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【萌芽大輪篇】 第三話

賞金首は青天井!?



 

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 尚武の国ガルマニアはまたの名を“()(リュー)(ニア)”といった。内陸のルタニ平野から牙の海に向ってその北部には広大な平野部が広がり、大小2000を数える湖と深い緑の森で覆われているからである。豊かな緑と水に彩られた北ガルマニアの自然は国土を貫流する雄大なエルミ河によって育まれている。エルミ河は世界の屋根と呼ばれるユーテシア山脈を源流として大きく左右に蛇行しながらルタニを貫き、エヴェレッタの渓谷を抜け、王都リュードベルの水瓶である“アクリアス湖”に注ぎ、そして最後に牙の海へと至る。このエルミの大河に沿うように湖畔の都リュードベルとルタニ諸郡を結ぶ“(グラ)(ムウ)(ォル)”は南北に伸びていた。

 北の大地に突如として現れるエヴェレッタの渓谷はルタニ諸郡とリュードベルのほぼ中間に位置し、まるで広大な平野の中にぽつんと浮かぶ孤島のように険しい山々がそそり立っている。切り立った崖と急峻な坂道が続くその場所は、古くから麦の道の唯一にして最大の難所として知られていた。

 この要衝のエヴェレッタ渓谷に、8年戦争が終結して程なくして盗賊が出没するようになる。その泣く子も黙る恐ろしい盗賊を率いる頭目の名はワイズ・ドラクレスといった。



街道に出回っている手配書を手に取ると、果たしてこれが自分と同じ人間なのかと私は疑いたくなった……

全身毛むくじゃらで一見して熊と見分けが付かないほどの居丈夫、大人の背丈ほどもある岩をも軽々と両断する剛剣の使い手で……おまけに猪の方が可愛く感じられるほどの面構え、だそうだ……

だが、不思議なことに庶民を襲うような真似はせず、焼け太りした強欲な商人や貴族、そしてその縁者だけを狙って襲うらしい…… 彼らに虐げられ、そして搾取されている民たちはすっかり溜飲を下げ…… そして心密かに喝采を送ってさえいるらしい……

この風聞は尾びれ背びれが付きながら街道を駆け巡り……今では人は彼らを“エヴェレッタの義賊”と呼んでいる……

「義賊、か……」

しかし……所詮は民草の間で持て囃されていても賊は賊……

強きにおもねり、弱きを叩く悪党らしからぬこの盗賊も、今では天井知らずの国で一番の賞金首だった……
 

第三話 賞金首は青天井!?


 「ガウバールさん。 しっかり。 大丈夫ですか?」

 フェイトは土まみれの金物屋の上体をゆっくりと抱え起こす。ガウバールは完全に白目を剥いており、おまけに口からは泡を吹いていた。こめかみを切っている以外に目立った外傷はなく、命には別状なさそうだった。ほっと胸を撫で下ろす。

「おい! そこの浪人剣士! 貴様が決闘の首謀者だな!」

 突然、フェイトの顔先に槍が突きつけられる。なめした皮で作られた粗末な鎧を着た一人の衛士が立っていた。

 衛士とは下級官吏に属する官職名の一つであったが官吏とは名ばかりで、実際には下士とも呼ばれる領主に雇われた兵卒のことだった。彼らの身分は総じて低く、食い詰めた浪人や無理やり徴用された若い農夫、あるいは、稀にケンカなどの軽い罪を犯した罪人が無報酬でこき使われている場合すらあった。

 フェイトが顔を上げるとその衛士はぎょっとする。

「て、抵抗するなら容赦はせんぞ! 大人しく腰のものを渡して縄にかかれ!」

ここで騒ぎを大きくするのも得策ではない、か…… 幸い誰かが斬られて傷を負ったわけじゃないし……

「分かった、 言う通りに……」、とフェイトが腰のサーベルに手を伸ばした瞬間だった。突然、横から走ってきた大きな影がその衛士を蹴り飛ばしていた。後ろの方で延びている狼殺しよりも縦横共にがっしりとした大男が衛士と入れ替わるようにフェイトの目の前でナイフを右手に立っていた。フェイトは唖然としてその大男の姿を見上げる。

