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第三話 Furball (記者)

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3rd piece / Furball (記者)
 

新暦76年12月24日 PM07:30
ミッドチルダ首都クラナガン中央区8番街 レストラン内
 

「…新年祭の準備で忙しい時期に別のお祝いをしないといけないっていうのは…なんというか…ちょっと面倒臭いよねえ…」

「ほーう…気乗りがしないとなーんもやらへん物臭なロッサ(ヴェロッサ・アコース
/ 時空管理局本局査察部 査察官)が新年祭の準備を気にするとは意外やねえ…素直に私のお守りが面倒やって言うたらええやないの」

「おいおい!誰もそんなこと言って無いだろ?ただ、ミッドでは新年祭は聖王聖誕祭と同じくらい重要な季節イベントだからね。僕だって少しくらい準備はするさ」

「ほえぇ…ロッサがそないな殊勝な心がけをしとったと聞いたらカリム(カリム・グラシア)もシャッハ(シャッハ・ヌエラ)もさぞ喜ぶやろなあ。ほなカリムに電話してロッサが新年祭の準備を気にしてたでぇ~って言うてもええのん?」

「あ…いや…それマジ勘弁…(嫌がらせってレベルじゃねえぞ…タジッ)」

「ははは!ホンマ素直やないなあロッサは…厳格で有名な聖王教会の出身やのにどうやったらこんな適当な性格な人間が出来るんやろうね?
DNAの神秘やね」

「ふっ!強靭な精神の賜物とだけ言っておこうか…」

私(はやて)がロッサとこうして会うのはホンマに久しぶりでした。機動
6課の立ち上げに際してクロノ君と後見的な役割を果たしてくれたカリムの義弟であるヴェロッサは本局地上本部の査察官で私にとって実の兄のような…なんと言うか、色々背伸びをしないといけない私にとってロッサといる時は本当の自分を素直にさらけ出せる…そんな感じの人でした。

だから…つい私も普段出来ないわがままを言って…はしゃいでしまうのかもしれません。

「まあ冗談は抜きにして新年祭はミッドで一番大きなイベントだからね。みんなこの時期は家族や大切な人と一緒にショッピングしたり外食をしたりして楽しいひと時を過ごすから、このレストランだって予約を取るのが大変だったんだ。ほら、ここも普段は見ないような層の客がチラホラいるだろ?」

「うん、そやね。私もこのレストランはいっぺん来てみたいってずっと思うとったからホンマに感謝や。
24日前後に予約が取りづらいいうんもなんか私の世界のクリスマスみたいな感じやね」

「そうそう!クリスマスだ。ユーノ先生やクロノ君たちがいつもこの時期になるとその話題をよく口にしていたのをようやく思い出したよ。さっきから頭に引っかかっていて気になってたんだ。はやても毎年
24日は家族でパーティーをしていたよね?今年はいいのかい?」

「まあ今日はみんな仕事やし…ちょっと時期を遅らせて年末に鍋パーティーでもしよかって話をしてるとこや。それに最近何かと物騒やしね…うわあ!これめっちゃ美味いなあ!ビックリや!」

例の件を思わず口走りそうになった私は目の前に置かれている前菜を慌てて口に運ぶ。私がまた仕事の話で盛り上がるとロッサもいい気持ちはしないやろし…ロッサもじいっと私の顔を見てるし…心配そうに…

余計な心配をかけないようにせなアカン…

「・・・うん、これは確かに美味いな。ところでなんで第
97管理外世界では今日(12月24日)を祝うんだい?やっぱり何か特別な意味があるんだろ?」

「ほえ?
24日?ああ…クリスマス・イブのことかいな?私も詳しくは知らへんけどキリストさんの誕生日をお祝いするお祭りらしいんよ」

「キリスト?キリスト…どこかで聞いたような名前だけど…」

「うん、まあ分かりやすく言うたら私らの世界で一番大きな宗教団体の神様やな…あ、かなり前に局を辞めはったグレアムおじさんなんかも信じてると思うわ…多分(よう知らへんけど…)」

