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最終話 Fragment (希望)
世界は光に包まれた。
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新暦77年7月24日
執政特別区15番通り23番街14区画ミッドチルダ公立考古学博物館 館長室
「クラナガン大公国時代の庭園を模した中庭が全損状態…本館も実に3分の2が修復中で公開時期は未定…別館と附属図書館に至っては柱一本残らず吹き飛んだままときたもんだ…こんな悲惨な状態でよくもまあ、一般公開に踏み切ったな…ご英断です館長、とでも俺達は褒めるべきなのか?ユーノ…」
「うるさいな…嫌味を言う暇があるんなら祝電の整理でも手伝えよ…」
まだ先の騒乱の傷跡がそこかしこに残っている首都の様子をガムテープで張り合わせたガラス窓から眺めていたクロノが振り返る。
「お前…仮にもここの館長なんだよな…?」
哀れむような視線が僕に投げかけられているのがよく分かる。分かりすぎてイライラする。
「そうですけどそれが何か?」
「秘書とか、事務員とかいないのか?なんでそんな雑用を館長自らやってるんだ?」
「あ、あのなあ…人手不足なんです!ついでに誰かさん達の鉄くず船団が政府予算の大半を持っていくからこっちに回ってくる予算はとっても少ないんです!」
「て、鉄くずとはなんだ!栄えある次元艦隊に向って!遺跡調査の時に誰が安全無事にお前を送迎してやってると思ってるんだ!この恩知らずが!」
「恩?今、恩って言ったか?人のスケジュールをガン無視して無理やりロストロギア調査につき合わせてるだけじゃないか!」
「ひ、人聞きの悪いことを言うな!都合のいい時だけ民間人を装うとか、フェレットの時とやることが変わってないぞ!お前は!」
「フェ…フェレット言うな!!もしヴィヴィオの前でそれを言ったら…!」
まだ修繕中の部屋を物珍しそうに眺め回していたアコースさんは小さくため息を付くと僕とクロノの会話に割って入ってきた。
「まあまあ二人とも落ち着いて。そろそろ一般公開のセレモニーも始まる時間だし…ね、クロノ司令、それからユーノ先生も」
僕もクロノも本気でケンカをしているわけではない。むしろ、PT事件以来の旧知の間柄という気安さでついお互いに遠慮がなくなってしまう。というか、なまじっか付き合いが長くなるとコイツにだけは言われたくない、という部分が出てきてしまうのはクロノとの関係が腐れ縁に近いことを示している。
「アコースさんがそう言うなら…」
「どうでもいいがここは客に茶も出さないのか?」
「ぐぬぬ…そこにインスタントの粉とポットがあるだろ!飲みたいなら勝手にどうぞ!」
ぶっきらぼうに指差す僕に釣られた二人の視線が書架の一区画を占拠している古びたポットに集まる。
「なのはの世界で散々飲まされたインスタントコーヒーか…何というか…侘しいな…」
「そいつはどうも。褒められたと思っておくよ」
「断じてそれはない」
ブツブツ言いながらクロノは書架に向って歩いていくと、引き出しからカップを3つ取り出してコーヒーの粉を荒々しく入れ始めた。
「あ、クロノ君、僕はコーヒー大匙2杯で砂糖はなしで頼むよ」
「分かってるだろうけど僕は薄めじゃないと飲めないからな。砂糖とクリームは1杯づつだぞ」
「あ、あのなあ…お前ら贅沢を言うな!!そんな複雑なオーダーいちいち覚えられるか!!淹れてもらっているだけありがたいと思え!!」
複雑…なのか…?