「よっ! 危ないところだったな! もう大丈夫だぜ!」

 アーロンは全く悪びれる様子もなくフェイトに笑いかけてきた。彼のはるか後方にはチュルスの紋章を簡略化した白と水色の二色旗が長く棚引(たなび)いている。

どっからどう見ても今日から賞金首です…… 本当にありがとうございました……

「お、お前は…… 何てことをしてくれたんだ! 自分が今、何をしたのか分かっているのか!」

「何って…… 郡司の手下に軽く挨拶しただけですがそれが何か? あ、もしかしてあいつは馴染みだったのか? だとしたらそいつはすまなかったな。 しかし、まあ酒を飲んでてたまたまぶん殴ったヤツが実は昔の知り合いだったってのは街道ではよくある話だしな。 ははは!」

「あ、あのな…… 郡司の身内に手を出すとか正気なのか! お前は一体何者だ!」

「何者って言われてもな…… ただの通りすがりというか、何と言うか…… まあ、募る話は後でゆっくりってのはどうだい? 大方、とりあえず捕まっておいて後で釈明するつもりだったんだろうが、それは無謀ってやつだな」

「む、無謀!? いきなり衛士をけり倒したお前が言うな! 騒ぎをこれ以上大きくしたくないと考える事のどこが無謀なんだ!」

「まあまあ…… そんなカッカしなさんな。 文句ならあそこで落ち着きなくウロウロしいてるヤツの面を拝んでからにしてもらおうか?」 

 アーロンが目配せした先には街道から少し離れた小高い丘があり、そこには大きくせり出した腹を抱えるようにして郡司ガルフストール(きょう)が一目で分かる群青(ぐんじょう)駿(しゅん)()(またが)っている姿が遠目に見えた。滅多に乗馬しないガルフストールは上手く自分の馬を(ぎょ)すことが出来ないのか、同じ場所に留まる事が出来ずに見事な装飾の甲冑に身を固めた彼の配下の前をフラフラと何度も往復していた。

「あの酒で脂ぎっただらしない顔を見てもまだ話が通じる相手だと思うか? あれがこのチュルスの郡司、ガルフストールだ。 ヤツは拷問を見物しながらメシを食うような筋金入りの変態紳士だぜ? 特にあんたみたいな美形をねちねちといたぶってズタボロにするのを最高の(たの)しみにしている。 ま、そのためなら罪状なんざいくらでもでっち上げるだろうよ」

「なんてやつだ…… 心底腐ってる……」 

嫌悪のあまりフェイトは絶句する。

「ガルフストールの野郎はルタニ三郡の総督であるモロー子爵の父親の代から出入りしていた名ばかり騎士の家柄でな。 まあそれが縁でモロー子爵が国王陛下より総督を拝命した時に取り立てられたってわけよ。 ま、悪いことは言わねえ。 とにかくヤツにとっ捕まるのは得策じゃない。 今は逃げの一手だぜ」

