中段に細身の長剣を構えるスタンのそれは多少の心得があることをうかがわせた。まるでそれが合図だったかのように観衆から割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こる。熱気と興奮が最高潮に達しつつあった。

「お願いだ!! あんたもバカなことは止めるんだ!! 街道での決闘はご法度じゃないか!! 」

異様な雰囲気に気が動転しているのか、普段は温厚なガウバールも声を荒げる。

「うっせえな、おっさん…… そんなところでうろちょろしてると怪我するぜ? とっととすっこんでな! それにここまで騒ぎが広がればもう手遅れだぜ?」

「て、手遅れ?」

 その時、齧り掛けの果物がガウバールの目と鼻の先に投げ込まれた。驚いて振り返るガウバールに今度は観衆の一人から怒鳴り声が浴びせられる。

「おい!!立会人!! いつまで鉄鍋を抱えたまま突っ立ってるつもりだ!! さっさと始めさせろ!!」

「た、立会人!? おいおいちょっと待っとくれ! 私にそんなこと出来るわけないじゃないか! 」

 驚いて反駁(はんばく)(※ 反論する事)を試みるガウバールだったがその声は周囲の割れんばかりの歓声と熱気で(たちま)ちのうちにかき消されてしまう。

「んなことは知るかよ!! いつまで待たせるつもりだ!! 」

(いさか)いの仲裁をしていたガウバールの立ち位置は確かに事情を知らない第三者の目には決闘の立会人のように映っても仕方がなかった。

「そうだ!! そうだ!! こっちは金を払ってるんだ!! いい加減にしろ!!」

「か、金!? お前さんたち、いったい何の話を……」

 ガウバールが目を白黒させながら辺りを見回していると、その様子をニタニタと楽しむように眺めていたスタンが首を左右に振りながら口を開く。

「やれやれ…… こういう話には付き物だろに…… おっさん、あれを見てみなよ」

 スタンが顎をしゃっくった先を見ると人だかりの周囲のあちこちで即席の胴元たちが観衆から掛け金を徴収している姿が目に飛び込んできた。

「さあ! 張った! 張った! 真剣同士の一本勝負! 勝つのはどっちだ! 狼殺しの兄さんか! それとも口無しの剣士様か! 」

「なんてこった……」

ガウバールは愕然とする。

「な? これで分かったろ? 今更手打ちをしてなかった事にしようなんて言い出した日には野次馬どもに囲まれてタコ殴りにされちまうぜ? もう諦めるしかないんだよ。 あんたも…… それからそっちの剣士様もな」

 スタンは血色の優れない金物屋の親父から再び正面のフェイトに視線を戻す。

「それにしても…… あいつらこの俺をダシに使いやがって…… 後で分け前をたっぷり払わせてやるぜ……」

 賭けの対象にされているにも関わらずスタンはまんざらでもなさそうだった。その顔を見た金物屋はハッとした表情を浮かべると血相を変えてスタンに組みかかっていった。

「お、おい!おい! おっさん! 何すんだよ! 」

「どうしたもこうしたもあるかね! 兄さん! 一体どういうつもりだ!」

「な、何がだよ!! いきなりイミフなことを言ってんじゃねえぞ!! おい!!」

「とぼけなさんな!! お前さん!! この騒ぎをわざと起こしたな!!」

「し、しらねえよ!! な、何寝ぼけた事を言ってやがんだよ!! 」

スタンは目を逸らす。何かが自分の中で確信に変わるのをガウバールは感じていた。

「あんた! こんな事しでかして何の恨みがこの子にあるんだ! 」

「だから!! 俺は何にも知らねえって言ってんだろが!! しつけーぞ!! おっさん!!」

 スタンは襟元を掴んでいたガウバールの手を振り払うと長剣の柄で殴りつけた。背負子を背負ったままの小太りの身体が砂埃を上げて倒れ込む。人の頭よりやや大きい鉄鍋が大きな音を立てて辺りに散らばり、その一つが弧を描きながらフェイトの足元に転がってきた。