どうやらアコースさんも僕と同じ感慨だったようだ。
「味はともかく…折角ですから休憩にしましょうか?ユーノ先生。朝から事務仕事をずっと続けて疲れてるでしょう」
「味はともかくだけは余計だ…ロッサ」
継(つ)ぎ接(は)ぎだらけの館長室はまるで工事現場のような趣だった。無造作に部屋の真ん中に置かれたソファに僕たち3人は腰掛けた。
「なのはの世界のインスタントは誰が淹れてもそれなりの味になる事が唯一の利点なのに…なんなんだ一体…この絶望的なまずさは…」
頼んだものとは程遠い濃縮されたインスタントの香りがやたらと鼻につくクロノのコーヒーを一口啜る。
「エイミィさんから聞いてはいたけど…まさかここまでとは…家事能力皆無という噂はどうやら本当みたいだね…クロノ君」
「さっきからうるさいぞ…お前ら…ゴクッ……うむ…確かにこれは不味いな…だが安心しろ。ここにある粉クリームを大量に投入すれば意外とどうにか…」
「なりません!!」
アコースさんと僕の声が揃うと、誰からともなく噴き出していた。いつの間にか3客のカップを囲んで談笑が始まる。取り留めのない話題はそれぞれの家族のことや夏の休暇の過ごし方に自然に移っていった。
家族…か…
しかし、それもどことなく空虚な雰囲気が漂っている事に気が付いているのは僕だけではないらしい。喪ってみて初めて分かることが世の中にはあるんだと僕は今更ながらに思い知らされていた。
「それにしても…本当に怒涛のような三ヶ月だったね…」
「ああ…」
しみじみといった様子のアコースさんの声に応じるクロノの声もどこか沈んでいた。僕はクロノの淹れた濃すぎるコーヒーから強い日差しが差し込む窓ガラスに目を向ける。あんな事があったにも関わらずここクラナガンは夏至祭を例年通り終えてもうすっかり夏真っ盛りだった。
当初、 “プレアデス事件”と名付けられていた一連のテロ事件は、女子の節句の日、すなわちミッド伝承で言うところの“末娘降臨の日”の首都制圧を目論んだ大量の魔道機械による武装蜂起にまで発展した。しかし、事件の首謀者は局が誇る“エース・オブ・エース”と渡り合って命を落とし、被疑者死亡のまま陸士特捜部から管理局本局に書類送検され、次元法院で先月から公判が始まったばかりだった。
事件の名前は慣例通り主犯の名前をとってFT事件、フェイト・テスタロッサ事件と世間で呼ばれるようになっていた。首都クラナガンに未曾有の大被害を与えた事件の首謀者は“史上最悪の次元犯罪者”としてあのジェイル・スカリエッティの名前すらも霞む勢いで新聞紙上を公判が始まってからというもの、連日のように賑わしている。
事件の名前は慣例通り主犯の名前をとってFT事件、フェイト・テスタロッサ事件と世間で呼ばれるようになっていた。首都クラナガンに未曾有の大被害を与えた事件の首謀者は“史上最悪の次元犯罪者”としてあのジェイル・スカリエッティの名前すらも霞む勢いで新聞紙上を公判が始まってからというもの、連日のように賑わしている。
母の無念を晴らすために首都クラナガンを震撼させるテロ事件と武装蜂起を引き起こしたプレシア・テスタロッサの一人娘、いや、プレシアが製造中に放棄した人工生命体が制作者の意図に反して暴走した“それ”は、マスコミによって“狂女フェイト”と呼ばれていた。
狂女…か……
考古学者として歴史の語り部の末席を担う者としてこれほど身につまされる言葉は他に無いだろう。ミッド史上、“狂女”と世間から蔑まれた女性は僅かに三人しかいない。
一人目は中世ミッド時代に実在したと考えられているアルトセイム侯の一女、フェリノ・カスティルローゼだ。長らく学会でその存在の是非が議論されていたが、今年の3月3日に起こった武装蜂起の鎮圧後、アルトセイム地方某所に残されていたプレシア・テスタロッサ名義の邸宅及び敷地の家宅捜査が局によって行われ、その捜査に同行した僕は中世ミッドの史料としては超一級のフェリノに関する一次資料を多数手に入れることが出来た。魔導師の旧家にはまだ数多くの歴史上、大変貴重な品々が残されているという通説を図らずも裏付ける格好になったわけだ。