「ふーん。じゃあ今日は聖王教会で言うところの聖王聖誕祭みたいなイメージなのかい?」

「ま、まあ…そんな感じちゃうかなぁ…」

「じゃあ、今日のディナーは夜天の神であるはやての神様を僕達はお祝いしているというわけだね。まさに神々しい夜だね(うはっ誰ウマ)」

「いや、私ん家はご先祖様の代からお釈迦様やけど?」

「え゙っ!お、オシャカ…まだ別の神様がいるのか…っていうか!だったらキリスト関係ないじゃん!何で信徒でもないのにお祝いするの?」

「細けえこたぁええんや!一緒に食事をするための口実なんやから神様も仏様も別にどうでもええやないの!」

「え?」

「あ…い、いや…その…しゅ、宗教上の理由でわざわざ会うんはおかしい…っていうか…」

「ああ…まあそうだね。僕もぶっちゃけ神様関係はどうでもいいし」

これや…何かよく得体の知れない…越えられない壁のようなもの…

「ホンマにロッサは…大物やね…」

「お褒めに預かって光栄です。八神はやて地上本部特別捜査部捜査官殿」

「別に褒めてないけど…あ、それよりワイン頼んでもいいですか?ヴェロッサ・さ・ん」

「勿論構わないけど…お酒…大丈夫なのかい?はやて…」

「またそれかいなロッサ…私たちももう
20歳やで?お酒くらい飲むよ?」

「そうか…頭では分かってるつもりなんだが…まだはやてが子供だった頃のイメージが強くてね。その…ごめん」

そうなんやなぁ…私たちはやっぱりまだまだ色んな意味で未熟なんやろうな…

「ははは、別にええよ。私たちもお酒の味も意味も訳分からず、ただ飲んでるってだけやから。まだ子供やよ」

「あ、いや、そういうつもりは本当になかったんだ。でも僕の勝手なイメージだけど三人とも結構強そうだよね?」

「それがなあ意外なことになあ…くっくっく…」

「な、なんなんだ…その邪悪な笑いは…(タジッ)」

「私とフェイトちゃんはかなりいけるクチなんやけどな、なのはちゃんはお酒に関して言うと実はからっきしやねん…これまめな…」

「え?そ、そうなの?それは何と言うか…すごく意外だね…」

「そやろ?なのはちゃん一人で飲みそうな顔してるけど実は私らの中では一番弱いねん。ビール一口でもう顔真っ赤やしなあ…この前も…なのはちゃんが入院する前の話やけど…
6課が解散してもうてその打ち上げを三人だけでやったんやけどな、そん時なんかほんま大変やったよ…最初はほろ酔いで一人ニコニコしてるんやけどだんだん酔いが回ってくると絡んできて説教始めるんよ」

「え゙っ!説教癖なのか?それはまた厄介だな…」

「現に私らのテーブルの近くで飲んどった酔いどれ中年空士の
4人グループがおってんけどな、なのはちゃんに全員正座させられてダメ出しの集中砲火を浴びとったわ。しかも…これが直球一本のダメ出しやから絡まれた方は結構ブルー入ってたと思うで。まあ、それ以前に私らにちょくちょくチョッカイ出して来とったから同情はせえへんけどね」

「なんか…お前たち無茶苦茶だな…ちゃんと止めないとだめじゃないか…」

「まあ私が放っておいてもフェイトちゃんが一人でアタフタしながらなのはちゃんの面倒を甲斐甲斐しく看(み)るから二人のやり取りを見てるだけでお酒が進むんよ。めっちゃおもろいから」