 氷の彫像のように身じろぎ一つしなかったフェイトの表情が僅かに動く。ゆっくりと膝を折って土にまみれた質感のある鉄鍋を拾い上げた。

「うううっ……」

 額から血を滴らせる金物屋の顔にスタンは剣先を突きつけていた。

「変な言いがかりを付けるのはそのくらいにしておくんだな。 おっさん。 今度は怪我じゃすまないぜ?」

 土だらけになったガウバールは肩で息をしながら鈍く光る剣先を睨みつけていた。スタンはにやっと白い歯を見せる。

「ま、あんたの言うことはあながち間違いじゃねえよ。 この騒ぎは確かに利用出来ると俺も考えた。 胴元が金を集めておきながら勝負を流したとあっちゃあ、立場がねえからな 」

「あんた…… あんたは一体、どこまで自分勝手なんだ…… あんたの勝手な都合にあの子を巻き込んだだけじゃないか……」

「説教はたくさんだって言ってんだよ、おっさん! こっちにはこっちの都合ってもんがあるんだよ! ガキみたいな事をグダグダ言ってんじゃねえぞ! 」

 いきなり長剣をスタンは振り上げると土だらけになっているガウバールのはるか上の空気を斬った。口笛のような音が響くとガウバールは亀のように頭を抱えて地面に這い蹲る。

「ひ、ひい!!」

「ははは!! おいおいおっさん!! 半トルム(※ 1トルム=1.5メートル)はあったぜ? 臆病にもほどがあるだろ!! ははは!! だから得物くらいは持っとけって言ってんだよ!! おら!!」

 今度は斜め上から下に向って空を斬る。スタンが剣を振るうたびにガウバールは身体をビクつかせた。その様があまりにも滑稽だったために観衆の侮蔑にも似た笑いを誘う。

「何なんだアイツ…… 武器を持たない人間をいたぶって何が楽しいんだ…… 」

 列の前の方でこの様子を見ていた長い銀髪の青年は思わず顔を顰める。

「カクさん! 止めても無駄からね!」

 青年が人ごみを掻き分けて一歩を踏み出そうとすると、隣で同じ様に腕組みをしながら立っていた顎鬚の大男が肩を掴む。

「いやいや、普通に止めるでしょう。 旦那が出て行ってもせいぜいあの親父の隣に並ぶ人間がもう一人増えるだけですからね。 あと、いい加減、そのカクさんってのは止めてもらえませんかね? 一応、今はカーク・アーロンを名乗っているんで是非そっちの方向で」

「そういう話なら僕も旦那は止めてラルスと呼んで欲しいんだけどね…… 」

「まあ、大店の若旦那とその従者という設定ですからね。 幾らなんでも奉公人がフランクすぎるってのも不自然でしょう? おっと…… 旦那、あれを……」

「え? なに?」

 アーロンに促されてラルスは再び視線をフェイトの方に戻すと、鉄鍋を小脇に抱えたフェイトがゆっくりとスタンの方に向って歩いて行く姿があった。

「お…… お前! ようやくやる気になったってのか! いいぜっ! さあどっからでも……」

 ざわめきが辺りから起こる。フェイトはスタンの前をそのまま素通りすると小刻みに震えているガウバールの前に片膝を付いていた。人の気配に気がついて恐る恐る顔を上げたガウバールを見るフェイトの目に力が篭る。温厚で娘を溺愛している金物屋の父親は血と涙と鼻水で汚れ、顔面蒼白の状態だった。

「おいおい! シカトかよ!! 随分と舐めたことしてくれるじゃねえか! 」

「もう…… その辺にしておいたらどうだ…… お前が戦いたいのは私だろう…… どうしてこんなことをする……」

 フェイトは口を開いていた。わざと声を低くしている少女のようにも声変わりをする前の少年のようにも聞こえる小さくもよく通る美しい声だった。スタンは一瞬、呆気に取られるがすぐに正気に戻る。