「やけに事情通なんだな」

警戒の目を向けるフェイトを尻目にアーロンはいきなりガウバールをフェイトの腕から奪うと軽々と肩に担ぐ。

「まあ、過去にちょいとしたいきさつがヤツとはあって、な…… あ…… なんてこった…… こ、この親父! ま、まさか!」

 雑穀を入れる横に長い麻袋の様にだらしなく延びたガウバールを担いだアーロンが驚きの声を上げる。その様子にフェイトは思わず自分の顔ほどもあるアーロンの腕を掴む。

「ど、どうかした!? どこか怪我でもしていたの!?」

真剣な表情のフェイトとは裏腹にアーロンは情けない顔を向けて呟く。

「いや…… つか、このお父さん…… お漏らししてるんだけど…… 」

「お、おも……!? ら…… し……」

アーロンとガウバールを交互に見ていたフェイトの顔はたちまち真っ赤になっていく。

「その…… なんだ…… ぶっちゃけここに置いて行ってもよい?」

「な…… 何言ってるの!! そんなのダメに決まってるでしょ!! そこまでしておいて!! 薄情者!!」

フェイトはアーロンの背中を思いっきり(つね)り上げた。

「イテテテ! おいおい! そんなに怒るなって! 軽いガルマニアジョークじゃねーかよ!」

「うそ! さっきのはまったく冗談に聞こえなかったよ!」

「悪かった! 悪かったって! ちゃんと運べばいいんだろ!」

「当たり前だ! 」

「やれやれ…… 粗相(そそう)をした中年親父を抱えて走り回るとか誰得だよ…… あの旦那に関わるといつもこれだ……」

「何をゴチャゴチャ言ってるんだ! こっちの方が手薄だ! 行こう!」

「へいへい……」

先導するようにフェイトは一方に向って駆け出す。その後をやや遅れてアーロンも追う。

もう元に戻っちまったがさっきの声はやっぱり年頃の娘って感じだな…… この親父の心配をするあまり地がつい出ちまったってとこか…… ちょっとは可愛いとこあるじゃないか…… 

フェイトの後姿を見ながらアーロンは僅かに口元を(ほころ)ばせる。

男装の娘、か…… ただの決闘見物よりは面白いかもな……

 フェイトの決闘騒ぎを物見遊山で見物していた野次馬たちは誰彼なく郡司の手勢によって次々と捕らえられていく。それがパニックを引き起こし、ある者は麦畑の中へ、またある者はレノアとは逆方向へと遁走を始め、全くの無秩序があたりを支配していた。悲鳴と怒声が路上に飛び交う。

「ふっふっふ。 馬鹿どもめが右往左往しおるわい」

 この様子を小高い丘の上から金細工が施された細長い単眼鏡で眺めていたガルフストールは口元にいかにも陰湿そうな薄い笑みを浮かべていた。国軍騎兵であることを示す白地に赤い裏地の付いたマントに真鍮(しんちゅう)の甲冑を身に着けた5人の騎兵がガルフストールの周囲を固めている。

「郡司様! 不届き者どもの大半が麦畑の中を逃走しておりますがいかが取り計らいましょうか!」

 丘を駆け上がってきた衛士の一人がガルフストールの前に(ひざまず)いて注進すると、興を削がれたことにたちまち機嫌を悪くする。彼は面倒くさそうにその衛士に一瞥(いちべつ)をくれる。

「畏れ多くもルタニの麦を踏み荒らすは不敬千万じゃ。 その罪、断じて許しがたし。 係る不届き者は女子供といえども容赦するな。 残らず捕らえて獄に繋げ」

 期待したものとはまるで異なる郡司の言葉に辺りの空気が僅かに揺れる。それらにまったく構うことなくガルフストールは自分の眼下で周囲と同様に目を丸くしている衛士を恫喝(どうかつ)するように睨みつける。

「よいな? 一人残らずだぞ」

「は、はは!」

 念を押された衛士は慌てて頭を垂れると逃げるようにその場を離れた。

「ガルフストール卿…… 私闘に及んだ不届き者とそれらを無責任に煽り立てた賭博師の類を捕らえるのはよいとしても、見物人まで残らずとはいささか度が過ぎるのではありますまいか?」

 背後にいた国軍騎兵の一人が遠慮気味に苦言を呈すると、彼は声の方にじろりと粘りつくような視線を送る。周囲に緊張が走る。視線の先には二十前半に見える若武者の姿があった。ガルフストールは声の主を認めるとふんっと小さく鼻を鳴らす。

「言葉を慎んでいただこう、ミッテルシュヴァイツ卿。 これはチュルス郡の秩序を守らねばならぬそれがしの役目だ」

「しかし……」

「くどい! それにこれは国軍如きが出てくる問題ではないと先刻申し渡したはずだ! 口出しせぬと(けい)が申すから同行を許したのだぞ! 第一、私闘ならば国法に照らして傍観の(とが)で捕らえることに何の(はばか)りがあると卿は言うのか!」

 古くから賛否両論があるものの、決闘は互いの名誉を賭けて行う紛争や私怨の解決手段として、特に貴族階級を中心に根強い支持を集めていた。その履行に当ってはまず、双方が認めた立会人を選ばねばならず、推挙された立会人は事前に警吏に届け出る、というのが決闘に求められる最低限の要件だった。つまり、この要件を満たさないものは原則的に“私闘(準殺人罪)”と見なされていた。