「おまえ…時々鬼だよな…」

「更にや…なのはちゃんにはまだ最終形態があるねん」

「ま、まだあるのか…」

「最終段階に入ると今度は泣き出すねん…あれは私も迂闊やったわ…説教モードはちょくちょく見とったから…まさかもう一形態残しとるとは思いもよらんかったんよ…」

「説教した挙げ句に泣き上戸とか…酒癖悪いってレベルじゃないね…」

「しかも…なのはちゃんが泣くとやなあ…フェイトちゃんまで釣られて泣き出すんや…二人でなーんも悪いことしてへんのに「ごめんね」「ごめんね」の繰り返しでもう収拾がつかへんかったわ…んで二人ともマジ泣きやろ?涙でグシュグシュの二人を私が連れて帰らなあかんっちゅうのがパターン化しつつあるんよ。フェイトちゃんと私やったら二人とも何杯飲んでも割と素のまんまやからあれなんやけど…やっぱり内輪で飲むんならなのはちゃんがおった方が断然おもしろいんよ」

「…」

「そや!今度、なのはちゃんの快気祝いでもしようかと思うとるんやけどロッサも来る?楽しいよ?」

「えっ!?あ…い、いや…僕はその頃はかなり忙しいと思うから…」

「あははは。心配せんでもええよ?元
6課の目ぼしいメンバー全員に声をかけるつもりやから大所帯になると思うし」

「それなら…まあ…一応連絡だけは入れてもらえればスケジュールも調整できると思うから…」

「はいはい分かりました。それにしても…はあ…しっかし…ホンマあの頃は楽しかったなあ…」

なのはちゃんのことを思い出した私はつい…大きなため息をついてしまいました…勘の鋭いロッサは私の心の中に滞留しているモヤモヤに最初から気がついていたらしく心配そうな視線を私に向けていました。

普段の私ならすぐに話をそらしていた事でしょう。でも…空腹のお腹に沁み込んでしまったワインが私を不必要に饒舌にさせていました…

「高町一尉の件は気の毒だったね…僕も
JS事件の後の入院については聞いたよ…快気祝いってことはもう退院が近いのかな?」

「なんや…ロッサは知らへんかったんか?てっきりクロノ君かユーノ君辺りに聞いてるもんやとばかり思っとったわ。ずばり今日の夕方が退院やったんや」

「そうだったのか。意外に早かったんだね」

「シャマルの話では出来れば数年は療養しとった方がええんやけど…まあ、そう言うて聞き分ける子やないし…この前私がお見舞いに行った時に家族でクリスマスを過ごしたいって言うとったから結局その通りになったっちゅうわけや…」

「そうか…僕は全部を聞いているわけじゃないからよく分からないけど…数年の療養っていうのは穏やかじゃないよね…高町一尉の身体は本当に大丈夫なのかい?」

「ゆりかご戦であれだけ身体に負担のかかる“ブラスターモード“連発することになってしもうて…正直言うとなのはちゃんの身体はもう高レベルの魔砲衝撃に耐えられへん…もちろん魔力が無くなった訳や無いし、事件直後にダウンしとった魔力値も徐々に回復しつつあるから撃とうと思えばそりゃ撃てるけど…文字通り…今は一発一発が寿命に直結する状態なんや…」

「そんなに酷いのか…だったらここはやっぱり一度、予備役になった方が長い目で見て本人だけじゃなくて周囲のためにも…」

「それが教導訓練を続けながらでも治療は出来る言うて頑として言うこと聞かへんのよ。その件で私とは別の日にお見舞いに行ったフェイトちゃんとかなり激しくケンカしたらしいわ。まあなのはちゃんも入院のイライラで虫の居所も悪かったみたいでかなりきつい事フェイトちゃんに言うたみたいやわ。本人も物凄く反省しとったけどな…」

