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サイレント・インパクト(1)
木枯らしが時折吹く人肌恋しくなる平日の昼下がりだった。
その日は私にとって久しぶりのお休みになっていた。残りのカレンダーもあと僅かになってくると、どこか街を行き交う人々の流れも慌しく感じるから不思議だ。
「大変お待たせしました。次の依頼者の方はどうぞ」
「あ、は、はい!」
部屋の片隅をカーテンで仕切っただけの簡素な待合室の窓から街の喧騒を眺めていた私は不意に声をかけられて思わず反射的に返事をする。弁護士や司法書士の多くが事務所を構えるミッドチルダ上級裁判所(※ 高裁に相当)界隈の一角にその法律事務所はあった。カーテンを開ければ事務所のほとんど全てを見通すことが出来るほどの広さにバイトの事務員さんが2人座っている姿が見える。彼女たちのすぐ後ろにある薄いパーテーションの向こう側は弁護士の部屋になっていたから私の声は向こうにも筒抜けの筈だ。これから“判決”の内容を聞かないといけないのにちょっと気恥ずかしい。私は軽くノックしてからドアノブを回す。
「失礼します…… あの…… どうもご無沙汰しています、先生……」
「いやいや、こちらこそお待たせしてしまって申し訳ありません、ミス・ハラオウン」
親子、というよりもほとんど祖父と孫娘ほどに歳の離れた老紳士が相好を崩して(※ にこやかに)私を迎えてくれる。民事、特に相続や離婚調停などを専門にする巷では評判の弁護士で、来年の春で実働55周年を迎えるベテラン中のベテランだ。執務官である私はこのおじいさん弁護士と法廷で面識を持ったわけではなくて、最近離婚したばかりの上司からの紹介だった。
「ささ、どうぞ中へ。 そちらにおかけになって楽になさって下さい。 ミス・ハラオウン」
「じゃあ、お言葉に甘えて。 あと、フェイトで結構です。 先生」
金縁の老眼鏡を額の上にちょこんと乗せた小柄な好々爺は握手の後でそっと私に椅子を勧めてくれた。促されるまま来客用の木製の椅子に腰掛ける。部屋の中は訴訟関連の書類などで雑然としていて、傍目には何が何なのかさっぱりという有様だった。
「いやー、それにしても急に寒くなってまいりましたな」
「そうですねえ…… 最近は朝起きるのがほんと辛くって……」
私は目覚ましが一頻り鳴った後でだらしなく一抹の惰眠を貪るタイプだった。それが慢性的な睡眠不足のせいなのか、それとも時季に関係があるものなのか、実際のところはよく分からない。隣に住んでいる なのは 曰く、帰宅後の深酒のせいらしいけど、断じてそんな筈はない、という脳内設定になっている。
「まだお若いですし、それは月のものが重たいということかもしれませんな」
「グーで殴りますよ? 先生? にっこり」
昔の私だったら瞬間的に激昂するか、顔を真っ赤にして俯いていたことだろう。事務所を破壊することなく、簡単にいなせるようになったのはそれだけ精神的にも成長した、という事なのかもしれない。
そう…… いつまでも子供のままじゃダメなんだよ…… 私も…… そして……
多分、 なのは も……
「ウオッホン! ま、まあ…… 私のところは見ての通りの零細事務所ですからね。 年末になるともうてんやわんやでねえ。 ふぉっふぉっふぉ!」
「いえいえ、どうかお構いなく。それに師走のこの時期ですし、何かとお忙しいことは重々承知していますので」
「えっ? し、しわ…… シュワ…… 失礼、今何と仰ったのですか?」
怪訝な表情を浮かべる弁護士の顔を見て私はハッとする。師走は12の月の別名で なのは の世界固有の言い回しだったことを思い出す。
「あ、い、いえ…… その…… ね、年末年始は何かと気忙しいと……」
「ああ! そうなんですよ! 毎年この時期になるとどうも駆け込みのご依頼が多いというか、もうこちらとしてはユニコーンの手も借りたくなるわけでして。 ははは!」
「で、ですよねー は、はは…… ははは……」
ふぅ…… 危なかった…… また変種扱いされるところだった……
少女期を なのは の世界で過ごした私は時々、ミッドチルダとのカルチャーギャップに遭遇することがあった。私の事情が なのは や はやて と少し異なるのは私が歴としたミッドチルダの出身だからだろう。
でも…… ユニコーン、か……
ちょっと懐かしい響きだった。
ユニコーンはミッドチルダの山間部に主に生息している全く珍しくないごく普通の野生動物で、見た目の優雅さとは裏腹に獰猛なことで知られている。処女以外は手に負えない、という伝承がどこかの世界にはあるらしいけど都市伝説の類だ。近付くものは例外なく誰であれ酷い目に遭う。シロウトには全くお奨めできない生き物で、ミッドチルダの動物学者たちから飼い慣らす事はほとんど不可能とまで言われていた。ユニコーンの手も云々、という表現はミッドチルダではよく用いられる慣用句で、ユニコーンを家畜にする無謀を冒さなければならないほど忙しい、という意味だった。
そう言えば…… あの頃の なのは はホント可愛かったな…… 今も可愛いけど……
