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薔薇の生涯 / Prologue

Prologue

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薄暗い森を抜けて小高い丘に立つとそこは見渡す限りの沃野(よくや)だった。一面の麦畑が青々と繁る麦穂に覆われているのが見える。まるで極上の手織り絨毯のようだった。

このエメラルドの波間に今すぐ飛び込んでまどろみの中をさまよえるなら、それはどんなに心地がいいだろうか。

豊かな実りの薫りが爽やかな夏の風に乗って運ばれてくる。風に揺れる麦たちを見ていると杖代わりのサーベルを持って立ち尽くしている自分が醜く感じられる。

役目を終えたサーベルを捨て、血と泥で汚れた(メイル)を私は脱ぎ捨てる。身体がまるで綿毛のように軽くなる思いだった。そして、丘の斜面に疲れ切った身体を投げ出して、目を瞑り、耳を澄ませる。

やがて土の匂いが漂い始め、温かい風が私を包む。

夏はいい……

一番心が踊る季節だ。

誰もが実入りに一喜一憂し続ける生活から開放され、刈入れを待ち侘びつつも夏至祭の準備に余念がない(※ 稲作とは異なり、小麦の収穫は6月末から7月にかけて行われる)。愛する人や仲間達とこれまでの苦労をねぎらい、嬉しさを分かつ声に溢れる。

ささやかといえば確かにささやかなものなのかもしれない。だが、例え小さな幸せでもそれを掴み、守り通すことは難しい。 “牙の季節”と呼ばれるあの厳しく長い冬はまた必ず訪れるのだから。

北国ガルマニアの夏はあまりにも短い。

照る日もあれば、そう、曇る日もある。不作が続けば一片のパンを分け合って凌がねばならず、それすらも尽きてしまえば一家は離散する。凍てつく北国の冬は生きとし生けるもの全てに厳しい試練を与える。

人生と同じ……いやそのものだ……

人は時に縛られ、土に縛られ、そして人に縛られて日々を重ねていく。いつ果てるとも知らないそれぞれの旅の終わりを求めて、人は皆、ただひたすら歩き続けなければならない。

でも……もっと他の生き方が出来るとしたら……その旅の結末はどうなっていただろう……

髪留めを外すと結っていた髪が落ちてくる。風に洗われて流されていく金髪があまりにも長く、そして強い日差しを反射して輝いていることに私は驚いていた。思わず私はそれを手に取った。老練な糸紡ぎでも人の髪ほどに細い糸はなかなか紡げないと聞いたことがあった。

これが……私なのか……

掌に絡む金の糸はまるで作り物か、あるいはまったく他人のもののように美しい。

やがて頬を伝うぬるい雫と込み上げる心の衝動はすべて風が運び去っていった。




 
「お姉ちゃん……大丈夫?」

静かに目を開けると傍らに小さな女の子が座っている姿が見えた。歳は五つくらいだろうか、この近くの農家の娘のようだった。大きな青い瞳をいっぱいにして思議そうに私の顔を覗き込んでいた。

「眠っていたのか……私は……」

「うん。何回呼んでも目を開けないから心配しちゃったよ」

「そうだったの……」

その子はまるで近所の大人と会ったかのように見ず知らずの私に対して全く警戒心を持っていなかった。

「怪我をしているの?」

「ええ……少し……でも、大丈夫……」

「痛いの?」

「いや……全然……ただ……とても眠たい……」

「分かった!ゆうべは悪い夢を見たんでしょ?だから眠れなかったのね!」

屈託のない笑顔だった。

「悪い夢……そうね……そうかもしれない……」

女の子の円らな瞳はどこまでも透き通っていた。

知らなくて済むならそれに越したことはない……

人が無闇に知るべきではないものはこの世の中には確かに存在している。それが名も知らぬ異国から運ばれてきてガラスの温室から出ることなく生涯をそこで終える花ならば尚更だ。