フェリノ・カスティルローゼは民族伝承で謳われている“名も無き乙女”のモデルともいわれる一方で、正史上ではもっぱら“アルトセイムの狂女”と記述される事が多い謎の多い女性だった。フェリノは邪教を領民に広めた罪を問われて偉大なるクラナガン大公の名において異端審問に付され、かつてここクラナガンにあったとされるプレアデス大神殿で火炙りの刑に処されたと記録されている。ミッドは古来から女性にも一家の継承権が認めていたため女領主は全く珍しくはない。しかし、火炙りという苛烈極まりない処刑方法はその余りの惨たらしさを理由にして、滅多な事では女性、貴族階級なら尚更、執行された例は皆無に近かった。そのためフェリノ・カスティルローゼには男性説まであったほどだ。
クロノが指摘する通り、博物館がこんな状態、いや、事件の記憶が人々の中で生々しい今だからこそだ。僕が一般公開を断行した理由の大半はここにあるといってもよかった。
二人目は“ロマリアの狂女”と呼ばれたジュリアス・テスタロッサだ。近代ミッド期に活躍したとされる聖職者だが、黄道系術式の中でもその頂点を極める“雷神フォノン直系の術式”、俗に言う“黄天の術式”の最期の正当伝承者という方がその筋では有名だ。雷神フォノンの術式は“アルトセイム大虐殺”以降、絶えて久しかったことが彼女の名を余計に高らしめていた。
ジュリアスの生きた時代は魔道機械の発達によって台頭するブルジョワ階級と封建的な地方貴族との間で“階級闘争”が発生した複雑な時代でもあった。その混乱期のどさくさに紛れるかのように、完全に世間から撃ち捨てられて開発が遅れていたアルトセイム地方の近代化をジュリアスは推進した。学会等でタブー視されているクラナガン大公による“アルトセイム大虐殺”の難を逃れるためとはいえ、かつて一家の始祖が故郷と同胞を捨てたという自責の念が、彼女の復興に対する異常な執念となっていたことは容易に想像出来る。しかし、手段を選ばない先進的な自由主義思想は北方貴族が主体の王党派(保守的な貴族)から深い恨みを買うことになった。自由主義的思想は経済的には封建領主に打撃を与え、政治的には魔導師ではないものの尊厳を認めることに通じる。当然、ジュリアスは危険分子と見なされた。
当時、ミッドが経済政策で敵対していたロマリアからジュリアスが資金提供を受けていた事が明るみに出ると、それは王党派にとって彼女を糾弾する好餌となってしまった。外患誘致の罪を問われてジュリアスは捕らえられ、近代では極めて異例だった即日裁判で弁明の機会すら与えられることなく、ついに“ロマリアの狂女”は断頭台の露と消えた。ジュリアスが求めた自由主義の到来は彼女の死から50年後、すなわちクラナガン王権が倒された“市民革命”を待たなければならない。
長らく門外不出の扱いだった王立文書庫の分厚い扉もこの時に開放された。白日の下に晒された膨大な公文書の数々は現代ミッドでも歴史史料、魔道研究の礎になっている。が、他の年代に比べて充実している筈のこの年代にしては珍しく“ロマリアの狂女”に関する史料だけは散逸が甚だしい。このことは現代の歴史学学会でも未だに話題を呼んでいるし、秘術や神代術式の類を“レアスキルの中のレアスキル”として集め回る神秘主義の蒐集家が後を断たない原因にもなっている。
次元法院に起訴されている元執務長一派もそうした危険思想を持った魔導師達だった。管理局の取調べでほぼ全員がジュリアス・テスタロッサ以来、絶えて久しいと言われていた“黄天の術式”に邪(よこしま)な興味を持っていたことが明らかになっている。
そして、それが…現代のミッドで実しやかに語られている三人目の狂女、“狂女フェイト”の悲劇を生んだ…
テスタロッサ母娘を狂気の淵へと駆り立てたのはこの元執務長一派の陰謀だ、と世論の一部には母娘に対して同情する向きがある。例えばFT事件の後でフリージャーナリストに転身したエド・フォレスターもそう主張する一人だったが、残念ながらそうした声は圧倒的少数派だった。右も左も末娘降臨の伝承を模した愉快犯、ミッド史上第三の狂女、という半ば怨嗟に近い声で溢れかえっている。