 また、合法的に殺人が行われる一方で、強健王ヴィルヘルム3世の治世で布告された「不名誉行為禁止の勅令」が社会の混乱を招く事になる。後世において悪法の代名詞の烙印を押される事になるこの勅令は、本来、殺人などの犯罪行為を見て見ぬふりをしてはならないという、市民の相互防犯の喚起を目的にしていたが、施政者の意図とは裏腹にそもそも“犯罪行為”の定義自体が極めて曖昧だったため、公権を発動させる立場、つまるところは権力者の胸先三寸で全てが決まるという空恐ろしい事態を招いていたのである。

「まったく…… ご無体(※ ないがしろにすること) をなさる……」

 明るい栗色の髪に透き通るような青い瞳のフランツ・ヴィ・ミッテルシュヴァイツは小さく吐き捨てるように(つぶや)くと、整った顔を思わずしかめていた。フランツはガルフストールの部下というわけではなく、与力という形で最近、国軍騎兵2個中隊と共にレノアに赴任してきた国軍の若き騎兵将校だった。彼の主君はあくまで国軍最高司令官たるガルマニア王であり、直属の上官はこの地方の進駐軍司令官を兼ねるルタニ総督のヴィッテル・ヴィ・モロー子爵だった。与力とはあくまで名目上のことで、何かと悪評の絶えないチュルス郡の内偵を進めることが目的であることは公然の秘密だった。

ったく…… 実に忌々しいクソガキだ…… 先の大戦でちょっと武勲を上げたからと言って付け上がりよって! 

 一方……

 一回り以上も若輩の分際で何かと口うるさく、しかも、同じ騎士階級の出身とはいえ相続出来るものがせいぜい先祖伝来の名字くらいしかない三男坊風情が、深緑に金縁のマントを羽織る自分に対して(おく)することがないこともガルフストールの自尊心を大いに傷つけていた。その態度や言動がいちいち彼の(かん)(さわ)った。そしてこの頃では声を聞くだけでイライラするほど(うと)ましく感じるようになっていたのである。

こんな二人のそりが合う筈がない。

「あー!! 暑い!! 蒸し暑くて叶わん!! もう我慢の限界じゃ!! 」

 何の前触れもなく、ガルフストールはいきなり奇声を発すると、金糸で縁取られた裏地付きの深緑のマントを何度も何度も忙しく(ひるがえ)し始めた。まるで癇癪(かんしゃく)を起こした子供のようだった。

 贅を尽くしたそのマントの特徴的な意匠は、現ガルマニア王室の始祖である帝国辺境伯ハインリッヒ4世・ヴィ・ナントの紋章に(ちな)み、深緑の色は夏に青々と繁る麦を、そして金縁の刺繍は秋に黄金色に色づく麦穂をそれぞれ象徴していた。ガルマニアは辺境伯ハインリッヒ4世が神聖紀1029年に大聖皇帝から王号を下賜されるまでの間、7つの騎士連合が群雄割拠する諸邦を形成しており、この時代を特に“7騎士団時代”と呼んでいた。その一方の雄として黄金鷲騎士団(別名、天恵の麦を守護する騎士団)を率いてルタニ一帯を治めていたのがハインリッヒ4世、後のガルマニア王ハインリッヒ1世大王、だったのである。以来、ガルマニア王家直属の騎士にのみにこの意匠のマントの着用が許されるようになり、いわば家柄や権力を象徴する重要な要素になっていたのである。

 ガルフストールはついに厚手のマントを脱ぎ始めた。騎士(いわゆる貴族)はその公務中に必ずマントの着用と帯刀、そして軍旗を(かか)げなければならなかった。形骸化しつつあっても規律と誇りを保持できなければ公権も暴力と見分けがつかなくなるのは自明だった。見るに見かねたフランツがマントをなびかせながら慌てて郡司の馬に(くつわ)を並べた。