「そっか…仲のいい三人娘も今はちょっとお互いに気まずい訳だね」

「私は全然普通やよ?問題なんは…なのはちゃんとフェイトちゃんやね…あれだけ仲よかった二人がすれ違ういうんもちょっと見ていて辛いんや…」

「なるほどね。だからはやては快気祝いを口実にして二人の仲直りの場を提供しようとしてるんだね。優しいんだな、はやては…」

会話が途切れるのを狙い済ましたかのようにメイン料理が運ばれてきた。

「さ、折角の料理が冷めると美味しくない。まずは腹ごしらえをしようか」

「うん…そやね…そうしよっか」

自分でも分かるくらいや…自分の笑顔が引きつっているのが…目の前にいるロッサが気付かないわけはない…

ロッサ…それだけやないんよ…後遺症は…

この事は…この瞬間、シャマルと私となのはちゃんしか知らへん…フェイトちゃんにはなのはちゃんが直接話すって言うとったから多分、今日辺りにでも頃合いを見て言うつもりなんやろな…私が…私が自分の部隊を作りたいって話に…なのはちゃんやフェイトちゃんを巻き込んでしもうたばっかりに…

「はやて…」

「あ、ご、ごめんな!折角のディナーが台無しや!」

「食事なんかいつだって出来るさ。僕は心配なんだ。はやての事が…」

「え、えっと…わ、私…そんなに危なっかしいやろかなぁ…」

「僕だけじゃない。騎士カリムやシスター、それにクロノ君も心配している。はやては優しいから何でも一人で抱え込んでしまうだろ?まあ…優しい人はみんな大体そういう傾向があるけど…はやての場合は特にそれが強いんだ。何と言うか…とても生き急いでいるような印象をみんな受けている」

「でも…私が…私さえなのはちゃん達を自分の夢に誘わへんかったら…」

「それは違うよ、はやて…これはお前の責任じゃないし、誰の責任でもないと思う。時には受け入れ難い現実を突きつけられることもあるが、まさか後戻りするわけにも行かないだろう?時間の流れに逆らえば身を滅ぼしかねない。
PT事件や闇の書事件はそのいい教訓じゃないかな?過去を全否定してしまうのは今の自分を否定するのに等しいし、場合によってはそれが一層人を傷つけてしまう事だってあるんじゃないかな…」

「…」

「はやて…気持ちは分からないじゃないけど少しドライに考えることも指揮官の重要な資質だ。高町一尉は自らの意思でそれを選んだ。そうしなければならないと判断したんだ。それを尊重してやることも人の上に立つ者の責任だと思う。もしはやてが責任を感じるならむしろそっちの方で責任を果たすべきじゃないかな。過去を嘆くのではなくて、ね」

「ロッサ…」

「なんだい?」

「何か悪いもんでも…」

「食ってない!それから…ついでに拾ってもいないからな!」

どちらからともなく私たち二人は笑っていました。

ありがとう…ロッサ…

「そうだ…クリスマスにはクリスマスプレゼントを贈るんだろ?僕からささやかな贈り物があるんだ」

「え?ま、まあ…そんな風習も確かにあるけど…ここミッドやし…私なんも用意してへんし…ええよ…そんなん」

「ははは!僕のプレゼントは物じゃない…情報だよ」

「情報?」

「そう…プレアデスのね…」

「プレアデス…」

「前にはやてから個人的に頼まれていたプレアデスの調査…引き受けることにした…いや、正確に言うと正式に僕の取り扱う仕事になったんだ」

「え…正式に査察部が動くっていうのは一体どういう…私がロッサに頼んだんはあくまで個人的っていうか…私の今の任務はあくまで不心得者の確保乃至は殲滅やから…まだ相手の見えへん状況で大っぴらに動くことが出来へんからや。でも、騒乱の芽は早めに断つのが得策やし、雑草も一度しっかりと根を張ってまうと除草にはかなり時間と労力が必要になる。それに…」

「代償も払わなければならなくなる…だろ?」

「そうや…私が立ち上げた機動
6課…私自身が初めて手がけた事件がまさか史上稀に見るような大事件(JS事件)に発展するとは思ってもみなかった…なのはちゃんやフェイトちゃんの努力とカリムやロッサやクロノ君の協力のお蔭でどうにかなったようなもんやけど…正直言うて支払った代償は大きすぎたと今でも思うてます…」