「怪しいおっさんだったが…彼の身柄を確保できた事は今にして思えば本当に大きかったな…」
クロノは少し感慨深げな表情を浮かべていた。
全くその通りだ…
フォレスター氏は暴漢に命を狙われていたところをティアナ・ランスター執務補佐官に危ういところで救われていた。そして、暴漢に氏を襲わせたのは元執務長と彼を支持する神秘主義の地下組織だったことがそこから判明したのだからこれは大手柄と言っていい。怪しいおっさんことフォレスター記者は、当初、局で異例の立身出世を遂げていたハラオウン親子がPT事件を担当して、FP事件の首謀者、第三の狂女“フェイト”と接点を持っていた事実に着目して周囲を嗅ぎ回っていたそうだ。そのうちに全くの偶然から元執務長一派の悪事に行き着いていた。
これは流石に次期局長レースで元執務長たちの鼻息が荒い時期に命知らずとしか本当に言いようがない。だけど氏が集めていた数々の証言や違法スレスレで撮影された写真が元執務長たちの容疑を裏付ける決定的な物証に最終的になったのだから世の中というヤツは分からない。
「全くだね。シャーリー嬢の証言で元執務長の身柄確保に踏み切ったものの、汚職贈賄の類は物証に乏しい事が多いから結局、自白に頼らざるを得ないところが一番弱かったからね。はやての危惧も実際そこにあったわけだけどね」
驚異的な不味さのコーヒーを持て余しながらアコースさんがクロノの言葉に頷いていた。
「でも、だからといってシャーリー嬢の証言の価値が霞むものじゃない。やはりあの告発の効果は大きかった。お蔭で司法取引で近く保釈される事も正式決定しましたよ。あと、プレアデス…世間でいうところの“狂女フェイト”に利用されていた、という点も情状酌量の余地ありということで不起訴処分になりました。ただ…残念ですが就職活動はしていただく事にはなるでしょうけどね…」
「まあ、あれだけのことをしておきながら不起訴で済むなら実質的勝利だろう。流石は敏腕査察官だな」
「ははは。そんなに持ち上げても何も出てこないよ、クロノ君。だけど…本当に因縁深いというか…今回は本当に嫌な事件だったね…公式にはプレシア・テスタロッサの魔導師としての名誉は回復されはしたけど世間の風当たりはまだ冷たい…紛いなりにも局の人間が一つの母娘の未来を踏み躙ってしまったわけですからね。無理やり担当させられた魔道実験の事故で実の娘のアリシアを失ってしまったことも気の毒だったし、挙げ句に本人は既にPT事件を起こして故人となってしまっているし…」
僕はアコースさんの言葉に思わずカップから顔を上げる。
ま、まさか…アコースさん…!記憶があるのか…!
「…同情を禁じえないのは…実の娘に会いたいという執念が“人工生命体”を…“狂女フェイト”を作り出してしまったことですね…」
アコースさんの端整な横顔に僅かに悔しさがにじみ出ていた。固唾を呑んで見守っていた僕は思わずホッとしていた。
世界は…書き換わっている筈なんだ…ぼ…僕が…ハラハラする必要なんて全く無いじゃないか…
クロノが天を仰ぐようにソファの背もたれに身体を預ける。
「そうだな…だからプレシアはPT事件を起こしてしまった…“自らの手”でジュエルシードを集めて…アルハザードを目指した…娘を失った慙愧(ざんき)の念が彼女を狂気に駆り立てたと思うとやりきれないな…まさか…僕が確保して更生に手を貸したあの娘が…実はプレシア・テスタロッサの作り出した“人工生命体”だったとはね…さすがにそこまでは気が付かなかったよ。でも、“独学”で執務官にまでなったっていうじゃないか。立派なものだよ。僕は一人っ子だから兄弟というものがよく分からないが…妹を持つなら彼女みたいな娘がよかったな…」
アコースさんのプレシア・テスタロッサに向けた同情の言葉に僕は激しく狼狽されられ、そして極めつけが目の前でクロノが発する言葉のいちいちが僕の胸に突き刺さってくることが堪らなかった。
フェイト…君は…本当にこれでよかったのか…