「ガルフストール卿! ご自重なされ!! じきに不届き者の始末は付きますゆえ、どうか今しばらくのご辛抱を!」

 馬の(くつわ)を取っていた郡司の従者は不穏な雰囲気を察すると慌てて近くに(はべ)っていた年端も行かない少年に合図を送る。粗末な服を着たその少年は汗だくになりながら長い柄のついた大きな扇で風を送り始める。それでも一向に暑さが紛れないのか、あるいは暑さ以外の全く別のものに対して怒りを爆発させているのか、ガルフストールはフランツの静止も聞かずについにマントを脱ぐ。

「ガルフストール卿!! どうか!! 公務ですぞ!!」

「ええい! 黙れ!黙れ! ミッテルシュヴァイツ! (けい)ごとき“蹄鉄拾い”(※ 次男以下の爵位を相続できない準貴族を揶揄する言葉)にこのマントの暑さが分かろう筈がない!」

「・・・・・・」

 厚手のマントどころか甲冑に身を包んでいる重装の騎兵たちは思わず互いの顔を見合わせる。

 ガルフストールは脱いだマントを轡を取っている自分の従者ではなく、扇を一心不乱に振っていた少年に向って無造作に放り投げた。その場に居合わせた郡司の配下たちはあっと短い声を放った。

「それを決して落としてはならん! 地面に着ければその首、()ねねばならぬ!」

 郡司の配下が叫んだが面食らった少年の反応は完全に遅れていた。誰もが地面に落ちると思ったその時、すんでのところでそれは少年の前を掠めたフランツの腕に収まっていた。安堵(あんど)の空気が辺りに流れる。

「ふう…… 命拾いしたな、少年」

 肝を潰してその場にへたり込む少年にフランツは馬から下りてマントを手渡してやる。

「あ、ありがとうございます!! 偉大(ラン)なる(グリ)騎士(ッサー)!!」

「よせ…… 俺は騎士(リッサー)ではない…… ただの騎兵(リース)だ……」

  急に辺りが明るくなる。日没間際になったために松明に火が付けられたのだ。荒縄で自由を奪われた老若男女30名ほどが丘の麓に集められている光景が揺らめく炎の中に浮かび上がる。

 その中に例の狼殺しの姿もあった。全身をぐるぐる巻きにされて芋虫のように地面に転がされていたスタンはまだ事情がよく飲み込めていないらしく、見張りの衛士を相手に何事かをしきりに訴えていたが誰もそれを相手にする様子がなかった。

 フランツは松明の明かりの中でしきりに単眼鏡を左右に走らせる郡司の後姿を苦々しい思いで見つめる。ガルフストールが引き連れて来た兵卒の数を考えれば多めに見積もってせいぜいあと10人程度が捕縛出来るかどうかだった。それでもこの悪吏にとってはもう十分な成果らしく、街道を駆け上がる駅馬車の間に紛れるようにして逃げていく者を見ても気にする素振りすら見せなくなっていた。

 この不毛な捕り物もほとんど終わりを迎えたと誰もが思い始めたその時だった。突然、単眼鏡をのぞいていたガルフストールが叫ぶ。

 「おおお!! あそこにいる金髪がこの騒ぎを引き起こした張本人に違いない!! あの者を捕らえよ!! よいか!! 絶対に逃してはならんぞ!! 捕らえたものには金子を取らせる!!」

 郡司の号令一下、日々の生活にすら困窮する衛士たちは我先にと麦畑の中に飛び込んでいく。単眼鏡を覗き込んでいたガルフストールが嬉々とした様子で指を刺す方向にフランツは目を向ける。そこには長い金髪をひと括りにした若い剣士と少し離れて米袋のようなものを担いでいる巨漢の男の二人が麦畑の中を疾駆する姿があった。

如何にもヤツが好みそうなタイプだな…… まったく…… あの変人趣味だけには付き合いきれん……

 フランツは長いため息を一つ付くと自分の愛馬の首筋を撫でながら麦畑の二人の様子を目で追っていた。どうやら近くを流れるエルミ河から水を引き込んでいる水路を目指しているようだった。その向こうにはレノアの北にある鬱蒼(うっそう)とした森が夏の薄闇の中に見えていた。

なるほど考えたな…… あの森の中に飛び込めば一息はつけるといったところか…… ん?