「そうだね。犠牲はどんな事件にもつきものだし、放置しておけばますます失うものが多くなってしまうのも自明だ。それに加えて今回の事件は…更に被害を出せば時空管理局の存亡に関わることにもなりかねない。例えば…地区政府の首脳は反政府テロを表向きは警戒していて局に対する圧力を強めているが、ある意味でこの事件を好機と見ている節もあるんだ」

「好機?」

「警察と軍隊と司法を統括して強大な権力を握っている管理局は広大な時空世界の治安維持のための荒療治とは言ってもやっぱり警戒する意見の方が圧倒的なんだ。だからプレアデスがいつまでも野放し状態だと管理局としては格好の攻撃材料を与えかねない。これが執務(官)長の捜査本部とは別に査察部が調べるという本局幹部の意図さ」

「そないな動きが上の方で出てるなんて…はぅあ!!」

「な、なんなんだ!一体!(ていうかなぜ画太郎…)」

「この店の向かいのカフェの窓際におるの…ひょっとしてフェイトちゃんとちがう?」

「フェイト執務官が?あ、本当だな…ん?対面に座っているおっさんは誰だろう?知ってるかい?」

「全然知らへん…ていうか…(な、なんで今日なのはちゃん達と一緒やないんや…フェイトちゃん…ちゃんと退院の日時知らせたやろ…)」

「どうやら…楽しそうに男女がデートをしている…という感じでもなさそうだね…」

フェイトちゃん…気まずいんは分かるけど何考えてんねん…私、今めっちゃ怒ってるで…



同刻。ミッドチルダ首都クラナガン中央区8番街 カフェ
 

ミッドタイムス…首都クラナガンを拠点にした発行部数第一位の大手新聞社で傘下にTV局も従えているこの世界におけるマスコミの雄…まずはそう言って差し支えない。

マスコミ対策は厳密に言うと私(フェイト)の本分ではない。管理局には歴(れっき)とした専門のスポークスマン(広報部)が在籍していて凶悪犯罪や大規模な事故が発生した場合は定期的な会見を開いていた。私が担当しているプレアデス連続テロ事件は1週間の内に立て続けに事件が発生したため、局の広報体制が整わないうちに私のところにマスコミが殺到したのがそもそもの躓(つまず)きだった。

既に専任のスポークスマンが選ばれていたけど…どういう訳かありとあらゆるマスコミが私の後を付け回るような状態が続いていた。

「何にしますか?ビールでも?」

「いえ…まだ勤務中ですから…」

「分かりました。じゃあコーヒーを…」

「結構です。お構いなく…」

「遠慮しなくていいんですよ?全部取材費で落とせますから」

「いえ、自分で頼んだものは自分で支払いますから。それに私はコーヒーよりもお茶系の方がいいので…」

「タバコ吸いますか?」

「す、吸いません!私はタバコの煙は嫌…」

人の話をろくに聞こうともせずに
40半ばくらいに見えるその男はいきなりタバコに火を付けてプカプカと煙を吐き出し始めた。そして駐車場で会った時と同じ様な流し目を私に時折送ってきていた。

「…」

人を見かけだけで判断することはしないけど自分の目の前に座っているミッドタイムスの記者を名乗る男に全く好感が持てなかった。それは間違いなくタバコの煙のせいだけではない。

男が吐き出す白い煙が目の前をフラフラと横切っていく時…私は不意に懐かしい横顔を思い出していた。

リニス……

私は約束したんだ…遠い遠いあの日…リニスと…尋ねてくる人なんて誰もいなかった時の庭園の離れで…毎日毎日泣いて…本当に泣き虫だった幼い私はリニスから詠唱に差し障るから魔道士は絶対にタバコなんて吸っちゃダメだってきつく言われていた…

それから月日は流れたけど…義母さんとお義兄さん一家が住むハラオウンの実家でもタバコを吸う人は一人もいなかったし…はやての八神家も…なのはの実家の緑屋でもそうだった…昔から私の周囲にはタバコを吸う人なんていなかった…