ミッドチルダに来たばかりの なのは がユニコーンを見て驚き、私は私でまだ なのは の世界に住んでいた時に行った動物園で白黒のストライプ柄の変な馬(名前を忘れた)を見て驚いたっけ。普段はクールな義兄さんも興奮気味に写メしまくっていたし。お邪魔虫のようにいつも なのは の周囲を纏わり付いていた 淫……、 いやいや、ユーノに軽い殺意をいつも覚えていたことはバレていない、よね?多分。まあその辺はわりとどうでもいいけど。
いつまでもヘンな馬のケージから離れようとしない私達兄妹を遠巻きに なのは と はやて が生暖かく見守ってくれていたのはいい思い出だ。
そう…… いい思い出すぎて……
「ぐへへ……」
「えっと…… オホン…… お楽しみのところ申し訳ないんですが…… ミス・ハラオウン……」
「ほえ……? はっ! はい! ご、ごめんなさい!」
い、いけない…… なのは が可愛すぎてつい妄想が広がリングだった……
私の脳内トリップは先生の一言で遮られる。取り留めのない挨拶も終わり、ようやく先生が本題を切り出す。
「さてっと…… 以前からご依頼頂いていた件、訴訟番号でいうとPT-306589号なんですが…… 電話でもお伝えした通り、このほどようやく下級審(※ 地裁に相当)で結審しました」
「は、はい……」
私はPT事件後に時空管理局によって差し押えられていた生前の母さん(プレシア・テスタロッサ)が所有していた財産、というよりも“遺品”の返還を求める訴訟を目の前に座っている老弁護士を通じて裁判所に起こしていた。今日、年休を取ってここにやって来たのは下級審で示された“判決”の内容を聞くためだった。こういう表現はちょっと御幣があるかもしれないけど、極論、裁判では勝ち負け自体にあまり意味はない。自分の主張が“どこまで”法によって認定されたのか、要はその“内容”が極めて重要だった。
「で、その判決の内容なんですがねえ……」
ごくり…… 私は固唾を呑んで分厚い判決文のページを捲っている先生の顔をじっと見詰める。執務官として奉職している私が局を相手取って訴訟を起こした、と言うと傍からは仰々しく聞こえるだろうし、違和感もあるかもしれないけれど実はかなり形式的なものだった。
魔法契約の社会であるミッドチルダにおいて契約は絶対的なものであり、一度締結された契約は自分の勝手な都合で破棄したり、反故にすることは決して許されなかった。例えば対価として自分の命を差し出す条項があればそれは現代においても粛々と執行されるほど“契約”の持つ意味は重たい。この非情さが管理外世界の一部で忌み嫌われて生まれたものが“悪魔と契約したら魂を奪われる”というフレーズだ。なのは の世界で言えばその代表格として、まどマg…… じ、じゃなくてファ、ファウスト?とかが有名だ。
私は読んだことないけど(キリッ
差し押さえ処分も封印魔法による一種の“契約”だから当事者である局は解除すら勝手に出来ない。だからミッドチルダにおける法廷はこうした契約の妥当性の見直し、あるいは調整を行う場としても普通に利用される。法的な闘争とは全然異なる意味での訴訟行為は、あまり知られていないだけで実はかなり日常的な行為だった。
よっぽどのことがない限り請求を棄却される事はありませんよ、とは言われてはいたけど…… でもやっぱり……
こういうことは落ち着かないものだ。さすがに私も四六時中、執務官をやっているわけじゃないんだし。
緊張してやや俯き加減だった私の肩にポンッと先生の温かい手が乗せられる。思わずパッと顔を上げた私と目が合った先生はニッコリと微笑を返してきた。
「お慶び下さい。ミス・ハラオウン。 ご母堂(お母さん)の所有資産は特定遺失物管理法(ロストロギア)及び特定魔道具取扱法に抵触しない358点に関して正式に返還されることになりました。 勿論、時空管理局サイドにもこの決定に異存があるはずはありませんから控訴期限を待たずに即日結審となりました。 おめでとうございます」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! 先生! 何とお礼を申し上げればいいのか分かりません!」
私は思わず椅子から立ち上がるとその弁護士の手を取って何度も何度も頭を下げていた。どんなにこの日を待ちわびたことだろう。先生が言っていた判決が下りる日の目安からかなり時間が経っていたから尚更だった。
「時間がかかってしまいまして申し訳ない。 おっとっと! ミス・ハラオウン、どうかこれをお使い下さい」
「え……」
先生が差し出すハンカチを見てわたしは驚く。いつの間にか自分でも自覚がないままポロポロと涙が零れていた。
「す、すみません! ど、どうしちゃったんだろ…… 本当に…… や、やだ……」
「心からおめでとうを言わせて下さい。 ミス・ハラオウン…… よく頑張りましたね…… きっとミス・ハラオウンの“例え作られた命でも私を生んでくれた母親は一人”という真摯な訴えが審査官の心を掴んだのだと思います…… 私もこの事件を担当できた事を嬉しく思いますよ」
目の前の先生も涙ぐんでいた。
「ありがとうございます…… 本当に…… ありがとうございました…… 先生……」
これでようやく…… 私も…… 再スタートできるんだ……
その時の私は単純にそう思っていた。
つづく
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