「な、なんでえ…… お前しゃべれるんじゃねえか!! よくも今まで散々人を虚仮にしてくれたな!!」

 たちまち頭に血が上った彼の理性は吹っ飛ぶ。振り上げられた長剣がフェイトの背中に向って勢いよく振り下ろされる。その瞬間、フェイトは手に持っていた鉄鍋をノールックのままスタンに向って放り投げていた。

「う、うおっ!!!」

 辛うじて鉄鍋をスタンは弾き返す。周囲に金属同士がぶつかり合う甲高い音が響いたかと思うとフェイトは鋭く踏み込んで既にスタンの懐深くに入っていた。スタンは下から自分を見上げるフェイトの鋭い眼光と鈍く光る眼帯の光沢に射抜かれて一瞬言葉を失う。

まさか…… あれは無銘剣……

 他の見物客と同様に見世物を楽しむようにニヤニヤとしていたアーロンから一瞬にして笑いが消える。体がぶつかり合う寸前に紙一重の間合いをあけてフェイトはそのまま長身の男のわき腹を掠める。スタンの上体が上ずり、切っ先は地面に付いていた。

「う、うがあああ!! 」

 フェイトから遠ざかるように後ずさる。完全に腰砕けになっているスタンとは裏腹に何事もなかったかのようにフェイトが2トルム(※ 6メートル)離れた場所に立っていた。

「て、てめえ!! いきなり何しやがる!! 卑怯だぞ!!」

「やれやれ…… 自分が何をされたか分かってないのか…… だめだな……」

野次馬たちの後ろで一部始終をつぶさに見ていたアーロンはため息交じりに呟くと額に右手を当てる。

「ダメって何がダメなの? カクさん」

「えっとですね…… 何度も言うようですけど、とりあえずそのカクさんってのは…・・・」

「あ、ごめんごめん! つい言いやすくてさ。 で、さっきの話なんだけどさ」

「ああ…… だめってのは旦那が気にしてるあの眼帯の金髪ですけどね……」

「まさか…… 相手にならないってこと?」

「まあぶっちゃけると」

「そっか…… さっきは不意打ち出来たからよかったけどもう鍋はないしね…… しょうがない…… やっぱり僕が助太刀しないとだね!ぐっ! 」

「いや…… 旦那が出て行く方がかえって邪魔だと思うんですけどね…… それに俺がダメって言ってるのは金髪の方じゃなくてあの男の方ですよ」

「え? そうなの?」

「ええ、最初は面白い見世物を期待していたんですがねえ…… もし、あの子がその気だったらあの狼殺しは今頃、真っ二つですよ。 まあ、役者が違いすぎると言うべきか、あまりに力量が違いすぎて勝負にならないでしょうな」

「ええ!? 鍋を投げて横を通り抜けただけじゃないの?」

「傍目には確かにそうですがね…… あの踏み込みの速さと完璧な位置取りはただ者じゃない。 バカじゃなかったらあの野郎もさすがに気付くでしょう」

とは言ってみたものの、ヤツのまだ太刀筋を見てない以上、あれが無銘剣と決め付けるのも早計だが……

フェイトを見る自分の目に力が自然に篭っていくのをアーロンは感じていた。

剣の最上なるものは刃を抜くことなく彼の心胆を抜き取ること、といわれている…… 若い使い手はえてして血気にはやるものだが…… あの落ち着きようはどうだ……

顎鬚を撫でるアーロンの目にはもはやフェイトの姿しか映っていない。

もし、本当に最強の名を欲しいままにした無銘剣の使い手だとしたら…… 狼殺しじゃないが、あいつは一体何者なんだ…… 

「さっきは不意を喰らったが! 同じ手は二度と通用しねえぞ! とっととかかってきな!」

「いいぞ!! やっちまえ!!」

狼殺しの威勢のいい声が響くと観衆からどっと歓声が上がる。

「なんか…… 狼殺しのあの人、すっげーヤル気みたいだね…… というわけでさっきのはなしってことでいい?」

「要するに…… ただのバカだったんでしょうな……」

ラルスの隣でアーロンは頭痛に耐えていた。

 大声を張り上げるスタンの姿をフェイトは静かに凝視する。長剣を押し立てて右に、あるいは左に盛んに身構えるスタンだったが威勢のいい台詞とは裏腹にフェイトとの間合いをいつまでも詰めようとはしない。まるで獲物の周りを遠巻きにグルグルと回る狼のようだった。