痛かった。耳も心も、何もかもだ。フェイトを知る唯一の人間となった僕の全てが痛い。
「ふーん…妹ねえ…クロノ君とはわりと長い付き合いだけど、妹萌えとは初めて聞いたかもしれないね…だからその…年季の入った“トーチ”をここに持ってきたってわけ?」
「いや、それが傑作なんだよ。このトーチは俺のお袋(リンディ・ハラオウン現管理局長)のものなんだが、本人もどうしてこんなものをずっと自分の部屋に仕舞い込んでいたのか、思い出せないっていうんだよ。おかしな話だろ?だってうちの家は俺の娘が出来るまで女子の節句に縁がなかったんだぜ?」
クロノが傍らに置いていた古びた玩具のトーチをバトンか何かのように手で弄び始めた。
「きっとリンディ局長は娘が欲しかったんだろうね。女の人って娘を欲しがる人が多いらしいからさ」
「ああ、それなら耳にタコが出来るくらいお袋から聞かされてるさ。息子なんてつまんな~いとか言ってな。ははは。だからってトーチを買うかな?娘なんていないのに」
ブリキのトーチに施されていた銀メッキはほとんど剥げかけていて、虚空をグルグルと回る度にメッキの欠片が少しずつ落ちていく。かつてのリンディさんの想いを考えると呼吸が出来なくなるほど僕の胸は締め付けられる。
「ん?どうしたんです?ユーノ先生?何か具合でも?」
「え…あ…い、いや…別に…何でもないよ…ははは…」
「そういえば一番のおしゃべりがちょっと無口じゃないか?」
「そ、そんなことは…!え、えっと…ほら…今日は式典でスピーチしないといけないしさ…!ちょっと緊張というか…まあ…ははは」
「へぇ…立て板に水のユーノ先生でも緊張する事があるんですねえ…ちょっと意外だな」
「は、ははは…まあ…人間だもの…ははは…」
「なんだそりゃ…おかしなヤツだな…」
フェイト…何故…何故なんだ…これじゃ…余りにも君が浮かばれないじゃないか…
後世の人々は創作にまみれている“第三の狂女”をどう判断するだろう。さすがに歴史の目撃者、ある意味で当事者の代弁者となってしまった僕には歴史の公平性という観点で残念ながら弁明の機会に恵まれそうに無い。
運命の日…あの日の記憶を持っているのは僕だけだ、という君の言葉は時間が経つほど信じるしかなくなる…何故なんだ…何故…僕だけが…
僕たちの話題は自然にPT事件から闇の書事件、そしてJS事件へと、まるで同窓会の集まりのように移っていった。
既に故人となったプレシア・テスタロッサが中央を追放される切っ掛けとなった不法な魔導動力実験は、起訴された元執務長がまだ執務官だった時代に大手魔道機械メーカーと裏で結託して無理やり担当させたものであることがその後の調べで明らかになっていた。しかも、その動力実験の技術の大部分があのレジアス中将が主導していた“アインヘリアル”に流用されていたというから驚きだ。
元執務官一派は台頭していたレジアス派ともかなり早いうちから裏で誼(よしみ)を通じていたことになる。そしてそれは深く“戦闘機人”開発にも関わっていた事を同時に意味する。
「さらにそれは…プロジェクトFにも繋がっていたことになるわけですね…」
アコースさんがほとんど手付かずのコーヒーをテーブルの上に置いた。クロノのコーヒーを完全に放棄したようだった。
「しかし…プレシア・テスタロッサがまさかあのマッドサイエンティストと接点を持っているとは正直、思わなかったぞ…」
「マッド…ああ、“ドクター”のことですか?確かに意外でしたね」
武装蜂起があった日に僕の目の前に座っているクロノとアコースさんはわざわざジェイル・スカリエッティを再度取り調べに辺境の特別拘置所に行っていた。次元海賊が頻発する海域を航行しなければならなかった訳だからクロノが艦隊を率いて行かざるを得なかった事はしょうがない。結局、次元艦隊の到着を待たずに武装蜂起は鎮圧されたわけだけど。
「中央を追われたプレシア・テスタロッサはアルトセイムの郷里に引き篭もって療養生活を始めていました。無理が祟って胸の病を患っていたと医療機関のカルテを調べて分かりました。まあ、資産家だったことが幸いして金銭的には困っていなかったようです」