特異な芳香が鼻腔をくすぐり、先入観のせいか…喉の奥がムズムズするような気がした。所構わず煙を撒き散らす目の前の男の無神経さにも心底呆れたけど…同時に、自分がPT事件後に釈放されてから今までずっと温室の中で過保護に育てられてきたことを何故か実感させられたような気がした…

とても温かくて…穏やかで…そして優しく包まれる様なハラオウン家の娘としての日々…それはとてもありがたくて…感謝してもしつくせないけど…

私は…辛かった幼い頃の自分を…もしからしたら無理やり忘れ去ろうとしているのかもしれない…

「ふー!!ところでフェイトさんは普段何やってるんです?毎日楽しいですか?」

なによそれ…ふざけないで…

もし、私がここに母さんが私に与えてくれたバルディッシュ…いや、リニスの心を手に持っていなかったら…無神経なこの男に平手打ちの一つでもお見舞いしていただろう…

怒りを抑えるのに私は必死だった…

「まあ…それなりに…」

「やれやれだな…まだ若いのにワーカーホリックですか?旅行とか彼氏とデートとかしないんですか?」

旧知の間柄でも無いのにこの不遜な態度…そして言葉こそは丁寧ながらもどこか慇懃無礼な言動…
私の今の精神状態が穏やかではないことを割り引いたとしてもどれを取っても不愉快極まりなかった。

「あの…そろそろ…ご用件を伺っても宜しいですか?」

「参ったな…世間話にも付き合ってもらえないんですか?えらく嫌われたもんだ俺も…じゃあ、一つ単刀直入にお伺いしましょうか。ズバリ、一連のテロ事件の犯人について目星は付いてるんでしょ?」

「捜査関係のことなら会見でお話していることが全てです。それ以外の話には一切お答えできません」

「実に模範的な回答だ…それは上の方からの指示ってやつですか?」

「主席執務官殿の指示以前にこれは基本的な公職上の守秘義務の問題です。公式発表以外のことはお話できませんし、またする必要もありません。用件は以上ですか?であればまだ仕事がありますのでこれで失礼させて頂きますが」

「まあまあ…まだ注文した飲み物も来てないうちからそいつはあんまりってもんだ。それに連続テロ事件のせいで恐怖に慄(おのの)いている一般市民の不安を取り除くのも執務官の立派な責務ってやつじゃないですか?」

いかにもマスコミ関係者らしい独善的な論理…

事件や事故に関する情報公開には高度なリテラシーが要求される。知る権利という得体の知れ無い根拠を基に求められるがままに捜査情報を垂れ流すことは犯人に対する利敵行為にしかならないし、さりとてヘタな情報の小出しはかえって事情に精通していない部外者の不安を煽るだけ。

捜査関係者が一様に捜査の進捗に対して口が重たいのは単に秘密主義だからではない。犯人を確保しない限り何を言っても所詮は途中経過。そんな中途半端な情報を提供したところで一時的なものでしかなく根源的な不安を取り除くことが出来ないことを知っているからだ。

「残念ですけどその件に関しては私ではこれ以上あなたのお役には立てそうに無いと思います」

「またまたご謙遜を」

「ですが…代わりと言っては何ですけどマスコミ関係者であるあなたに私からお願いがあります」

「なんでしょう?俺に出来ることならいいんですけど」

「プライバシーの侵害は厳に慎んで下さい」

「ほう…例えば?」

「高感度赤外線や超望遠レンズでの私室の撮影、近隣住人の方々への過度な聞き込み、住居敷地内への不法侵入、私物の撮影及び窃盗、郵便物やゴミ等の物色乃至はその持ち去り行為、車などの所有物への悪戯行為、個人情報の故意による漏洩、最後に盗聴及び盗撮行為、以上のことの可及的速やかな中止をお願いします」