な、なんだ…… 一体、どうしたっていうんだ…… くそ! すっかり調子が狂っちまったじゃねえか! 薄気味悪いやつだぜ…… 

 スタンの顔に脂汗が滲み始めていた。フェイトが自分に向って踏み込んできた瞬間、背筋を電流のように走った冷たさがいつまでも染み付いて離れない。それが一体なんなのか、スタンにはまるで理解できていなかった。が、アーロンの予想通り二人の形勢は既に逆転していた。

「どうした! どうした! 狼殺し! あいては剣を持ってねえぞ!」

「なにやってんだよ! さっさと決めちまえ!」

 当初は戦意に乏しいフェイトをけしかける類の野次が多かったが、いつの間にかスタンに向けられる方が増えていた。二進も三進も行かない今の自分と相まって自尊心の強いスタンは観衆の野次に思わずイライラを爆発させて辺りを怒鳴りつけた。

「う、うるせえ!! 素人は黙って……」

「随分と余裕があるんだな……」

「な、なに!?」

耳元でフェイトの声がした。驚いたスタンが視線を正面に戻すとそこにあるべき姿は無い。

「な、なに……!? き、消えやがった…… や、やろう!! どこに行きやがった!!」

「どこを見ている…… 私ならここにいるぞ?」

 左右に激しく目を走らせるスタンの背後から再び声が聞こえてくる。慌てて背後を振り返ると自分のすぐ後ろに立っているフェイトの姿が目に飛び込んできた。完全な死角を取っている。

「な…… てめえ!! いつの間に!!」

フェイトは肝を潰しているスタンに向って右手を挙げ、指を二本立てて見せる。

「これで2回だ」

「な、何だそりゃ!! 何が2回だ!!」

「お前が死んだ回数だ」

「ふ、ふ、ふざけるな!!」

 顔面蒼白になったスタンは真一文字に長剣を走らせるが虚しくそれは空を切る。フェイトの身体は上等の水鳥の羽毛のようにふわりと宙を舞い、完全に乱れたスタンの剣筋を超えてそのまま長身のスタンをも軽々と飛び超えていた。

「凄い! 凄いよ! あの子! あんなに高く飛べるなんて!」

「確かに…… 身軽ですな……」

 野次馬の輪と一緒になって曲芸師も顔負けのフェイトの跳躍に歓声を送る自分の雇い主の横顔を見るアーロンの感慨はまるで別のところにあった。

剣は大地と共にあるものだ…… 土から足が離れればそれがそのまま隙になる…… バカほど落ち着きなく飛び跳ねる…… それをあえてするのは散々侮ってきたあの野郎へのささやかな意趣返しってわけだ……  

「あの狼殺し…… とんだ三下だな…… 」

アーロンは吐き捨てるように呟いていた。スタンは肩で息をしていた。

「こ、この野郎…… はあはあ…… ふ、ふざけやがって!! 舐めるんじゃねえぞ!!」

 長剣を左手に持ち換えたスタンは荒々しく右手を自分の懐に突っ込む。その手には銃身の短い単発式のマスケットが握られ、銃口は僅かに十歩程度しか離れていないフェイトにまっすぐに向けられていた。予想だにしなかったスタンの行動に周りを取り囲んでいた野次馬たちは驚きの声を上げ、たちまちフェイトの背後にあった囲みはクモの子を散らすように左右に分かれていく。