 始めフランツは全くの無関心だったが、逃亡者二人が追いすがる衛士たちを次々に打倒していく姿を見ているうちに彼らが相当の手錬であることに気が付いていた。

あの二人…… あいつら只者ではないぞ…… こんな片田舎にこれほどの使い手がたまたま現れたとでもいうのか…… それにあの熊みたいな大男…… まさかとは思うが……

 郡司は総督から任命されてその地方の行政(主に徴税)と所定の軍役を含む公務に従事する。ただし、それに必要な人員、武器や防具などの物資、そして当座の資金といった類は全て郡司自身が賄わなければならなかった。手練を集めるにはそれだけ金がかかる。必然的に郡司の配下にはゴロツキや罪人といった手合いが増えることになる。ガルフストールが集めた連中もほとんどならず者集まりであり、国軍と比べれば同じ兵卒でもその士気や錬度は比べるべくもない。

 しかし、そんな雑兵の類でも束になってかかれば例えその道の達人でもそれらを退けることは人数に比例して難しくなっていく筈だった。2人がダメなら3人、3人がダメなら4人、と言った按配で増えていく囲みを易々と破っていく二人、特に素手で衛士を相手にしている大男の背中にフランツは鋭い視線を注ぐ。そして、顎に手を当てて記憶の襞を探る彼の思考はかつてエヴェレッタ山中で自分が切り結んだ一人の剛剣の使い手に行き当たる。

まさか…… やつめ…… ワイズ・ドラクレスか!!

「ええい!! たかだか二人に何を手こずっておるか!! 囲みを破られたではないか!!」

忌々しそうに単眼鏡を振り回しながら叫ぶガルフストールに向ってフランツは馬を走らせると、そのまま手を伸ばして郡司の手から単眼鏡を引っ手繰る。

「御免! 」

「う、うわああ!! う、うま!! うまあ!!」

 いきなり馬を寄せられたガルフストールは自分の馬を制御することが出来ずにそのまま無様に落馬する。彼が落ちた場所は幸か不幸か排泄物の類が山盛りになっていた。

「こ、これは!? まさか…… 馬ふ…… ひ、ひいい!! 」

 フランツは麦畑から水路のあぜ道に出た人影に単眼鏡を向けると、そこには鞘のままサーベルを振るうフェイトと、今はカーク・アーロンを名乗る男の姿があることを認めていた。

「青天井の賞金首、ワイズ・ドラクレスが現れたぞ!! ルタニ総督の布告に基づき、あの無法者を捕らえる!! 中尉!! レンツァー中尉はあるか!!」

フランツの声に弾かれて一騎が馬首を巡らす。

「はっ!! レンツァー御前に!!」

「卿はレノアに戻ってゼーネルスに中隊を率いて森を包囲せよと伝えろ!! 残りの者は俺に続け!!」

「御意!!」 」

 疾風の如く一騎が丘を駆け下り、それを見届けたフランツを含む残った4騎は郡司の手勢から松明を銘々奪うと夜の帳がおり始めた闇の中に飛び込んでいく。

「ミ、ミ、ミッテルシュヴァイツ!! ま、待て!! け、卿は!! 卿は!! この始末どう付けるつもりじゃ!!」

「ガルフストール卿!! 卿の慧眼にはこのフランツ・ヴィ・ミッテルシュヴァイツほとほとに感服いたした!! 卿が金鷲のマント(※ 深緑と金縁のマントの正式名称)を脱いだのはこの災厄から陛下のマントをお護りするためであったとは!! いや誠に恐れ入り申した!! それがしは若輩ゆえ、いずれゆっくりと忠孝のお教えを乞う所存でござる。 しかし、今は先を急ぎますゆえこれにて御免!! はっ!!」

泥人形のようになったガフルストールを一顧だにせずフランツは高らかに叫んでいた。

ワイズ・ドラクレス!! 過日の借りは必ず返すぞ!! この剣でな!!

馬を駆ける彼の耳にはもはや郡司の声は届かなかった。



第三話完 / つづく
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