たとえ手折れば散る小さくも可憐な花であっても、母なる北の大地にしっかりと根を張っているならば、わざわざ手を下さなくてもいずれ分かることだろう。

「あんまり元気がないのね、お姉ちゃん。そんなに怖かったの?どこから来たの?どうして怪我をしているの?」

子供らしい矢継ぎ早の質問だった。

「ここからずっと南の方から……」

「南って?ルタニよりも?」

「そう……もっともっと南……」

「ふーん……あ、そうだ!私がお姉ちゃんを魔法で元気にしてあげる!」

「魔……法……?」

突拍子もない女の子の提案だった。

「そうよ!魔法!それはそれはとっても古い昔のすごい力なんだから!」

肩まで伸びた金髪が風に揺れていた。

「君は……魔法なんて信じているのか……?」

「あたりまえよ!魔法は存在しているの!」

「君は……魔法……(いにしえ)の言葉のことを……一体どこで……」

頬を紅潮さながら女の子は誇らしげに彼女の魔法を語り始めた。

「お姉ちゃんみたいにわたしが眠れなかった時にお母様がお話してくれたの。遠い遠い昔の話。昔の人は自由にお空が飛べたんだって。それで悪い人たちを強い力でやっつけったんだって。それから……それで……それで…・・・とにかく!みんなそれで幸せになったんだって!」

「そうか……君の母上は物知りなんだな……」

「そう!村のみんなは誰も信じてくれないけど魔法はちゃんとあるんだから!お姉ちゃんも信じるでしょ?」

女の子の顔がかすんで見えなくなっていく。目蓋が鉛のように重かった。

「君は……信じているんだね……」

「もちろんよ!信じない人にはなにも起きな……いいえ!きっと悪いことが起こるわね!」

「悪いことが……起こるのか……信じないと……」

自分では他愛のない子供とのやり取りに微笑んでいるつもりだったが、果たして傍らにしゃがみ込んで魔法の存在を力説している少女の目にどう映っているのか、全く見当も付かなかった。

「そうよ!悪いことだけじゃないわ!怖いことだって起こるんだから!えーっと……そうだ!きっと狼とか出てきてすぐに食べられちゃうわ!」

女の子の表情はもう見えない。でもよく通る元気な声を聞けば負けず嫌いな顔に今にも泣き出しそうな表情を浮かべている事が容易に想像できた。

「それは……怖いな……」

「そう!怖いわよ!とっても!」

笑ったり、泣いたり、怒ったり……本当に忙しい子だ……

だんだん幼い声が遠くなってゆく。

「信じる……」

「ほ、ほんとうに!?絶対!?ウソだったらとーっても恐ろしい呪いとかあるんだから!」

「ええ……信じる……君の魔法を信じる……それで……君は……」

まるで他人の体のように自由が利かない。緩慢な動作で女の子のほっそりとした小さな腕を掴む。

「もしも……私も魔法を持っていると言ったら……君は……それを信じる/……?」

今までの強気がウソのように辺りを静寂が包む。

子供のやることにはほとんど意味などないように見える。親の手伝いを二つ返事で約束してもすぐに他の事に夢中になってそれを忘れ、あるいは深く考えもせずに平然と相手を言葉で傷つけてしまう。そんなことを繰り返しながら少しずつ大人になっていくものだ。

そう……知らないだけなんだ……

言葉には秘められた力があることを子供たちは理解していない。

女の子は腕を掴まれても全く物怖じする気配がなかった。少女の無言は恐怖によるものではない。

この子は考えているんだ……真剣に……

私の言葉に対するこの少女の反応はあまりにも意外なものだった。

とても不思議な子だった。

「……信じる……わたし……おねえちゃんの魔法を……信じる」

震えるようなとても小さな声だったがそれでもどこかに芯の強さを感じさせた。

今度は私が考えなければならない番だった。もしこの幼い少女が即答していたなら私も簡単に諦めることが出来ただろうに。

私の掌を通して少女は察してしまったのかもしれない。

残された時間がもう残り少ない事に……

私にあと少しばかりの温もりがあればあるいは少女の態度は変わったのだろうか。私に分るはずがなかった。

「ありがとう……」

それが私の答えだった。

そうだ……もしかすれば一人では終わらせられない旅もあるのかもしれない……

運命の巡りあわせはいつも簡単ではなく、最後の最後まで人間の命は荒波に揺られる小船のように波乱に満ちている。

「……お姉ちゃん……また寝ちゃったの……?」

一条の風が二人の間を駆け抜けていった。
 


一つの巡り会わせがもう一つの新しい旅の始まりになろうとしていた……




(プロローグ おわり)
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