「それはプレシア・テスタロッサ所有の地所を家宅捜査に行ったこいつから聞いた。腹立つくらいの豪邸と広大な庭園を所有してたらしいじゃないか。それに家の中には骨董品の類もゴロゴロしていたらしいしな。まったく…二世帯住宅のローンを支払っている俺からしてみるとなんとも羨ましい話だよ。な!ユーノ!」
「え、あ、ああ…何というか…凄かったよ…」
確かに凄かった…学者としてあの膨大な歴史資料と魔道書の収蔵量はまさに垂涎(すいぜん)ものだった…
「ユーノ先生は局の捜査そっちのけでお宝に目が眩んでいてあんまり役に立たなかったとランスター補佐官が…おっとっと…すみません。悪気があったわけじゃなくて彼女なりに感心していたみたいですよ。ユーノ先生の熱心さに」
「いや、ティアナの表現は正しい。コイツは遺跡関係になると我を忘れる癖があることは局のだれもが知ってるからな」
アコースさんもクロノも僕の反論を半ば期待していたみたいだったがとてもジョークを返せるような心境にはならなかった。二人ともやがて諦めて再び思い出話に花を咲かせ始める。
「狂女フェイトが執務官として局に出入りした動機は本人が死亡しているので真相は闇の中ですが、恐らく母を追い落とした元執務長たちを告発する材料を集めようとしていたのでしょう。実際、ランスター補佐官の兄上が殉職した事件もシャーリー嬢に命じて相当深くまで探っていたようです」
「ティーダ・ランスターの事は俺もよく覚えている。アインヘリアルに絡む巨額ディベート事件で局員の関与を密かに内偵していたからな。その流れで恐らく元執務長たちの秘密の一端を知ってしまったんだろう。それで口を封じられた、というわけだ」
結局、プレアデスによる連続テロ事件は最後の謎かけ文がプレシア邸の書斎から見つかったことと相まって“狂女フェイト”のアリバイ工作のための自作自演、ということに落ち着いてしまっていた。
「さらに驚くべきは武装蜂起の時に首都を襲った傀儡兵たちを大量のバイオリアクターで高速再生して召喚させていたという事実です。邸宅の地下から歴代アルトセイム領主達の墓所を兼ねる巨大地下室が発見されました。皮肉な事にプレシア・テスタロッサがジェイル・スカリエッティと組んで命を懸けて復活を目指した古代アルハザードの秘術は…」
「荒唐無稽なアルハザード伝説にすがらずとも自分の足元に眠っていた、というわけだ」
アコースさんが小さく頷く。
「確かにプレシアは“死者蘇生”には失敗しましたが、驚くべきことにプレシアの頭脳はほぼ独自に“人工生命体”を生み出しました。“狂女フェイト”はアリシアの替りに生み出された…人工生命体とはいえ、オリジナルの肉体から生み出されたクローンです。当然、自我を持ちます。あたかも一人の人間のように…」
「娘の替わりを演じる人形を求めたプレシアに人間の子供は不要だった…か…」
「ええ…恐らくそれがフェイト・テスタロッサの心を傷つけた。でも子供はどんな酷い扱いを受けても生みの親を恨み抜かない。愛されたい、そういう屈折した精神の衝動が自分たち親子を苦しめた元執務長一派への復讐、果ては反社会的な行動に走らせてしまったんでしょうね。この辺りの真相はもう闇の中ですけど」
「人形師を失った人形の哀れな末路…そう表現する輩もいるそうだが…正直、気に食わないな」
不意に静寂が訪れた。僕はかけていた眼鏡を外して何度も顔を拭っていた。全く意味のない行動だと分かっている。でも、そうでもしないと自分の心の平衡を保つ事がとても難しかった。
なんなんだろう…この今にも押し潰されそうな疎外感は…真実を知ることはこんなにも辛い事だったのか、いや違う…僕が知っている真実はこの世界の真実とは違うんだ…
魔法陣の拘束から開放されたフェイトは無限術式を発動させた。破壊と再生を司る雷神フォノンの術式でフェイトは自分が存在したという事実を“破壊”し、そして自分が存在しない世界を“再生”したんだ。