「カ、カクさん!!」

「まさかとは思っていたがあの野郎…… こんな場所で使うとはトチ狂いやがったか……」

出来ることなら厄介ごとはご免被りたいが仕方がない、か……

アーロンは腰のベルトからゆっくりとナイフを抜いていた。

「とうとう俺を本気にさせちまったようだな…… もう賭けも勝負もどうだっていい!! 大人しくしてもらおうか!! てめえにはちょっくら聞きたいことがあるんでなあ!!」

半狂乱に近い状態でまったく形振り構わないスタンの様子にフェイトは小さくため息をつく。

「どうやら…… 狼殺しの名は伊達ではないらしいな……」

「な、なんだと!? どういう意味だ!!」

「確かにお前は狼を殺したことがある。 だがそれは剣ではなく…… そのマスケットでの話だ…… 」

「へっへっへ…… そうよ…… その通りだ。 何とでもいいな! こいつで撃ち殺したっていうより素手で倒したっていう方が迫力あるだろ? それに奥の手は最後まで隠しておくもんだぜ! さあ! 黙って俺に従え! 」

「二人とも…… も、もう…… 止めるんだ……」

「あなたは……」

 額から血を流したガウバールが両手を広げてフェイトの前に立つ。フェイトよりもやや低い背丈だったがその背中は大きかった。

「おい!! おっさん!! ふざけんじゃねえぞ!! こいつが見えねえのか!! 剣が空を斬るだけでビビッて泣いていた臆病者が何の真似だ!! クソが!!」

「ああ…… 確かにあんたの言う通り、私は臆病者さ…… 私は仲間を犠牲にしてでもずっと逃げて助かってきた…… ならず者から逃げて、戦火から逃げて、そして狼の類からも逃げてきた…… 私はあんた以上に卑怯で自分勝手な人間だ…… 家に残している一人娘に会うためなら私は…… 私はどんなことだってしてきたんだ……」

「そこをどけよ!! おっさん!!」

「あいつの言う通りです。 私から離れて。 私なら大丈夫ですから」

 フェイトはガウバールの肩を掴み、ハッとする。彼の身体は小刻みに震えていた。フェイトは口を紡ぐと自分と心優しい金物屋に向って冷たい銃口を向けている男を見る目に力を込める。

「でもね…… そんな薄汚れた私でもね…… さすがに自分よりも若い子を犠牲にしたことはないんだ…… ここで血が流されるような事があれば当事者全員が縛り首になってしまう…… ここらが潮時じゃないかね? 兄さん、あんたも商人なら損得くらい勘定できるだろう?」

「ああ、言われるまでもねえ!! てめえが黙ってそいつをこっちに引き渡せばこっちはガッポリ儲かるんだ!! わからねえのか!! そいつをここで逃がしちまう方が大損だってことよ!! 邪魔するならおっさん!! てめえの方から片付けてやるぜ!!」

スタンは不気味な笑いを浮かべると剣を投げ捨てて懐から更にもう一丁の短銃を引っ張り出す。

「そ、そんな…… ばかな……」

「へへへ…… こいつの命中精度はいまいち信用できねえからな。 こうしていつも二つ忍ばせてるんだよ!! バカが!! これで分かったろ!! てめえが犠牲になっても状況は変わらねえってことよ!! おら!! とっととどけよ!! どかねえならまずてめえからぶっ殺してやる!!」 

 余興が一転してとんでもない殺人に発展しそうな状況に観衆は我先にと逃げ惑い始める。スタンを刺激しないようにじわじわと前の方に移動しつつあったラルスとアーロンだったが、混乱の坩堝と化した大衆の波間に飲まれてしまい、フェイトに近付くどころか、どんどんと外側に追いやられていた。

「ちょ…… こ、このままだとまずいよ! カクさん! あの人撃たれちゃうよ!」

「くそっ! なんてせっかちな野郎なんだ! 懐から出したと思ったらいきなりかよ!」

 決闘は当事者同士の問題で見物人に累は及ばなかったが殺人となると話は全く別だった。尚武を尊び、また自身を陣頭に置く事を好んだガルマニア王ヴィルヘルム3世(強健王)は特に殺人などの犯罪を座視する者は卑劣であるとして量刑には差があるもののその場に居合わた者を容赦なく投獄していたからである。この少々行き過ぎた観のある国法は権力を傘に着る悪吏の類に都合よく拡大解釈されて冤罪や弾圧を増長させている側面があった。