「なんだか…随分と難しい言葉を使うんですねえ…もうちょっとはっきりと覗きをするなとか部屋干しの下着を写すなとか言った方が連中には効果的じゃないですか?まあ…もっとも気になるクラスの女の子にチョッカイをつい出してしまうという心理と同じで更にエスカレートする輩もいるかもしれませんがねえ…」

「他人事のようにおっしゃらないで下さい!ものすごく迷惑なんです!」

「申し訳ないが全部俺にとっては他人事なもんでね…」

「どういう意味ですか?」

「言ったままの意味ですよ。まあ職業に貴賎が無いっつうのが世の中の建前だがマスコミにも色々種類があってねえ。
TVやら週刊誌の類ならそれくらいのことは何の恥じらいもなく平然とやりかねないが…一応、俺もこう見えて報道に携わってるんでね。その辺をマスコミって一括りにするんじゃなくて…ほんのちょっとだけ区別してもらいたいもんですね」

「区別?」

「ま、ハッキリ言うとお門違いってことですよ」

「…」

正論と言えば正論かもしれないけど…ホントに嫌な人…

私は胃壁が酸に犯されて溶けているような気持ち悪さを感じていた。

「しかし…こう言っちゃなんだがその程度のことで参ってたらゴシップ誌の思う壺ですよ?まあ、あんたみたいな社会経験の少ないエリートさんはこの手の煽りには引っかかりやすいし、特にあんたは性格的にも連中の格好の餌食でしょうな。嫌がらせってのはねえ…ほとんど相手に対する挑発行為なんですよ」

「挑発?そんなことをして一体何の意味があるんですか!」

「意味?意味なんか必要ないでしょう。例えば夏の暑い日に海やプールで遊ぶのにいちいち理由が必要ですか?」

「そ、それとこれとは全く違います!」

「同じことですよ。世間、つまり人間の考えてることなんて所詮はその程度だってことですよ。特別な理由なんて全くありません。大衆ってのは常に人のことが気にかかるものでしてね…他人が自分のことをどう思っているかに始まり、他人が何をやってるのか、何がキライで何が好きなのか、そして…どんな変態趣味を持っていて…どんな体つきをしているのか、とかね…まあ…要するにあなたの全てを隅々までなんでも知りたいんですよ。勿論、知ったところでどうにかなるものでもないのは織り込み済みですがね」

「や、やだ…気持ち悪いことを言わないで…」

全身に鳥肌が立つほどの嫌悪感…これほどの強烈な不快感は今までに経験したがなかった私は軽いめまいと吐き気を覚えていた。

「人は誰しも多かれ少なかれ猟奇的というか、ちょっとした異常性を持っているものでしてね。精神の平衡状態(バランス)を崩したときにまるで坂を転がるみたいに普段は闇に潜んでいる異常性が顕在化してしまうことがある。罪を犯した人間の周辺を取材したときにステレオタイプのようにみんな口をそろえて言うでしょ?こんなことをするような人に見えなかったとか普通の人だったとかね?これがいわゆる全く普通な人が犯罪者になってしまうというプロセスです。すなわち犯罪者全員が全くの池沼ってわけじゃなくて誰もが闇の部分を抱えている。執務官のあんたならこの意味が分かる筈だ。罪を犯す人もまた、かつては普通の人だったってことをね」

「だ、だからと言って変態行為を正当化する理由にはなりません!街中を歩いている人のスカートの中を撮影するとか狂ってます!それが普通の人の取る行動だとでも言うんですか!詭弁(きべん)もいいところです!それに事件直後ならいざ知らず…今は広報担当者も選任されているんです!捜査の現場担当者に直接取材する必要性は無いと思いますけど?」

「まあまあ…そんなに怒りなさんな…分かってますよ。俺もあんたに連中のやってることを認めろなんて言いませんよ。ただ…相手のペースに乗せられるなってアドバイスしてるんですよ。不逞の輩は淡々と法的に対処していけばいいでしょう?次元九法に精通している法律家ならそっちの方はお手のもんでしょ?違いますか?」