でもフェイトは自分の犯した過ちまでは破壊しなかった。それは僕に“記憶”という形で残っている。
何故なんだ…何故君はこの僕を選らんだんだ…自分の存在を完全に消し去ることへの僅かな未練だったのか…それとも…
小さな足音が近付いてきたかと思うと、突然、館長室のドアが勢いよく開け放たれた。継ぎ接ぎだらけで全くボロボロの博物館は隙間風に事欠かない。強い風が僕たちの間を駆け抜けていく。
自惚れないで…貴方には義務と責任があると言っているのです…貴方ならそれが分かる筈です…ユーノ…
金色の光と共に駆け抜けていく疾風が僕の耳元で囁いた気がした。いや、確かに聞こえた。
「フェ…フェイト…!?待って!待ってくれ!僕には…僕には…!!」
思わず立ち上がった僕にその場にいた全員が驚きの表情を浮かべていた。
「ど、どうしたんですか?ユーノ先生、突然…」
「あ、い、いや!その…いま…誰かこの部屋に入ってきたような…」
クロノが呆れたような視線を僕に投げかける。
「お前は何を言ってるんだ…ヴィヴィオが入ってきただけじゃないか…」
「え…ヴィ…ヴィヴィオが!?」
「パパ…どうかしたの?」
視線を落とすと僕の傍らにいつの間にか新調したばかりの桜色の夏のドレスに身を包んだヴィヴィオが不思議そうに僕を見上げていた。
「あ…いや…ごめん…なんでもないんだ」
「パパはずっと今日まで徹夜続きだったからきっと疲れてるんだよ。ね、ユーノ君」
夏の風が僕の最愛の人の声を運んでくる。ささくれ立った僕はたちまち癒されていく。
「お、ようやく主役が現れたな。なのは」
「すっかりご無沙汰しています。高町元一等空尉」
「こちらこそご無沙汰していました。ハラオウン次元艦隊司令長官閣下、アコース部長査察官殿。お二人ともご多忙のところを今日はわざわざご臨席頂いてありがとうございます」
白を貴重としたドレスで正装しているその女性はにっこりと微笑むと静かに敬礼する。服装とは不釣合いな挨拶の仕方にたちまち部屋の空気は和んでゆく。
「FT事件の後で入院されいたと聞いてはいたのですが…お見舞いに行けずじまいで申し訳なく思っていたところです」
管理局の執務長(執務総監)一派の弾劾に大鉈を振るったアコースさんは今の事件が完全に自分の手を離れると査察官を束ねる特査部長に就任することがほぼ内定していた。
「いえいえ。はやてちゃん…じゃなかった…八神陸佐に何度も足を足を運んで頂きましたし。どうかお気遣い無く。もうこの通りすっかり元気ですから。あ、それからご婚約おめでとうございます」
「え…あ…これは参ったな…ははは…ふぅ…」
本人はまだ捜査現場で気ままに仕事をしていたいみたいだったけど、どうやらフィアンセの方がいつまでもフラフラしていることを快く思わないらしい。何度も昇進機会を断ってきたアコースさんだったけど遂に年貢の納め時のようだった。いろいろな意味で。
「別に俺はコイツに呼ばれたから今日の式典に来たわけじゃない。なのはの快気祝いの為に来たんだ。勘違いしてもらっては困るからな」
クロノはややはにかんだ笑顔で敬礼をなのはに返していた。
「ありがとう。クロノ君」
「それにしても…返す返すも残念だな…お前たちが局から完全に足を洗ってしまうのが…」
「え゙っ?」
次元艦隊の将官が着用する黒を基調とした第一礼装に身を包んだクロノがまるで独り言のように呟いた。元来が皮肉屋でおまけにまったく空気が読めないことで有名なこの不器用な友人が吐露した何気ない一言に、僕は思わずしげしげと見詰めてしまった。クロノは少し遠い目をしていたが、すぐに僕の視線に気付いて一瞬ぎょっとした表情を浮かべる。
「な、なんだよユーノ…俺の顔に何か付いているのか?」
「い、いや別に…」
「じゃあ何でジロジロ見るんだ!気持ち悪いぞ!おまえ!」
「そんなに照れなくてもいいじゃないか、クロノ君。確かに僕もユーノ先生が司書長を辞任してしまうのは寂しいと思っているんだし。君だけじゃないよ、クロノ君」
「べ、別に照れてなどいない!!余計な事を言うな!!ロッサ!!」