「ああ…… 神様…… どうか…… どうかお助け下さい……」

ガウバールはガタガタと震えながら目を瞑ると天に祈る。

「どけっつってんのがわかんねえのか!!おっさん!!いいぜ!!そんなら望みどおり死ねや!!」

「ガウバールさん…… あなたは卑怯などでは決してない。 森羅万象の神はそのことをよくご存知のはず。 天はあなたと共にある。 それを…… 今…… 私が証明してみせる!」

 血走った目を見開くとスタンは短マスケットの引き金を振り絞った。フェイトの緋色の左目に光が宿る。目にも留まらぬ早さ、いや常人の域を超える早さでフェイトはガウバールの背後から正面に躍り出ると西日を浴びて黄金に輝くサーベルを一気に抜き放ち、唸り声を上げて迫ってくる真っ赤に焼けた鉛の弾丸を下から上に弾き返した。

「な、なんでお前が親父の正面に立ってやがんだ!! て、てめえ!! 悪魔憑きの類か!! 」

 周囲の喧騒でフェイトの姿が霞んでいくような錯覚を感じてスタンはぎょっとする。いや、というよりもそこに姿はあっても気配がほとんど感じられない。

な、なにがどうなってやがるんだ……!! や、やべえ…… こいつはガチでやべえ!!

 スタンの膝頭がガクガクと震えはじめる。自分が感じている得体の知れない冷たさの正体を彼は今、ようやくその全てを理解していた。

「お前はどうやら苦痛を味わわなければ理解出来ないタイプの人間らしい…… 不本意だが仕方がない……」

フェイトはサーベルを前面に押し出して平突きの構え(※ 牙突みたいなもの) を取ると大地を蹴る。

「う、うわあああ!! よ、寄るな!! 俺に近寄るなあああ!!」

 もう一つのマスケットの銃口が火を噴いた。難なく弾丸を叩き落すとフェイトは一気にスタンとの間合いを詰める。

人の世は燃ゆる日輪の如く…… 我月影をゆく風の如く…… その体は空蝉にして命は陽炎に似たり…… 我振るうは無銘の剣…… 無銘剣…… 

「爪牙一閃!!」

直前でフェイトはサーベルを半回転させると柄をスタンの胸、鳩尾、そして腹に突きを入れた。

「しばらく眠っているといい……」

サーベルを鞘に仕舞うと背後で音を立てて長身の男がその場に崩れ落ちる。その時だった。

「そこを動くな!! 不埒者どもめ!! チュルス郡の郡司ガルフストールである!! 私闘により王室領の秩序を妄りに乱した咎で貴様たちを捕らえる!!」

やっとの思いで人ごみから飛び出たラルスとアーロンの目の前には、悪趣味に近い豪奢な装飾馬具の上でふんぞり返っている如何にも悪事の限りを尽くして焼け太りした貴族風の男が馬上の人となっていた。

「やれやれこんな時に悪代官のお出ましか…… レノアを目前にして盗賊の天敵と鉢合わせとは全くついてねえなあ…… で? この始末どうしてくれるんです? 旦那…… 」

「え……!? これって僕のせいかい? とりあえず……僕も郡司の厄介になりたくないんだけどさ…… この場合、穏便に済ませるにはどうしたらいいかな?」

「そうですねえ…… 1、2、3…… 5、6…… 9、10…… 13、14、15人ですから…… 5人くらい任せていいですかね?」

「ふっ…… 随分な見積もりだね。 いいとこ3人かな……」

「ですよねー わかりました…… じゃあそれで頼みますよ!」

悪代官(悪吏)と盗賊(義賊)か…… 予定調和ってやつだな……


第二話完
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