半分も吸わないうちにタバコを灰皿に押し付けたかと思うとまた新しいタバコを取り出す。頭頂部が目立って薄いのと微弱な魔力反応がある以外、特に特徴の無い中肉中背の男は粘りつくような視線を相変わらず私に送ってきていた。

記者を名乗るだけあって話題は豊富だった。時事に関する質問を適当に受け流しながら私は切り上げる機会をずっと伺っていた。平日の夕食時間ということもあって人気の無いカフェには私たちだけだった。それにも関わらず注文した筈のビールも私の紅茶もまだやって来る気配すらなかった。

PT事件の話を持ち出した時はちょっとドキッとしたけど…一体、この人の目的はなんなのかしら…やっぱりこんな人…無視して局に戻ればよかった…

逆ギレされて根も葉もないことを書きたてられても困ると瞬間的に思った私は人目につかない様な場所でこの男を適当にあしらうつもりでなのはが入院していた中央病院からこのカフェまでやって来ていた。でも…今は自分の取った一連の行動を激しく後悔していた。

本当に私…何やってるんだろう…

どうして…あの時…私は隠れてしまったんだろう…もし、あの時…前の様に声をかけることが出来ていればこんなところで…こんな下らないことに時間を割かずに済んだかと思うと余計に腹立たしかった。

やっぱり…私の中でまだ割り切れてないんだろうか…あの日のことが…



フェイトちゃんには話しても分からないと思うから…もう…帰って…くれないかな…

お話しないと分からないことだってある…そう教えてくれたのは…なのはの方じゃない!!



だから私はその通りにして来た…もう、これ以上あの時のことは思い出したくない。

本来…人見知りの激しい私はこんな時どうすればいいのか、まるで分からなかった。

自分の中で何かが壊れ始めているような気がしていた…
 
 
 

プルルルル…プルルルル…プルルルル…

 

 
PM08:45 首都クラナガン郊外 高町邸
 
「どうしたの?なのは」

「あっ…ゆ、ユーノ君…何か…フェイトちゃん…携帯に出てくれないんだ…」

「そうなんだ…思念通話は?試してみたの?」

「うん…でも…全然ダメ…私…やっぱり嫌われて当然だよね…酷いこと言っちゃったし…」

「そんなことないよ。きっと話せば分かってくれるよ。今までだってずっとそうしてきたんじゃないか。大丈夫だって。たまにはすれ違うことだってあるよ…」

「そうかな…」

「そうだよ。フェイトともそのうち連絡がつくよ。今までフェイトと一緒にずっとクリスマスをお祝いしていたんだから都合がつけばきっとここに駆けつけるよ。だって、なのはが今日退院することはフェイトだって知ってるんだから。多分、仕事が忙しいんだよ」

「あの連続テロ事件…フェイトちゃんが担当してるんだよね…」

「うん、その通り。捜査はかなり難航しているみたいだしね。それに連日連夜、マスコミはお祭り騒ぎしてるし…フェイトもかなり参ってるんじゃないのかなあ。そういうのも影響してると思うし、なのは…」

「えっ?なに?」

「だから…あんまり悲しまないで…ヴィヴィオも心配するし…僕も心配だ…」

「ユーノ君…」

「さ、向こうでヴィヴィオが待ってるよ」

「うん…だね…そうだよね…私…信じなくちゃ…フェイトちゃんのこと」





それは…始めはとても小さな不安でした…

でも、いつまで経(た)っても鳴らない電話…繋がらない想いが…

後悔の波と不安の波になって交互に私(なのは)の心に押し寄せて来て…

まるで…波に洗われて今にも崩れそうな砂のお城のように私の心は…

折れてしまいそうでした…

フェイトちゃん…伝えたいことが、伝えなきゃいけないことがあるんだ…私…
 
 

第三話 完 / つづく

 
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