「ユーノ先生、それからご臨席の皆様、只今、文化教育局長官ご一行様がご到着されました。一般公開の式典が始まりますのでどうぞ会場の方に」
「は、はい!分かりました!」
会場係を担当している博物館のスタッフの声に僕は慌てて応えた。
「いよいよだね…ユーノ君…おめでとう…」
「ありがとう…なのは…」
「緊張しすぎてスピーチでトチるなよ!ユーノ!」
「わ、分かってるよ…いちいちうるさいな…」
部屋に笑い声が響く。この場には僕の全てがあった。但し、君の姿を除いて。
フェイト…これで君は本当によかったのか…自分の存在と引き換えに再生したこの世界に…君が脚色したシナリオが“真実”となっているこの世界に…君だけがいない…
「あ、そうだ。なあクロノ」
「なんだ?」
「それ…玩具のトーチ…よかったら僕にくれないか?」
「え?これか?別に構わないけど…いいのか?こんなゴミみたいなもの」
「ああ、むしろこれが欲しいんだ」
「ガラクタを持ち込んだ俺の方がかえって引け目を感じるが…本当に…今日のお前はどうかしてるぞ…」
「そうかもね…」
「おかしなヤツだな。お前の骨董趣味もここに極まれりだな。ほら」
「ありがとう…嬉しいよ」
こうやって人は感傷に浸る暇(いとま)も与えられず、時の神タイロンの作り出す時間の流れに背中を押されて行く。“狂女フェイト”の物語もやがて人々の口の端の上ることもなくなり、そして静かに忘れ去られていくのだろう。悲惨だった事件や事故の記憶は単なる記録に成り果てていき、そこにあった筈の人々のFragment、希望あるいは絶望の欠片は失われていく。それらは後世の歴史家が紐解くその日まで日の目を見ることなく悠久を眠り続けることになる。
分かったよ…フェイト…君の望がね…僕は“歴史の一ページ”を自分の良心に従って書き綴るだろう…そしてその判断は…
「パパ!ママ!早く!早く!チコクはダメですよ!」
そう…次代を担うこの子たちに委ねることにしよう…それが君に僕が出来る精一杯の手向けだ…
「ねえ…ユーノ君…」
「ん?どうしたの、なのは」
「私ね…実を言うと例の事件の事…ハッキリ覚えてなくって…でも、私があの時、戦っていた相手の名前は…フェイト・テスタロッサじゃなかった様な気がするんだ…もっと、別な…」
「…なのは…君は危うく“犯人”と刺し違えるところだったんだ…でも…君は幸運にも心得のある通りすがった人の適切な処置のおかげで一命を取り止めたんだよ…それが真実さ…」
「ユーノ…君…?」
「固有名詞の取り違えは歴史書でもよくあることさ。でも…“真実”がちゃんとどこかに残ってさえいればそれは…長い人類の歴史の中ではいずれは“誤差”になってしまう…それでいいんじゃないかな…現在(いま)は…僕も…君が思い出せない“その人”だって…この瞬間に君がこうやって生きて、そして幸せになる方が嬉しいよ…嬉しいに決まっているさ…絶対に…」
なのはは静かに頷くともうそれ以上何も言わなかった。
やがて眩しい夏の光に包まれた式典会場に僕たちは到着する。夏休みということもあって会場にはたくさんの家族連れが詰め掛けていた。国家の礎を築いた英雄クラナガンの再考を促すオープン記念の特別展は既にセンセーショナルを巻き起こしていた。これでまた僕は学会の長老から目を付けられてしまうことになるだろう。過激な保守系団体からもかなり“熱烈”なお便りを祝電に混じって頂戴している。それでも構わない。ここから未来を作っていく世代が生まれればいいのだから。
「それでは博物館館長のユーノ・スクライアより皆様にご挨拶です」
司会の声に弾かれて僕は壇上へと歩を進める。右手にトーチを握り締めたまま。会場は超満員だった。一般客に紛れて八神一家の顔ぶれがあることに気が付く。そして遠くの方には…かつての教え子達の姿も、そして釈放されたばかりの筈のシャーリーさんの姿も見える。
ここから始まるんだ…全てが…
じゃあ…私達も行こうか……
見ていかなくていいのかい?
ええ…もう…十分…
(おわり)
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